第19話 黒薔薇姫、料理をする Ⅰ
「なんだか……食事を楽しむ雰囲気ではなくなってしまいましたわね……」
それまで黙っていたマリアン妃が悲しそうにつぶやいた。
「ああ。客に毒を出すなど皇家の名折れ。もてなしもせず帰すのも恥辱であるが、これ以上の恥を重ねることがあるやもしれぬくらいなら、また日を改めて……」
「あ、ちょっと待ってください!」
私はロベルト帝の言葉を慌てて遮る。
だって私、お腹空いてるし、みんなもそのはずだし、ちょっとした計画もあるし。
「どうした、エーレン?」
「食事なら私が作ります!」
部屋の空気がしんと静まり返った。
その中で最初に我に返ったのは意外だけどマリアン妃だった。
お料理とか、やっぱり女の人だからわかってくれるのかな。
「でもエーレン、あなた、料理なんて……」
「できます!そんなすごいものは作れないけれど……このままヴィンセントを空腹で帰らせるのは申し訳なさすぎます!」
うん。これ本音。
私のために必死で根回しをしてくれて、私に一生懸命協力してくれたヴィンセントを腹ペコなんかで帰したくない。
お母さんだって、いつだって試合が終わったら、それがどんな結果でも道場のみんなにニコニコして食事を振る舞ってた。
私も道場を継いだらそういう風になりたかったんだ。
こっちの世界に来たからってそういうのまで諦めたくないよ!
「エーレン姫……?」
でも、これにはヴィンセントも驚いたみたいだ。
まあ内緒にしてたから当たり前だけど。
「ヴィンセント、私、あんまり料理は上手じゃないけれど食べてくれるかしら?」
「それは喜んで……しかし、あなたが手ずから料理など……」
「いまは私が作るのがいちばん安全でしょ。私の作った料理はまずいかもしれないけど毒なんか入ってないから」
ね、とヴィンセントを見つめながらくるりと人差し指を顔の横で廻して、大丈夫よ、と笑ってみせて。
それからロベルト帝とマリアン妃にも視線を移す。
「客人を空手で帰すなど、誇りあるヤルヴァの晩餐にあるまじきこと。蟻の巣から崖は崩れると言いますし、ここは疎かにしてはいけないと私は思うのです。ですからお父様、お母様、私に厨房を使わせてください」
「エーレン……そなたは本当に変わった……いや、元より良き娘だったのだな……。私の目はいささか曇っていたのかもしれぬ」
「いいえ。お父様を騙すような娘の方が悪いのです。けれどこれからは今までのエーレンとはだいぶ違う生き方をすると思います。どうか、お許しください」
「許すも何も!私はそなたの本来の姿が見られてただ嬉しい。これからはさらにそなたへ帝王学を授けよう」
「ありがとうございます。では、厨房も?」
「よい。許す。その代り、そなたが信頼できると思う騎士の護衛をつけるのだぞ。
……そういえばエーレンの手料理を食べるなどというのは初めてだな、なあ、マリアン?」
「ですわね……あら、そう言えばわたくし、料理などしたことがありませんわ」
「それこそエーレンに習うがいい。どんなものが出てくるか、私はとても楽しみだよ」
「あの……本当にたいしたものは作れないですから」
「それでもだ!娘の手料理を食べるなど……普通の父親になった気分だよ」
ロベルト帝が嬉しそうに目を細めた。
よっし!と私は立ち上がる。
それから、まだびっくりした顔をしているヴィンセントに微笑みかけてから、こう宣言した。
「では、申し訳ありませんが少々お待ちください。実はヴィンセントの贈り物の中にワインと小菓子があります。それをお飲みになってお待ちください。ヴィンセントの用意したものならば安全ですから。給仕はとりあえず私づきの侍女のマジェンカがいたします。
マジェンカは、私が知る中でいちばん信頼できる侍女です」
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