第16話 黒薔薇姫とフォルシアン公爵の夜 Ⅰ

「我が高貴なる薔薇、エーレン姫、ヴィンセント・ヨニー・フォルシアン公爵、ここに到着いたしました」


 ヴィンセントがわざとらしくサロンで私の前に膝をつき、手の甲にキスをする。

 ヴィンセントは館で会った時とは違う、深い紫の服にシルバーのボウタイを垂らしていた。

 普通の人なら絶対似合わないホストみたいなそれも、ヴィンセントが着るとめちゃくちゃかっこいい。

 イケメンは得だ……。

 でもいま、そんなことはどうでもいいのです。

 ヴィンセントがイケメンなのは十分知ってるし!

 私はそれより顔が引きつるのをこらえるのに必死だった。

 そういうの、やめてください。

 本当にやめてください。

 みんなが見ています。

 しかもなんだかざわざわしています。

 侍女さん、カタリナ、あと私がまだ名前を知らない王城の人たち。

 特にルツィアがすごい顔で見ています。

 なんかもう普通に殺される前に呪い殺されそうです。


「ヴィンセント、やめてちょうだい。私とあなたの間柄にそんなものは必要ないでしょう?

 あなたは私の友人なのだから話し方も普通にして。居心地が悪いわ」


 なんとかフォロー……したつもりなのに、ルツィアの顔がさらに鬼になった。

 こんなときサキがいたら!

 私に誰より的確なツッコミを入れてくれるサキがいたら!

 ……公の場にはまだ堂々とは出られないし、本人もその方が気楽だからって地下に戻ってしまったサキを、仕方ないこととはいえ、私はひっそりと恨んだ。


「それでも礼を忘れてはいけない。あなたは薔薇姫で次期女帝、俺は一介の貴族。ご挨拶ぐらいはきちんとしないとな」


 くすっといたずらっぽく笑ったあと、ヴィンセントの目線がルツィアに向けられる。


「友人である前にあなたは俺の主君なんだ。その垣根を忘れてはいけない。まったく、この可愛らしい女帝様には俺たちがついていてあげないとダメそうだな。

 ご安心ください、俺たちの大切な姫君、俺たち貴族はあなたの盾になり、剣になり、このヤルヴァをあなたの代でもっと栄えさせてみせますよ」


 それは私あての言葉のはずなのに、ヴィンセントはひたりときつい目でルツィアを見据えていた。

 あ……牽制してくれたんだ……。

 ヴィンセントや、ヴィンセントに通じている貴族は全部私の側についたって。

 あんな短い間に他の貴族たちにも根回ししてくれるなんて、やっぱりヴィンセントはチートキャラだ。すごい。

 ルツィアも悔しそうな顔をしてる。

 うん。いろいろすっ飛ばしてまずヴィンセントルートに突っ込んで行った私、間違ってなかった!

 偉いぞ私!

 嬉しくて、思わず微笑んでヴィンセントの顔を見つめてしまうと、それに気づいたヴィンセントが軽く唇を噛んだ。

 あれ?怒らせちゃったかな?


「あまりに美しい薔薇は恐ろしい。棘を恐れず触れてみたくなる。

 ……やめてくれ、エーレン姫。衝動が抑えきれなくなる」


 フラグだ……。

 神さま、私はうっかり笑うこともできないのでしょうか。

 ああ……なんかそういう妖怪いたよね……笑顔を見ると死んじゃう的な……。

 いっそ妖怪姫って改名したらフラグも立たなくなるかな……。

 サキの「だから言ったでしょ!エーレン!」と叱る声が聞こえる気がする……。 

 だってしょうがないじゃん!私わからないんだもん!

 病気になるまで17年間、剣と銃とあとスポーツなんでものそれだけで生きてきたんだもん!

 そりゃ憧れの先輩とかはいたけど、それは私が憧れる側で、先輩には「おまえが男ならうちの剣道部ももっと強くなれんのになー。おまえいっそ男になっちまえよー」って女としてかなり屈辱的なことを言われたくらいなんですけど!

 バレンタインチョコも本気にしてもらえなかったんですけど!


「姫……?」


 ちょっとトリップしてた私を、ヴィンセントが心配そうにのぞきこむ。


「気分が優れないのか?ならば俺が……」


 腕を取ってエスコートされそうになったので慌てて距離を取って「私はいつでも一人で歩けるわ、ヴィンセント」となんとかごまかそうとする。


「そうだな、あなたはそういう人だ。だから俺はあなたが……」

「あ、それ以上はいいです」


 これ以上何事も起きないように必死になっている私に、ハハハ、と楽しそうにヴィンセントが笑った。


「本当にあなたといると退屈しない。今夜の会食も楽しくなりそうだ。

 ___では、俺を食堂まで案内してくださいますか?エーレン姫」

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