第22話 黒薔薇姫、料理をするⅣ~異世界料理、実食編~

 長い廊下をアルビンが料理を乗せたワゴンを押していく。

 ちなみに私が押すという案は却下された。案の定。

 それで、テレビとかでよくみる高級料理にかけてあるまるっこい銀の蓋。あれが料理が冷えちゃうの防止のためなのもこれでわかった。

 確かに厨房から延々歩き続けたら……冷める。

 熱いものは熱いうち、冷たいものは冷たいうち、に育った私としては生ぬるいすいとんはちょっと許せないから、銀の蓋、偉い。

 いままで、こんなの高級料理の飾りだと思っててすみませんでした……。


「失礼ですが姫はどこであのような料理をお習いに?」

「あのようなって」

「まるで野戦料理のような……」

「うーん、ある意味戦争だったからなあ」


 道場の生徒たちが食事に群がってくるのは。


「戦争?!こちらには報告があがってきておりませんが戦争が?!」

「あ、もののたとえです。飢えた子どもが100人くらいいる中で料理を作ってきたんだと思ってきてください……。手早く作らなきゃ文句が出るし、量もないと文句が出るし、あいつらってば、もう」


 私は道場の生徒の懐かしい顔を思い浮かべる。

 あいつら、なんて言っちゃったけど、本当は楽しかった。みんなでワイワイガヤガヤ。おかげで鍋とか牛丼とか一回に大量に作れる料理ばっかり覚えたっけ……。

 しかも、量さえあれば味に文句が出なかったのがありがたかった。私が自分の料理の味にあまり自信がないのもそのせいだけど。


「飢えた子どもが100人……そこでの糧食配給……姫は本当に慈悲深い方だったのですね……。しかもそのような善行を誰にもお話にならなかったとは……。イルダール殿にもこの素晴らしさを伝えてもよろしいでしょうか?」

「やめてください」


 またフラグが立つぞ、と私の中でレッドアラートが鳴り響いてる。


「なぜ?!」

「なぜって言われても……とにかく秘密に。誰にも言っちゃダメだから。あ、料理ができる、までは言ってもいいけど」

「なるほど……善行はあくまで表に出さぬからこその善行……。自らの未熟さを痛感いたしました!」


 ワゴンを押しながらアルビンがびっと頭を下げる。

 もう否定するのもめんどくさいから、私は「はあ……」とか曖昧な返事をしておいた。とりあえずいま大事なのはこれ以上フラグを立てないこと!以上!






                    ※※※






 思ったより料理に時間はかからなかったみたいで、ヴィンセントの持ってきたワインはまだ残っていた。よかった。

 ここでアルビンがワゴンを残し、一礼をして去る。

 私も元の席に付き、マジェンカがワゴンから食器や料理を配膳するのを見ていた。

 すこし酔ったのかな、だいぶ機嫌がよくなったっぽいロベルト帝が「あれがそなたの信頼する騎士なのか?」と聞いてきた。


「はい。名前はアルビン・リンドバル。イルダールが後継者にしようとしている者です。イルダールと同じく、裏切るくらいなら自害する、本物の騎士です」

「そうか。ならあとで褒美を与えねばな。我が娘を守った者と、それを育てたイルダールにな」

「陛下、姫はそのアルビンに勝ったのですよ」

「おお、そうだったな、フォルシアン公爵。

 ____エーレン、私はずっとそなたの話を聞いていたよ。そなたには苦労を掛けたようだな……。本来なら、第二皇女として好きなように生きられたというのに、突然帝位の継承などを命じて……」

「しかし陛下、姫は覇王の資質をお持ちです。私は姫が帝位を継承になるという偶然こそが、このヤルヴァの僥倖だと思うのです。この方の中の獅子を浪費することこそが惜しい。

 それに姫はご自身のなさっていることを苦労などとは思っていないでしょう」

「ちょっと褒めすぎだけど……苦労と思ってないのは否定しないわ。楽しいじゃない?勝つのって」

「ほら、陛下」


 口に拳を当て、ククッと楽しそうにヴィンセントが笑った。


「このような方です。陛下にそっくりではありませんか。帝位継承のご命令とともにこの方の才能が目覚めたのならば素晴らしいことです」

「確かに、この才、どこぞの王族や貴族の嫁にやるのは惜しい。私の目は曇っていたが……いま澄んだだけで良しとしよう」

「だって、帝位を継ぐことにならなければ、私はこんな風にはなりませんでしたもの」


 これは本当。

 だって私が帝位を継ぐことになったからルツィアが私を殺しにかかるんだもん。

 そんなことさえなければ、私だってこの世界でお姫様として第二の人生を楽しんでたよー!


「わたくしもあなたを心配していたけれど……あなたがそうはっきり言ってくれるのならば安心だわ。さ、お料理をいただきましょう。せっかくエーレンが作ってくれた料理よ。冷めないうちに、陛下も、公爵も」


 マリアン妃がなんとか話題を変えてくれて私はほっとした。

 なんかこう「王様!」的な褒められ方って背中がむずむずするよね……。


「あ、食器は銀ですからご安心ください」


 ついでに私がそんな冗談を言うと、全員から笑い声が上がる。


「ところでエーレン、これはなんという料理だね?」

「赤いのは主食のすいとんで、焼いてあるのがデザートのなんだかよくわからないものです」

「なんだかよくわからないもの……」

「つまり食べる楽しみが増えたということですよ」


 ヴィンセント、ナイスフォロー!!


「では、陛下、改めて」


 皆がグラスを上にあげる。私も慌ててそれに倣った。


「我がヤルヴァ、我が娘エーレン、そしてフォルシアン公爵家に、乾杯!」






                   ※※※






「エーレン、このスイトンという料理は、名前は聞いたことがないがなかなかだな」

「そうですわね、陛下。トマト煮込みにこの……パスタかしら?これがよく合っているわね。普段口にする料理とは違うけれど、ほっとするような味だわ」

「そのパスタっぽいのがすいとんです。普通はトマト味にはしないんですけれど、今回はいつもの調味料がなかったので……あとは新鮮な鶏さんでダシを取ったから食べられる味になってるんだと思います」


 ていうか、この世界観でお醤油やお味噌があったら私は爆笑すると思う。

 なんに使うの?ねえ、なんに使うのって。


「どこで料理などを覚えた?」

「そうね。私は厨房に入ったこともないわ」

「ええと……その……本で……。大勢に料理を作る機会もあるかと思いまして……」


 ごめんなさい!お母さん!嘘をつきました!本当はこれもお母さんに習いました!


「なるほど。紛争や配給を見越してか。……私はよい娘を持った…。

 それに気づかせてくれたフォルシアン公爵、そなたにも感謝する」

「そのような勿体ないお言葉。陛下もいずれエーレン姫の資質にはお気づきになられたでしょう。それが早かったか遅かったかだけの違いです」

「ヴィンセント……恥ずかしいからやめて……」

「どうして?あなたを褒めているのに」

「もう褒められるのはいっぱいいっぱいです……たいしたこと、してないのに」

「なんという謙虚な娘よ、エーレン!褒美は何が欲しい?」


 何もいりません、と答えそうになって、私ははっと思い出した。


「イルダールからもお話があると思いますが、帝国守護騎士団のための夜戦訓練場の設置の許可を。王城近くの洞窟を使いますのでそれほど予算は取りません」

「そんなものでいいのか?宝石は?ドレスは?みなそなたの好きなものだぞ?」

「んー、では、私が騎士団とともに自由な行動をするのをお許しくださいませんか?私はもっと強くなりたいのです。宝石もドレスもこれ以上いりませんから。あ、できれば私専用の剣をいただければ嬉しく思います」

「……わかった。許そう。ただし一人ではダメだ。恥ずべきことだか王城にはお前を狙う者がいる。必ずそなたが選んだ騎士と行動を共にするように」

「はい!もちろんです!」

「剣もできるだけ早く用意させよう。儀礼用ではなく実戦用の物がほしいのだろう?我が娘にふさわしい最高の物を作らせる」

「ありがとうございます!」

「父として当然のことだ。

 ……ところでエーレン。この、なんだかわからないものは少々変わった味がするな……」

「陛下!」


 マリアン妃がロベルト帝を慌てて制する。

 ……いいんです……わかってるから……。


「大丈夫です、姫。甘くて食べやすい。戦場ではいちばん大事なことです」


 ヴィンセント、それ、フォローになってない……。

 よし。ルツィアとの戦いが終わったらお菓子作りも勉強しよう。

 私はそう心に誓った。

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