第23話 束の間の休息

 ロベルト帝やマリアン妃とヴィンセントをホールまで見送り、彼が帰路につくのを見届ける。


「はあ……」


 思わず私の口からため息が漏れた。

 長い一日だった……。

 死んで、乙女ゲームの世界に来て、そこでも殺されそうになって、「雑草を食べても生き抜いてやる」と決意したらなぜか銃なんか見つけちゃって頭を抱えて、また殺されそうになって……。

 あれ、私、元の世界にいたときより死にそうじゃない?

 これ、なんか間違ってる……!

 思わずうなだれた私の顔を、心配そうにマリアン妃が覗き込んだ。


「どうしたの?疲れたのでしょう?」

「はい……」

「あなたは今日、とても良く働いたものね。今夜は難しいことは考えず、早く寝なさいな。騎士団のことなんて考えてはダメよ。あなたにはまだお父様もわたくしもいるのですからね。存分に頼りなさい」


 そして、ほっそりした腕が抱きしめるように私の肩を抱いてくれた。

 参ったな。鼻の奥がツンとする。

 ……お母さん……。


「エーレン?」

「い、いえ、はい。お母様の言う通りにいたします。今夜は何も考えずに寝ます」

「そうなさい。……陛下、護衛は?」

「エーレンに選ばせた方がよかろう。本格的な調査は明日にならねば始められないからな。まったく、情けないものだ。裏切り者を飼う皇帝など……」

「陛下、そのようにはおっしゃらないで。わたくしはエーレンがよき娘とわかっただけで充分ですわ。陛下もわたくしも、今夜くらいは何も考えずに眠りましょう……」

「すまぬな、マリアン」

「いいえ。わたくしは陛下の妻ですもの。では、エーレン、わたくしたちの護衛だけ、あなたが選んでくれるかしら?今日だけで構わないから……」

「はい。イルダールとも話し、裏切る可能性のないものを選ばせます。アルビンやマジェンカたちがいちばんの適役なのですが、二人はもう解放してあげましょう」

「2人とも、今日はよく働いてくれたものね。

 ……そんな人間を身近に引き寄せるのも才能の一つ。あなたは本当に陛下によく似ているのね……」

「マリアン、それは身内に裏切られた私への皮肉かね」

「まあ、そんなこと」


 ふふ、とマリアン妃が笑った。ロベルト帝も「皮肉かね」なんて言っても口ばっかりみたいで、二人で顔を見合わせて笑い合っている。

 うちのお父さんとお母さんとは全然違うけれど、とっても仲のいい夫婦の姿がそこにあった。

 なんか……いいなー……。

 2人と一緒にホールを後にしながら、私はそんなことを考えていた。








                   ※※※





「ふう……」


 イルダールが選んでくれた護衛の騎士さんがたっぷりとお湯を入れてくれたお風呂。

 え、この世界にお風呂?!とびっくりしたけど、薪でお湯を沸かしてバスタブに入れるだけです、と言われればそりゃそうだ。

 なんとなく、お湯は蛇口から出るものとしか思っていなかった自分に笑ってしまった。

 普段はこういう仕事は、お湯の温度調整なんかもしないといけないから侍女さんたちがしてくれるのだけど、これからしばらくは安全のために護衛の騎士さんたちがしてくれるらしい。

 一瞬、申し訳ないからいいです、と遠慮しようとしたけど、お湯に首までつかってまったりする誘惑には勝てなかった。

 あー私、どこまで行っても日本人……お風呂大好き民族なんだなあ……とお湯をぱしゃぱしゃさせながら天井を見上げる。

 石鹸やなんかいろいろなものも用意されていたけど、そういうのは用心のために使わなかった。

 明日になったらこれも調達しなきゃなー……。

 あと、食事もしばらくは騎士団の人たちのをわけてもらって……まさかルツィアも騎士団全滅なんかはさせないでしょ……。

 ……ううー……考えてると眠くなってくる……。

 今日は本当にいろんなことがあって……疲れたんだもん……。

 このままじゃお風呂の中で寝ちゃいそうだったので、お姫様って感じの猫足のバスタブから慌ててあがる。

 パジャマは相変わらずヒラヒラだけどもういいや。とにかく今の私は眠い!


 部屋の扉の外、2人体制で徹夜で護衛をしてくれる騎士さんに「ありがとう」と「おやすみなさい」を告げて、私はベッドに飛び込んだ。

 いい香りのするふかふかの枕と、ふわふわの羽根布団にくるまれて、私はあっという間に眠りに落ちる____。


 私の『白薔薇の帝国』でのはじめての一日が、やっと終わった……。

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