第20話 黒薔薇姫、料理をする Ⅱ

 食堂の扉を開きすこし歩を進めると、まるで何かを待ち構えていたようなルツィアの姿を見つけた。めずらしく、侍女もつけてない。

 やっぱり。

 毒を入れたのはルツィア以外にいないだろうと思っていたけれど、それはこれで確信に変わった。


「何を待ってるの?」

「エーレン……!?」


なぜ生きているの?とでも言いたげな、焼けつくようなルツィアの目が私を見た。

私もそれを睨み返す。


「誰も死んでないわよ。私も、ヴィンセントも」

「私はそんなこと聞いてなくってよ!」


 うん。この反応、焦りっぷり。ビンゴだ。


「あら、それがいちばん知りたかったんじゃなかったの?みんな無事よ。

 だから姉さんはお父様とお母様を慰める必要もないし、婚約破棄をする必要もないから」

「私はただ……」

「ただ、なに?あ、お父様はとてもご機嫌よ。私がヤルヴァの女帝として良き娘になって嬉しいって。これからはさらに帝王学にも力を入れてくれるの。……まあ、王妃になられる姉さんには関係のない話だし、望まれて嫁ぐ王妃と比べたら、激務ばかりの女帝なんてちっとも羨ましくはないでしょうけど」


 それを聞いて、ルツィアがすさまじい憎しみに満ちた表情で私を見る。

 握りしめた両手の拳からは細い血の筋が見えた。

 大国の王から妃となることを強く願われるくらいに綺麗なルツィアの顔は歪んで、今では信じられないほど醜い。


「そう言えば、私とヴィンセントのグラスに毒を入れた不埒者がいたわ。お父様はたいそうお怒りで、そんなことをした者を絶対に許さない、と」

「……そんな話を私に聞かせてどうしたいのかしら?確かにそんな不埒者は許せないけれど、私になんの関係があるの?」


 仮面を被り変えたみたいにあっという間に変わった、ルツィアの自信に満ちた表情。

 私だってルツィアがそんなに簡単に見つかる証拠を残してるなんて思ってない。 

 悔しいけど、ルツィアは綺麗なだけじゃなくて頭もいい。周りの人間もそう言ってた。


「さあ。でも王城の中に裏切り者がいるなんて一大事でしょ。姉さんにも教えてあげようと思ったの。もちろん私もその人間を許さないわ。女帝となった時に信頼のおけない人間が王城にいるなんて絶対にイヤ。だから、裏切り者は必ず見つけてやるつもり」


 クッとかすかな音がルツィアの喉から漏れた。

 でも、ルツィアはすぐにいつもの鮮やかな笑顔を浮かべる。


「それじゃあ、せいぜい私も注意しなくてはね、エーレン」

「そうね、姉さん」


 そして私たちは、互いを殺せそうな視線を交わしながらすれ違っていく。

 ふと振り向くと、ルツィアの真っ赤なドレスの裾が揺れるのが見えた。

 ……赤薔薇姫ルツィア……私は、絶対に負けないから……!





                 ※※※






 私は厨房に入るのにおかしくない程度の地味な服とエプロン、それになるべく顔を隠すように眼鏡と三角巾を身につけて厨房へと入っていく。背後にはアルビン。

 イルダールは自分がついていくと主張したけど、さすがに帝国守護騎士団長は顔が知られすぎてる。

 というわけでイルダールにはごめんなさいをして、アルビンに護衛をお願いすることにした。

 それでもアルビンの顔を知っている人もすこしはいるわけで……なんとなく、厨房がざわつく。


「どうした、アルビン、剣の稽古はいいのか?」

「気にしないでくれ。

 この方はある貴族のお嬢さんなんだが、行儀見習いをしたいと言うことで王城に来られたんだ。それでどうしても普通の厨房で料理を作ってみたいとおっしゃられてな。俺はそこまですることはないとお止めしたんだが……」


 アルビンが肩をすくめる。ワガママお嬢さんに困ってる演技だ。うまい。


「それはそれは。では……」

「あ、皇族や貴族の方々のための材料は出さないでくれ。あくまで庶民のお味を楽しみたいとのことでな。俺やおまえたち用の材料があるだろう?」

「まかない用のか?」

「ああ」

「だがそれじゃあ……」

「まあ俺の立場もわかってくれよ。この方を無事にご案内するのが俺の今日の仕事なんだ」


 やれやれ、と言いたげなアルビンの声。

 厨房の人も、アルビンが貴族のワガママお嬢様に振り回されているのだと思ってくれたみたいで、粗末な棚の方へ私を案内してくれる。


「こちらには高級なものは何もございません。それでもよろしければお使いください。あちらになら、普段口にされているようなものの材料がございますが……」


 ぶんぶん、と私は首を振った。

 ルツィアのことだから、私が口にするもののどれに毒を仕込んでいるかわからない。それの大掃除は後でするとして。

 だったら私たち用に用意された高級材料じゃなくて、王城で働いてる人たちみんなが食べてるものの材料を使えばいい。まさかルツィアだって無差別殺人はしないだろうし、何より、あの飲み物の毒で私たちを殺すのに失敗した今は、次の手を考えるのに必死で、ここまでは手は廻っていないだろうから。

 あとは、こんな風に疑うのは悲しいけど、厨房の人間にルツィアと通じている人がいないとも限らない。もしそうだとしたら、私たちの料理にまた毒が____。


 だったら、まかない用の材料で私が料理を作るのがいちばん安全。


 それが私があの短い時間の中で必死で考えた計画だ。

 それに、確かに毒は銀の食器や象牙で見つけることができるけど、そんなのにビクビクして食べてたらおいしいものもおいしくないじゃん!

 私はお母さんがしてくれたみたいにみんなで楽しくご飯を食べたいんだ。

 棚に手をかけた私に、調理人ぽい人が声をかけてくる。


「あの……失礼ですが、黄薔薇姫様……エーレン姫様に似ていると言われませんか?」


 うっ。ヤバい。

 でもここで心を揺らしちゃダメ。

 私はにっこり笑って答えた。

 こういうときは思いっきり肯定しちゃえばいいの!


「はい。よく言われます!」

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