第24話 攻略完了:マティアス・セーデルヴィスト

「イルダール、夜戦訓練所の設置許可、取れたわよ!」


 帝国守護騎士団の練武所へ、私はロベルト帝が判を押したばかりの書類をかかげながら駈け込んでいく。


「姫!そのような雑事は私に!」

「あ、ごめんなさい!嬉しくてつい!でもなんと予算は無制限!さすが皇帝太っ腹!!

 ……あれ?」


 練武場の中がしんと静まり返っている。なにこのアウェー感。


「あの……黄薔薇姫エーレン様ですよね……?」


 イルダールの背後から顔を出してきた騎士の一人が私に尋ねる。


「そう。あ、即位の予定に合わせてもうちょっと強そうな黒薔薇を名乗ることにしました!

 今後は黒薔薇姫エーレンとしてよろしくお願いします!」


 私がぺこんと頭を下げると、さらに練武場の中が静まり返った。

 え、どうしよう、これ……。


「姫、まずは我々に頭を下げるのをおやめください。ラスムス、姫と話したければ私を通せ」

「申し訳ありませんでした!」

「姫の変わりぶりに驚くのはわかる。だが姫は元来このような方だったのだそうだ。アルビンを倒したのをもう忘れたのか?」

「いえっ、失礼いたしました!」


 ラスムスと呼ばれた騎士がイルダールに何度も頭を下げる。私のせいなのかな……やっぱり。

 もう!もっと気楽に接してくれていいのにー!!


「姫、お気持ちは大変嬉しいのですが、どうぞご自身の立場もお考えに。威厳を落とされます」

「威厳なんかいらない。大事なのは勝つか負けるかよ。

 はい、勝つための書類。さっそく視察に行きましょう」

「畏まりました。……アルビン」

「はい」


 イルダールの後ろに控えていたアルビンがすっと前に出る。


「我々の上奏を姫が通してくださった。ご厚意を無駄にせぬよう、疾くと行くぞ」

「はっ」


 そしていつものように3人で歩き出そうとしたとき、背後から聞いたことのない鋭い声がかかった。


「お待ちください、イルダール殿!」

 

 振り向くと、そこに立っていたのは1人の騎士。

 すこし長めのまっすぐな髪は太陽のような濃い黄金色。その髪に縁どられているせいで肌がとてもきれいに見える。目は濃いグリーンで釣り目がち。きつめの顔立ちだけど、それがボリュームのある金髪とよく似合っていて、パーツパーツはアンバランスなのに全体的なバランスは取れている、個性的に整った顔立ち。


「なんだ、マティアス?」

「お言葉ですが最近のイルダール殿はアルビンを重用しすぎかと。俺もその夜戦訓練所の見学に同行させていただけませんでしょうか?」

「今はその時ではない。訓練所が完成すれば少しずつ入る人数を増やしていく。そして、マティアス、おまえは最後尾ではない」

「しかし最前列でもありません!」

「……困ったものだ。私はおまえを買っている。だが今回の姫の指名は私とアルビンだ。これ以上のことを私に言わせるな」

「それでは……!」


 なんだか埒があかなそうなので、私は二人の間に割って入る。


「ええと、マティアス……」

「マティアス・セーデルヴィストです、姫」

「じゃあ私と勝負をしてみましょう。あなたが勝てば今回の視察の一員に入れるわ」

「姫!」

「いいのよ、イルダール。私、こういう人、好きだもん。勝ちたいんでしょ?」

「はい!」


 即答するマティアスを見て私は思わずにんまりする。

 なんだか、道場の後輩を思い出した。


「うん。やっぱり好き。___イルダール、木剣を」

「おやめくださいとお頼みしても、聞いてはくださらないのでしょうな……」

「ごめんなさい。でも私、マティアスの気持ちもわかるの。だから……」


 仕方ありませんな、とつぶやきながらイルダールから私の手に木剣が渡される。

 マティアスも自分用の木剣を手に取った。

 よかった。洞窟探検用にシンプルな服を着てきて。ずるずるドレスで負けたらかっこ悪いもん。


「では、構え」


 イルダールが私たちの真ん中に立ち、開始の合図の腕を振り下ろす。

 きっとこのマティアスという騎士はアルビンと私との戦いを見てる。

 だからすこしやり方を変えないと___。

 私は木剣を構えたままギリギリまで姿勢を下げてすり足でマティアスに近づく。

 アルビンの膝への一撃を覚えていたんだろう、マティアスの木剣が足を庇うように下へ降ろされた。

 きれいな動き。教科書通りで隙がない。

 でも、その教科書通りの太刀筋を叩きのめすように教え込まれてきたから、私。

 普通の剣道以外にも、お父さんに、さんざん。

 マティアスの膝を狙うように一瞬だけフェイントをかけて……私はそのまま木剣を振り上げる!

 次の瞬間、木剣の刃先はひたりとマティアスの首筋に当たっていた。

 強く当てないようにはしたけど、これが真剣で、私が本気で薙ぎ払っていたらマティアスの首は落ちていたはず。


「勝負あり。私の勝ちね」


 はっとマティアスが息を吐いた。

 茫然とした顔をしていた。


「そんな顔をしないで。ヤルヴァの剣は騎士の剣だわ。だから私みたいなやり方に弱いの。そのあたりもイルダールと話し合って訓練に取り入れて行ってもらうつもり」

「申し訳ございません……俺は……慢心していました……。なんと恥ずかしい……女性である姫にならば勝てるだろうと……。このような不敬者、どうぞこのまま手討ちに……」

「しないわよ。あなたは強いもの。特に太刀筋を下に向けた時の構えは最高だったわ。とてもきれいで、隙がなくて……私、あなたのような剣、好きよ。ただもうちょっとずるくなってくれたらもっと好きになると思うの」

「姫……このような俺をお許しくださるのですか?」

「当たり前でしょ。強い人と戦うのは楽しいもの。その代り、次は私に勝ってね。」

「俺は何と言えばいいのか……あなたは素晴らしき方です。騎士に勝る武勇と平民への優しさ……まるでヤルヴァの始祖の女神のような……」


 マティアスの耳が赤い。声が震えてる。

 やった。やってしまった。

 もう口に出すのもいやな「フ」のつくアレだ。

 どうせフがつくならフォアグラがいいなー……なんて現実逃避をしてみるけど、目の前のマティアスが薄赤い顔でふるふるしてる姿は消えない。

 もしかして、『白薔薇の帝国』でいちばんの悪役は私なんじゃないだろうか……。

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