第14話 赤と黒

 王城地下が嘘のような明るい地上の廊下。

 私はイルダール、アルビン、それにマジェンカと一緒にそこを歩いていく。

 あ、サキ、もね。

 それにしても全体的にキラキラだなー……。

 ヴィンセントの館に行った時も『ベルサイユ宮殿だ!』って思ったけど、冷静になった目で見ると王城はもっとすごいや。

 ヤルヴァ帝国ってどのくらいの大きさで、どのくらいの勢力があるのか、きちんとイルダールに聞かなきゃ。

 ゲームの中では『ヤルヴァ。それは武勇の国として恐れられた帝国』くらいだもん。

 やだなあ、ローマ帝国みたいな大きさだったら。私、そんなの、いらないよ。

 すると、目の前からぞろぞろと侍女の集団を従えた赤い塊が近づいてくる。

 あのハデハデドレス、ドリル巻き髪……ルツィアだ!

 向こうも私に気付いたようで、すれ違いざまに「まあ」と足を止めた。


「エーレン、どこへ行っていたのかしら?私、あとでおまえに話があると言ったはずだけれど?」


 ルツィアの口は笑ってるけど、目は笑ってない。

 初めて会った時の、綺麗だけど死神だと勘違いした女の顔だ。でも、もう、私はこの顔が怖くなんかはない。


「あー、悪いけど、私あなたと話してるヒマはないから」

「なんですって?!」


 ひらひらと手を振ってそのまま行こうとすると、ルツィアの手が私の二の腕を掴む。

 なんだよ!もう!痛いじゃん!

 私はルツィアの手を振り払い、なるべく優雅に見えるように後ろに控えているイルダールたちを振り返った。


「イルダール、『昨日』は何があった?」


 わざとらしく、『昨日』にイントネーションを置いて。

 ルツィアの計画通りなら、私は昨日、起こしてもいない謀反を起こしたことにされて、5日後に処刑されるんだから。


「いいえ、何も」


 イルダールが首を振る。


「では、イルダール、『5日後』の私の予定は?」


 また、わざとらしく『5日後』にイントネーションを置いて聞く。

 ルツィアの顔色が変わるけどそんなのはシカト、シカト。

 私は5日後になんか死んであげない。 


「エーレン様がよきヤルヴァの女帝となるため、我々が武術の進講をいたします。ほかの予定はマジェンカが把握しているかと」

「ありがとう。念のため聞くけれど、今の帝国には、あなたが手ずから処刑するような大罪の罪人はいるかしら?」

「おりません。我らがヤルヴァは本日も明日も平和であると存じます」


 イルダールが直立したまま深く頭を下げる。

 それを確認してから、私はもう一度ルツィアに向き直った。


「報告ありがとう。……聞いたかしら、ルツィア」


 ギリッとルツィアが歯ぎしりする音が聞こえた気がした。


「私はおまえの姉よ。ルツィアなどと平民のように呼ばれる謂れはないわ」

「あら、申し訳ありませんでした、ルツィア姉さん。これからはこう呼ばせてもらいますね。私とあなたの差は年齢だけでしょ」


 また、ルツィアがギリッと歯噛みをした。今度ははっきりと音まで聞こえた。

 悔しい?

 でも、無実の罪を着せられた私の方がもっと悔しいんだから!


「私は赤薔薇姫……」


 それでも何かを言おうとするルツィアを遮るように私ににっこりと笑ってみせる。


「なら、私は黄薔薇姫エーレン、次期ヤルヴァ帝国女帝。いつかは姉さんの夫と会合を開くでしょうね。だからもう、黄薔薇と名乗るのもやめるわね。そうね、今は黒の月……これからは黒薔薇姫エーレンと名乗りましょう。

 私は黒薔薇姫エーレン。赤でも白でもない、どちらよりも強い色よ」


 ルツィアが目を見開いた。

 夜明け色の紫の瞳が真夏の太陽のように燃えたように見えた。


「何を生意気な……!」

「だって本当のことでしょ。さ、行きましょう、イルダールたち」

「……男をたぶらかして侍らせて、いいご身分ね、次期女帝様は」

「まあ、これがそんな風に見えるの?私はこれから、帝国守護騎士団長とその後継候補と我が国の軍備について話し合うのよ?もちろん、マジェンカも立ち会わせるのに……。そんなこと、考えたこともなかったわ。 

 姉さんはいつもそうしているから、きっとそんな下品な考えが浮かぶのね」


 ルツィアはもう言葉も出ないようだった。

 ただ、燃えるような菫色の瞳で私を見据える。

 平気だもん。

 怖くないもん。

 戦うって決めたから。


「マジェンカ、ヴィンセントの到着は予定通りかしら?」


 私がマジェンカに問いかけると、吊り上がっていたルツィアの目がさらに険しくなった。


「おまえ、フォルシアン公爵を呼び捨てに……?!」

「ええ。友人だもの。ヴィンセントと私は。ねえ、マジェンカ?」

「はい。フォルシアン公爵は夕刻にはおつきになります。皇帝陛下と皇妃陛下、それにエーレン様との会食に伺われますので。個人的な会食ということで贈り物が先に到着しております」

「そういうことなの、姉さん。フォルシアン公爵家と帝国守護騎士団は私についたわ。5日後には何も起きないのよ」


 もうこれ以上は話しても無駄だと通り過ぎようとした私の腕をまたルツィアが掴む。


「お待ちなさい!」

「嫌よ」


 私はその手をもう一度振り払う。


「気軽に触らないで。私は黒薔薇姫エーレン。この国の頂点となる娘よ」 


 ルツィアがすさまじい表情で私を睨みつけた。

 視線で人が殺せるなら、今のルツィアは私も殺せるかもしれない。

 ……まあ、そんなこと、させないけど。


「エーレン、これで終わるとは思わないことね……!」


 ルツィアの事実上の宣戦布告に、私は笑って答えた。


「どうぞ。姉さんがその気なら私も戦うわ。

 私、負けるのなんか大っ嫌いなの」

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