第15話 黒薔薇姫はフラグに苦しむ

 ルツィアと別れ、私たちが今後の話し合いの場に選んだのは、帝国騎士団長執務室___イルダールの部屋___。


 同席してもよろしいのですか?とマジェンカに聞かれ、彼女には扉1枚で隔てられた控えの間にいるように命じる。

 マジェンカを信じてないわけじゃない。ただ、マジェンカを戦いには巻き込みたくない。

 マジェンカにもそう説明したら、さっきのルツィアとの一件を見ていたせいか「巻き込まれても構いませんのに……」とちょっとむくれられた。

 お、マジェンカもかなり度胸がついて来てるなー。

 でも、そういう訳にはいかないんだ。ごめん。

 マジェンカはゲームの『白薔薇の帝国』でも最後まで私を信じてくれた人。そんな人は大事にしたいの。

 だから、全部終わったらあなたを侍女長にして、その時に何があったかもちゃんと話すから、と言ったら「若輩者に役職などはご容赦ください。ただ、エーレン様がお話しくださるのだけをお待ちしております」と、しょうがないな、みたいな顔で笑って控えの間に下がってくれた。





                     ※※※






「では、イルダール、射撃練習場を作る予定の場所はあなたの知っている洞窟でいいということね?」

「はい。本格的な夜戦訓練の場の実験場として使用すると言えば、はじめは私とアルビンだけで出入りしても不自然ではありません。姫の命じられた、外部に音が漏れず、縦に長い場所というの条件にも当てはまっております。照明はランタンを多めに持ち込めばなんとかなるでしょう」

「ありがとう。私はまだこの国の地理はよくわからないから……」


 膝に乗りたがるサキをいなして、隣の椅子に座らせながら私は答える。


「当たり前です。姫は前線指揮官ではございません。姫のご希望と命令を把握し、最適な道を示すのが我々騎士団の役目。出過ぎた言葉とは存じますが、その点は我々にお任せください。

 その代り、陛下への上奏は宜しくお願い致しますよ」


 イルダールが私を見て笑った。本当に優しい笑い方だった。

 ふと、お兄ちゃんを思い出した。

 お兄ちゃんも、私がなにかうまくできたとき、こんな顔で褒めてくれたな……。


「姫……?」

「なんでもない。あなたみたいな人がいてくれてよかったと思っただけよ」


 イルダールが固まった。

 あれ?どうしたの?


「姫、そのようなことを軽はずみには……。私は爵位さえ持たぬ武人です。あなたはただ命令をくださればいいのです」


 コキン、と音がしそうな仕草で顔を覆うイルダールを見て、私は『またやっちゃったぁ……』と心の中で顔をしかめた。

 あー……たぶん、また、フラグが立っちゃった……。

 ここはとにかく黒薔薇姫らしく立て直さないと!


「そんな軽い意味ではないわ。私はあなたを心から信頼してるの。あなただけじゃなく、あなたが教育した帝国騎士団のことも。アルビンも。今の私は敵だらけ。でも、あなたたちに安心して背中を預けられるのが嬉しいのよ。___ね、アルビン、あなたも裏切るくらいなら自害するでしょう?」

「はっ、はいっ。喜んで自害いたします!!」

「喜ばなくていいし、簡単に自害なんてしてほしくないけど……でも、そう言ってくれて嬉しいわ。

 誇りのために命を懸けられる人間は、自分のために命を懸ける人間よりずっと強いの」


 なんてね。これ、お父さんの言ってたことだけどね。知ったかしちゃった。


「イルダール、これもあなたの教育の賜物。

 アルビン、あなたはイルダールが磨いた宝石、どちらも私の大切な人よ」


 なるべく偉そうに言ったはずなのに、今度はアルビンが固まった。

 頬から始まって、顔全体が真っ赤に染まっていく。

 ……え、これも、フラグだったの?!

 もうやめてよ!フラグの神さま!

 いやそんなのがいるかは知らないけど、もしそんなのがいるんなら、これ以上のフラグは立てさせないで!

 愛情値ももういりません!私は権勢値が欲しいの!


「エーレン」


 サキがつん、と私の袖を引いた。


「もうヒロインはエーレンなんだから気をつけなくちゃ。エーレンは自分が思ってるより綺麗で素敵なんだよ」


 そ、そんなこと言われたって……。


「私は普通に話してるだけなのに……」

「その普通が素敵なの!エーレンはもっと自覚を持ちなさい!」


 怒られた……見た目は私より年下なサキに怒られた……。

 なんかショックだ……。

 てか普通に話してるだけで素敵ってなんなのよ……。

 これから私、どうしたらいいの?

 フラグの神さまってルツィア以上の強敵?

 私は二重の意味でがっくりとうなだれた。

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