第33話 花咲く庭での密談Ⅰ~黒薔薇姫とボレリウス宮中伯~

「ヨナタン、現状の宮廷の状況を教えてほしいの」


 私たちは王城の庭園にしつらえられた東屋で向かい合いながら、そんな話を始める。

 護衛の騎士は、何も言わなくても、私たちの会話は聞こえない、けれど走ればすぐに私の所へ来れる絶妙の位置にいる。イルダールの教育って、やっぱり、すごい。


「お安いご用です。ご存知でしょうがフォルシアンとボレリウス、帝国守護騎士団はあなたの忠実なしもべだ。ヴィンセントも俺も、あなたを絶対に裏切らない。

 少しでいいから誇りに思ってくださいよ。あなたはヤルヴァの基幹をなす家のうち、二家にけを完全に手に入れているんです。俺は内側から、ヴィンセントと帝国守護騎士団は外側からルツィア様を攻めることができます」

「ほかには?」


 きっとこの男とヴィンセントなら、もっとたくさんのカードを持っていると確信して、私はそう聞く。

 それが伝わったのか、ヨナタンも自信に満ちた微笑みを浮かべた。


「もちろん、他にもありますよ。美しい薔薇への手土産は多ければ多い方がいい。

 レオン・イェンス・ルンドヴィスト侯爵、シェル・クヌート・ビョルケンハイム辺境伯、ロルフ・エーリク・ハグストレーム大公、それに、宮廷内の御婦人に圧力をかけるために、女性に影響力の強いパルメ公爵未亡人とアガタ侯爵夫人。どうです?錚々そうそうたる方々でしょう?」


 ……ごめんなさい、わかりません。

 とりあえずファーストネームだけでも必死で覚えとかないと。で、あとでマジェンカに教えてもらおう。

 そんな私の表情をどう取ったのか、ヨナタンはなんだか必死な顔で喋り続ける。


「確かにこれだけの実力者がすべて姫につくなどということは信じられないかもしれません。

 ハグストレーム大公など、あなたが即位してもルツィア様が即位してもなんの影響もないほどの地位をお持ちですから。ただ、みな、ルツィア様の傲慢さには辟易していたんです。次期女帝ということを鼻にかけ、自分の気に入らない者には口もきかない。ビョルケンハイム辺境伯など「選帝に関わる爵位などなくしてしまいましょう。ただの伯爵で充分よ」と言い放たれたのが耳に入り、激怒されていましたからね。

 いま、名前をあげた方たちは代々ヤルヴァを支え、時には先祖や自身がヤルヴァのために戦ったという誇りがあります。それが、いくら尊敬するロベルト帝の娘だとしても、それだけで即位できるルツィア様に侮辱される謂れはない、と」

「そういうこと。それならばよくわかるわ。お父様の力は自分の力ではないのにね……」

「その通りです。美しい薔薇。やはりあなたにくみしたことは正しかったな。姫がルツィア様と戦うため、帝国守護騎士団を味方につけるというのは非常に正しい選択でしたが、そのやり方が自ら先陣を切って一戦を構え、騎士から尊敬を得るとは!あれには本当に驚きましたよ」


 ヨナタンの明るい笑い声が、花が咲き乱れる庭園に響く。

 ……悔しいけど、絵になるなあ。この軽い感じのイケメンさが、満開の花に。


「協力を申し出てくれた方々は、ヴィンセントからの言葉だけではなく、あなたの行動を見て評価されています。ビョルケンハイム辺境伯などは大変なロマンチストですから、あなたを見ると単騎戦う黒い女神、始祖ヨンナを思い出す、と。

 あ、辺境伯にはこのことは内密に。辺境伯はどこからどう見ても紳士でロマンチストな方なのですが、そういうとご機嫌を悪くされます」

「わかったわ」


 思わずくすくすと笑ってしまうと、ヨナタンがとても優しい目で私を見ていた。


「あなたは本当に……」


 また、美しい薔薇、とかホストな言葉が出てくるのかと思ったけれど、彼はそれ以上何も言わなかった。

 ただ、目を細めて私を見つめていた。

 なんなのよ!恥ずかしいじゃない!


「では敵は?」


 変な空気を断ち切るように、私はヨナタンに聞く。

 ヨナタンの顔もさっと真剣になった。


「王城の内部は俺が思っていたよりだいぶ汚れていました。

 帝室府家政長官、侍従長、帝室府支配人。すべて、ルツィア様の下に……いや、操られているのはルツィア様かもしれないですね」

「それってやっぱり、大変なことなのよね……?」


 正直、よくわからない言葉ばかりだからヨナタンに鎌をかけてみる。

 するとヨナタンは丁寧に説明を始めてくれた。


「帝室府家政長官は帝室の財政、政策などを取り仕切ります。侍従長は陛下の側近中の側近です。けれどいまはどちらもルツィア様の犬。陛下の最も近いところにまで犬は入り込んでしまった……」

「なんてこと……」

「帝室支配人も危険極まりない男です。政治的な職務にはあまり携わりませんが、帝室の食事や娯楽、旅行、家政一般を司っている……姫とヴィンセントに簡単に毒を盛れたのもこの男の差し金でしょう。そのうえ、厄介なのは彼らがその地位にふさわしい貴族たちばかりだということです。いくら俺たちでも姫でも、そう簡単に罷免できません」

「そこをなんとかするのがあなたの仕事でしょ、ヨナタン?」

「これは手厳しい。まあなんとかしてみますよ。これでも策謀のボレリウス家の人間ですからね。悪知恵では負けません」

「頼もしいわね。任せたわよ。……私が任せると言うことは、本当にすべてを任せるということだから安心して。あなたの罪も罰も私が背負うわ。だからあなたは思い切り、あなたなりの戦いをして」

「そのような勿体ないお言葉……」

「いいの!だって私にはそんなことできないもん!できないことを替わりにやってくれる人にはそれくらいの礼を持たなきゃ!」

「……やはり、即位すべきはあなたですね。いや、あなたしかいない。ご安心ください。俺たちは必ずあなたを戴冠させます。できればそのときはあなたのおそばに立たせてください」

「もちろん!ついでだからあなたもみんなに紹介してあげましょうか?」

「いや、それはご遠慮しますよ。誰の即位の式かわからなくなりますよ、それでは」

「あ、そっか。それもそうね。……ちょっとおもしろそうだけど。

 そうだ……ルツィアも操られてるってどういうこと……?」

「俺の考えはヴィンセントとは違います。ルツィア様は帝位に付き、この国の頂点に立てば満足できる方だと俺は思っています。その先のことはおそらく考えていません。今まで通り好きなように生きられ、人々が自分に逆らわなければひとまずは満足するでしょう。

 その間に、国家の財政を管理する帝室府家政長官と、食事や娯楽の手配をする帝室支配人が手を結べば……ヤルヴァは彼らの思いのままになり、ルツィア様は傀儡になるのではないかと俺は考えています。

 最悪の場合、ルツィア様に贅沢三昧で無能な女帝という汚名を着せ、さらに扱いやすいカタリナ様に譲位をさせるのではないかと……。ロベルト帝が健在のうちは安全だと思っていましたが、毒を盛るような直截ちょくさいな手段を取ってきた今では……姫?」

「なんかファイトが湧いてきた!」

「は?!」


 ヨナタンがぽかんと口を開ける。

 だってそうじゃない。弱い敵なんかと戦っても楽しくない。

 強い敵と、もっと強い敵と戦って倒すから楽しいのよ!


「敵は強い方が戦い甲斐があるもん!頭を使う方はあなたに任せるから戦うことは私に任せて!

 私は黒薔薇姫エーレンよ!」

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