第13話 神器、そしてサキの能力

「でも……」


 私が言葉に詰まったそのとき、サキの手が魔法のようにひらめいて、私の手から銃をかすめ取った。

 そしてそれを自分の背後に隠す。

 こら、と怒って取り返そうとしたら、サキはいたずらが成功した子供みたいな顔でぱっと両手を突きだした。


 ……あれ、銃が、二丁……?


「ぼくの能力は複製。本当はもっといろいろできるんだけど、キトがいないから今はそれしかできないの……。だけど、エーレンが持ってるのとそっくり同じの、たくさん作れるよ。それもキトがいないからすぐに壊れちゃうけど……でもぼく、エーレンが欲しいだけいくらでも作るから。エーレンは心配しないでそれをたくさん使って。えっと、練習すれば、もっと上手になるんでしょ?」

「それはそうだけど……」

「おじさんたちも使えるようになるよ?」

「おじ……」


 おじさんとひとくくりにされたアルビンがムッとした顔をしたのを見て、サキは「あ」と口を抑えた。


「ごめんなさい。おじさんと、お兄さん。

 ね、エーレン、エーレンが使わせたい人、みんな使えるようになるよ」


 言い直して、サキがふふふと嬉しそうに笑う。


「ほら、ぼく役に立った。

 ……立ったよね……?エーレン」


 不安げに問いかけられて、私は思わずその金色の頭をぽんぽんと叩いてしまう。

 サキが安心したように上目づかいで微笑んだ。

 もう何度目かの微笑みテロ。でも免疫がついてきたのか、私はそんなに動じずに微笑みを返すことができた。


「立ったわ。ありがとう」


 立ったなんてもんじゃない。

 無限の弾丸と無限の銃。

 剣と槍と弓の国で、私は最強の騎士団を作れるかもしれない。

 それに、サキのコピーした銃がどれだけ簡単に壊れるかはわからないけど___少なくとも私は思い切り銃を撃てるってことだよね?サキがそばにいれば。


「イルダール、アルビン、とりあえずこれは3人だけの機密事項にしましょう。まだ騎士団には広めないように。

 それで、まずはあなたたちにこれの使い方を覚えてほしいの」

「しかし、私はそのようなものは……」


 さすがに、まったく意味の分からないものを見て尻込みするイルダールに、私はぱちんとウインクを飛ばして見せる。

 お、小麦色の頬の色がちょっと変わったぞ。ヤバい。これ、すこし楽しいかもしれない。

 なんて思えるのも、私がこの世界に慣れて来たってことかな。


「安心して。私が教師になるから」

「姫が?!」

「滅相もない!!」


 騎士2人がぶんぶんと首を横に振る。それを見て、私は両腕で大きなバツマークを作った。


「くだらないプライドなんか投げ捨てて。特にアルビン。私より弱いのが恥ずかしいなら強くなればいいじゃない。私だって実弾なんてたいして撃ったことがないんだから、練習したら意外とあなたの方がうまくなるかもよ?」


 ね?とアルビンに向けてサムアップをきめてみせると、イルダールが妙に優しい顔で私を見ていた。


「どうしたの?イルダール」

「姫……お変わりになりましたな……」

「え?どうしたの、急に」

「いえ、正直、ルツィア様ではなくエーレン様が帝位を継がれると聞いたときは不安を覚えたものです。ルツィア様が他国へ嫁ぐことで、武勇を一とするこの国の女帝となるのは、エーレン様にとってもご迷惑な話だったのではないかと」


 訥々と、騎士の告白は続く。

 その気持ちはこれまでずっと彼の中に溜まっていたのだろう。

 ゆっくり、言葉を選びながらも、途切れることはなかった。


「けれどあなたはそうではなかった。剣に優れ、あのヴィンセント公を味方につける政治の腕を持ち、自分たちとは異なるものも恐れない。まさに、我らが武勇の帝国ヤルヴァにふさわしい方です。

 いったいいつ、あなたはそうなられたんです?」


 真面目な顔で質問されら……正直に答えるしかないよね。


「今朝からよ」


 私は真剣に言ったつもりだったのに、イルダールは張りのあるバリトンで嬉しそうな笑い声をあげた。


「なんと!ユーモアまで身につけられていたとは!

 外交も何もかもお任せできそうですな。……アルビン、見ろ、これが我らが仕えるヤルヴァの姿だ。智と武の両輪で動いてきた帝国……おまえには私の次を任せるつもりでいる。

 これからのこの方と私の動きをよく見ておけ」

「はっ。畏まりました!」


 イルダールとアルビンが私に深く礼をする。


「なんか……恥ずかしいわね」


 思わずサキにこぼすと、サキはもっと恥ずかしいことを言ってくれた。


「恥ずかしくないよ。エーレンはぼくを信じてくれた。約束を大事にしてくれた。

 ぼくも、エーレンが好きだよ」


 ……やめて……本当にやめて……あそこの2人がもう私には形容できない表情でこっちを見てるから……。

 もう死の運命よりハーレムエンドの方が怖くなってきたんだけど……。


「でもその好きって友達としてよね?私たち、友達よね?!」

「うん!エーレン、友だち!」


 たぶん、そう言うサキは何もわかってないんだろうけど……。


 私は空気を変えようと、サキへと話題を振る。


「そうだ、サキの探してる人の名前を教えてくれる?この国の中なら私が皆にお願いして探すことができるから。名前とか、特徴とか」

「えっと、名前はキト・アーマ。んとね、茶色っぽい髪に黒い目で……背が高くて……」


サキがその辺にあった石ころで床にガリガリと絵を刻んでいく。


「それで、すごく優しい目をしてるの!」


 ……どうしよう。目の前にはアメーバみたいな物体が描かれていた。

 こんな人間、いるの……?……ううん、サキの仲間なら人間じゃないのかもしれないし……。

 でもいちおう聞いてみる。


「サキ、いまここにいる中では誰がそのキトさんに似てる?」

「あの人!」


 サキの指は迷いなくアルビンを指さしていた。

 ……わかった。サキは壊滅的に絵が下手なだけだ。

 イルダールとアルビンも床の落書きを見て無言になっている。


「あの人の髪がもうすこしまっすぐになって、目が黒くなって、ちょこっと吊り目にしたら似てる!」

「じゃ、アルビンをモデルにして似顔絵を描いてもらいましょうか。違うところはサキが教えてくれればいいから」

「いいの?!ありがとう!!」

「これくらい。私にしてくれることに比べたらちっちゃなことよ」

「でも、ぼく、本当に嬉しい。ぼくも」


 さっとサキの指が私に向けられ、すぐに握られる。

 よほど注意して見ていなければわからないくらいに。


「キトもここじゃないところから来たから、キト、苦労してると思うんだ。キト、ぼくがいないと能力が使えないし」


 一瞬だけ私に向けられたサキの指。


 『キトもここじゃないところから来たから』


 ……知ってるの?


 聞きたかったけれど、ここにはイルダールたちがいる。

 だからそれは胸の底に押し込めて。

 キトさん探しのお願いをイルダールにしたあと、私たちは射撃練習場をどこに作るかの相談を始めた____。

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