第17話 黒薔薇姫とフォルシアン公爵の夜 Ⅱ
会食と言っても、ヴィンセントが申込み、私が応じた非公式なもの。
それも貴族たちの間では信じられないほどの急な申込み。
今日の昼間、使いが贈り物を届けて、今夜食事なんて。
いくら私が後押ししても、相手がフォルシアン公爵家のヴィンセントでなければ通らなかっただろう。
だから、同席している皇帝___ロベルト・シーグルト・ヤルヴァ___も、皇妃___マリアン・アイノ・ヤルヴァ____も、怪訝な表情を隠せてなかった。
まあそれは、いままでへなへなふんわりしてたはずの娘が突然「どうしても今日、私たちはヴィンセントと会わねばならないのです!」とすごい勢いで直談判したせいかもしれないけどね!
でも、改めてこうやって皇帝と皇妃とテーブルを囲むと変な感じ。
この人たちがこれからは私のお父さんとお母さんになるんだ……。
ロベルト帝はどっちかというとルツィアに似てる。
きりっとした目元と意思の強そうな薄い唇。髪の色も赤毛に近い。
……表情、お父さんにすこし似てるな。負けないぞ、勝つぞって感じ……。
いっそ……全然似てない方がいいのにな……。
マリアン妃は今の私やカタリナによく似てる。
ふわりとしたブロンドと、おなじようにふわりと優しい緑の瞳。お姫さまって言葉を形にしたらこういう風になるような人。真っ白な肌には赤い宝石のブローチがよく似合ってる。
この人はお母さんには似てなくてほっとした。私のお母さんはもっと日に焼けてて、悪いことをしたらすぐゲンコツを落とすような……でもそのあとに泣いてる私を抱きしめてくれるような人だったから……。
「さて、フォルシアン公爵、我が娘のたっての願いで今宵はそなたと卓を囲むことになったわけだが……それほどそなたが急ぐ用とはなんだね?この子に聞いても何も教えてくれないのだよ」
「周囲に人のいる場所では話せぬことでしたので。非礼をお詫び申し上げます、陛下」
「いや、それはいいのだがな。私はそなたの父君には世話になった。そのことを私は忘れぬ。ゆえにそなたの願いならたいていは聞いてやるつもりだ」
「ありがとうございます。それでは……給仕も下がらせていただけますでしょうか?」
ん?とロベルト帝の眉が不愉快そうに上がった。
「我らに食事を供する彼らは、代々帝室に仕える者だ。それすらいてはいけないと?」
「帝室そのものの問題ゆえ……すぐに呼び戻して頂きますれば」
「……そうか。おまえたち、下がれ」
ロベルト帝の一声で、私たちそれぞれに控えていた給仕が部屋から出ていく。
食事はまだ運ばれていなくて、テーブルの上には乾杯のための飲み物が乗っているだけだ。
「それでは私が今日エーレン姫に無理を申し上げてここに来た訳を。エーレン姫、よろしいですか?」
「ええ。準備はできているわ」
「ありがとうございます」
私とヴィンセントは用意していた細い象牙の棒を取り出す。
そして、自分たちの前に用意されていたグラスへと浸し、かき混ぜた。
突然何を?という目で見ていたロベルト帝とマリアン妃の視線が、見えないほどの速さでその棒に亀裂が走り、砕けた細かい破片が飲み物の中に落ちるのを見て色を変えた。
「やはり」
ヴィンセントは当然のように言い放ち、ランタンの炎を飲み物の上にかざす。
____青黒い、異様な色の炎がぽっと立ち上った。
ロベルト帝が勢いよく立ち上がる。
きっと彼にはすぐにわかったんだろう。
マリアン妃はそれを見てもどうしたらいいかわからないようで、ぱちぱちとせわしなくまばたきを繰り返していた。
「象牙を壊し、この世のものではない色の炎を上げる。毒……ですね。食事なら銀のフォークとナイフを使うから毒があることがすぐにわかってしまう。だから、ガラスの入れ物に入れられた飲み物に望みを託したのでしょう」
「まさか、我々を殺そうとしているものがいると言うことか?!」
「いいえ、違いますわ、お父様」
お父様……まだちょっと言いたくないけど…我慢しなくちゃ。
「失礼いたします」
ロベルト帝のグラスに象牙の棒を差し入れてもなんの変化も起きない。
ランタンの火も、アルコールが燃えるかすかな炎を産んだだけだ。
ヴィンセントも同じようにマリアン妃のグラスを確かめる。やっぱり、何も起こらない。
ロベルト帝の目が信じられないものを見たように大きく見開かれた。
近くにいる私には、荒い呼吸も聞こえた。
「お父様、殺されそうになっているのは私とフォルシアン公爵ですの」
私はそのロベルト帝の顔を見据え、ゆっくりと告げた。
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