第25話 青い涙は渦に落ちる
「おそぉい!」
腰に両手を当てて、サキが私を上目づかいで見上げる。
ぷん、と頬を膨らませてるけど全然迫力がないのは黙っててあげよう。
「隠れて待ってるの大変だったんだよ。たまに通りかかる人がお菓子くれるし」
「サキ……それ隠れてるって言わない……」
「そうなの?エーレンに言われた通り、あの辺に座って小さくなってたよ?」
「うん……でもばっちり見つかってるね……。なんか言われなかった?」
「迷子?って。だから待ってる人がいますって言っといたよ。あとお菓子おいしいですって。食べなくても平気でも、おいしいものはおいしいよね」
サキは転生した私と違って、ほかの世界からそのまま流れてきた人間だから、ここでは何も食べなくても生きていけるらしい。だからあの王城地下でもただ眠ってるだけでいられた。
でも、「おいしい」とか「まずい」という味覚はあって、しかも特に好きなのが宝石で、その中でもいちばんおいしいのがルビーだと聞いたときは、わたしはなんだかクラクラした。
この世界、規格外が多すぎる……!
「……よかったね。はい、私からも」
エーレンの宝石箱から持ってきたルビーを見て、サキが歓声をあげた。
「すごーい!あかーい!おいしそう!食べていいの?」
「どうぞどうぞ」
「ありがと、エーレン。___あまーい!」
ぱくっとルビーを口に含んだサキの顔がにこぉっと笑み崩れた。
それから、もぐもぐ動く口元とカリカリサクサクおいしそうな音。
その光景を見ていたイルダールたちはもう無言だ。
うん、わかるよ、その気持ち。
どこからツッコめばいいかわからないんだよね。
大丈夫。私もそうです。
「イルダール、悪いけど早めに洞窟に案内してくれる?」
「……喜んで」
※※※
「ここです」
イルダールが案内してくれた洞窟は理想的な場所だった。
岩山の中に深くえぐれた穴。入口は狭くて中は広い。しかも深い奥行きがある。
これなら音漏れもしづらいし、ショートレンジだけじゃなくアウトレンジの射撃練習もできる。
なにより、それた弾がその辺に当たっても、これだけ固い岩なら簡単に崩れそうにないのがいい。
ただ、その分、跳弾にだけは気を付けないと。
私が洞窟の中をぺたぺた触ったり、岩壁を叩いて反響を確かめている間に、イルダールたちはてきぱきとランタンの設置を始めている。
ちなみにサキはその辺に腰かけてぼんやりと光りながらお菓子を食べていた。
ぶれない。コイツ、ぶれない。
「ねえ、サキ」
「なぁに?」
「変なこと聞くけど、あなたいつでも光ってるの?」
「んーん。暗いとこだけ。目立っちゃうから抑えることもできるよ。疲れるから抑えたくないけど」
「じゃあ、サキの探してるキトさんも光る?」
「キトは光んない……。キトはぼくがいないと、普通の人……心配」
サキの普通がどこまで普通かわからないけれど、とりあえず、キトさんを探す手がかりの一つ、『光る』が消えた。
あーあ。すごくわかりやすい特徴だと思ったんだけどな……。
「キトがいないと、ぼく、帰れない……ぼく、キトに会いたい」
私を見上げるサキの目が潤んだ。
青い目が溶けそうだ。
「帰るって、どこへ?」
「ぼくたちの元いたところ。エーレン、きみは大きな海の中の渦巻きみたいな人。だからぼくたちのことも引き寄せた」
しゅん、とサキが肩を落とす。
「ごめんね……私のせいだったんだね……」
私はサキの隣に座り、その肩をそっと引き寄せる。
華奢で折れそうな骨。
こんな小さな体で1人ぼっちで秘密を抱えて、どれだけ辛かったんだろう。
「エーレンのせいじゃないよ。みんなそれぞれ、役目があって、ぼくもキトもエーレンも……呼ばれただけだから……」
そう言いながら、サキの青い瞳から、涙がぽつりと落ちた。
私はただ無言で、サキの肩に廻した腕に力を込めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます