第34話 花咲く庭での密談Ⅱ~ボレリウス宮中伯の試験~
「と、それでは協力者の方々に姫を直接ご紹介する場を設けましょう。場所はパルメ公爵未亡人のサロンを考えています。あの方は、貴族や詩人を集めてパーティーをするのが大好きで、お住まいの場所にちなんで『サンテーヌの女王』と社交界で呼ばれていますからね。ご自身も帝室に繋がる血を持つ公爵未亡人ですし、サロンで高位の貴族の方たちが一堂に会しても怪しまれない。
そこに頭のからっぽな俺がいればなおさらです」
ヨナタンが白い歯を見せて笑う。
でも今ではそれが冗談だってことがわかってるから、私も笑ってそれに言葉を返す。
「からっぽなんかじゃないわ」
「いいえ。姫は俺を買いかぶりすぎですよ。ほら、こんな風に」
突然、ヨナタンの手がテーブルの上の私の手を強く引いた。
ちょうど、ヨナタンと向い合せに座っていた私は、ヨナタンの側へ体を持って行かれることになる。
駆け出す護衛の騎士。
ぐらりと揺れる私の体。
「手出し無用!」
私は騎士にそれだけ告げて、そのままヨナタンの方へとテーブルづたいに思い切り体を滑らせた。
そしてその勢いのままヨナタンを、ためらわず押し倒し、自由な方の手でドレスに隠しておいた細い鉄の棒を彼の眼球すれすれまで近づける。
ナイフも持ってるけど、今回はこっちのほうがいい。鞘から抜く手間がないから。
それでもヨナタンは笑顔のままだった。
目を貫かれそうになっても、閉じようともしない。
私も笑顔のままだ。
棒の位置は動かしてあげないけど。
「試されるのは嫌いよ。次したら本当に刺すわ」
「失礼。サロンでのことはロベルト帝にも内密にしたいので、護衛の騎士なしで来て頂きたかったのです。そのためにはあなたの戦い方が知りたかった。騎士に勝つのと卑怯者に勝つのは違いますからね」
「それで?」
私は棒を収め、ヨナタンの手を取り、立たせる。
護衛の騎士は唖然とした顔で私たちを見ていた。
「大丈夫よ。ちょっとした遊び。アルビンにもマティアスにも勝てる私がこの人に負けるわけがないでしょう?」
「ひどい言い草だ」
「だってあなた、自分でも言ったじゃない。武に優れてはいないって」
「それはそうだ」
「そういうわけよ。私たちの間にいさかいはないし、ヨナタンのしたことにも私は怒っていない。それよりもあなた____」
「はいっ」
騎士が背筋を伸ばす。顔色が青い。
怒られると思ってるんだろうなー。死刑だーとか思ってるのかなー。
大丈夫だよ。そんなことしないよ。
「私が『手出し無用』と言ったとき、あなたは本当に一歩も動かなかったわね。どんなときにでも主人の命令を聞く、素晴らしい護衛だったとイルダールに伝えておきましょう。
あなたの名前は?」
「ハンス・レイグラフです、殿下」
「そう。ありがとう、ハンス。その代り、さっきのことはイルダールには絶対内緒よ。
約束してくれる?」
「約束など……!殿下のご命令ならば!本当は……先程の殿下のご命令に従うか迷いましたが、これで正しきことを為せたのと胸を張れます!」
「イルダールは本当に良い騎士ばかり育ててくれる。あまり褒めると逃げ出してしまうから言えないけど……。では、ハンス、元の位置に戻ってくれる?」
「はっ」
ハンスがまた定位置まで離れていくのを見て、私はぷいっとヨナタンを見上げる。
「それで、どうなの?私はあなたの試験に合格した?」
「完璧に。
あなたは見事卑怯者にも勝利を収められた。しかも護衛に『手出し無用』と叫んでまで」
「殺気を感じなかったから。あのまま数少ない味方を護衛に殺されたら自分が不利になるだけでしょ」
「殺気か……。きっと俺には一生わからない領域だな」
すこしさみしそうにヨナタンがつぶやくから、私はぷんぷんした表情をやわらげて、「別にいいじゃない」と言ってあげた。
「わからないなら私みたいに殺気がわかる護衛の騎士をつければいいの。その代り、ヨナタン、あなたには私には絶対追いつけないものがあるんだから」
「俺があなたに追いつけないものなどあるんでしょうか」
「これよ」
私は背伸びをしてヨナタンのスジ髪をかきあげ、おでこに触れる。
「とても頭がいい。それだけであなたは半端な武人の何十人分もの価値があるじゃない」
今度こそ、さっきの薄赤い色とは違って、ヨナタンの顔が真っ赤に染まった。
目は大きく見開かれて、まばたきも忘れちゃったみたい。
「姫……姫……姫が即位される暁には、俺はひとつだけ姫にお伝えしたいことができました……」
あああああああ!!!
私は心の中で絶叫する。
私、どうして学習しないんだろう……。
違う!違うよ!そんな簡単に赤くなるこの人たちが悪いんだよ!!
そのときサキの「あーあ、またやっちゃったねぇ、エーレン」という呆れたような声が聞こえた気がした……。
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