第9話 攻略対象:???

 目の前には、壁。

 石造りで、どこにも入口なんかない。

 イルダールたちは目を白黒させながら、それでも「では戻りましょう」なんてことを言ってる。

 でも、私にはわかる。ここに扉があること。このときのために『開錠』のスキルが必要だったんだ。

 壁にてのひらをつける。

 ほら、溶けたバターにスプーンを入れた時みたいに、てのひらがするすると壁の中に沈んでく。

 背後で息を呑む音が聞こえた。

 うん。わかるよ。私の心臓も死ぬほどバクバク言ってる。

 こんな魔法みたいなこと、経験するの初めてだもん。

 それでも私には由真だったころ見た映画とかテレビでちょっとは耐性がついてるけど、こっちだけで剣の世界に生きてきた二人にはそんなのないもんね。


「心配しないで。これも薔薇姫の力だから」


 後ろの二人に声をかけ、私は一歩前に進む。腕が、壁の中にすっぽりと入った。

 このままなら体ごと通り抜けられるはず。

 飛び出しそうな心臓を深呼吸で抑えて、声が震えないように注意して。

 私が不安になったら、二人まで不安になっちゃう。


「私の後ろをついてきて」


 そして、私は振り返る。今までのエーレンとは違う、きっぱりした笑顔で。


「大丈夫。私を信じなさい」




                 ※※※




 2人とも、さすがは帝国一、二の武人だった。

 顔は青ざめているけれど、きちんと私のあとをついてきてくれた。

 そして今では、自分たちが通り抜けてきた壁の表面を撫でたり小突いたりしてる。

 でも、それは2人が触ってもただの石の壁のまま。びくともしない。

 なんだかちょっと微笑ましくてそれを見ていたら、とうとうアルビンが剣を抜こうとしたので、慌てて私はそれを止めた。


「切れない!切れないから!それ、石だから!」

「しかし姫はあれほど……」

「だから薔薇姫の力だって言ってるでしょ、もう!!無茶しないで!」


 つい、由真そのままの口調で言ってしまった私に、アルビンの頬が今度は赤く染まったのが見えた。


「姫、本来はそのような方だったのですね。なんと凛々しい……」


 ヤバい。アルビンとのフラグ、立っちゃった……?

 イルダールもなんだか今までよりふわふわした目で私を見てる気がする。

 ……あー!ヴィンセントとの最小限のフラグだけを立てて丸く収めるつもりだったのにー!!

 これじゃ『白薔薇の帝国』と同じように、私の勝利と即位を祝う場で私を奪い合う未来まで再現されちゃう気がする……。

 いや勝利と即位はいいんだけど。ルツィアに勝てるのはいいんだけど。

 正直、あのハーレムな雰囲気にだけは勝てる自信がない。

 私は寒気でぞくっときた頭を振り、2人に先へ進もうと促す。

 地下の、石で閉ざされた回廊。

 けれどそこは不思議な薄明かりで満たされていた。

 私の持つランタンのもつ光とも違う、ほんわかした金色の……まるで月の光。

 そして、その光は私たちを道案内するように先を照らしている。

 ごくんとひとつ息を呑み、私は回廊を歩き出す。

 イルダールとアルビンも、今度は素直に従ってくれた。

 かつん、かつん、と回廊に響く足音。

 照明設備なんかないのに、相変わらずそこはうっすらとした金色の光に満たされている。

 そしてそれはだんだんと濃くなっていき……私は光の源を見つけた。

 それは、石牢の中に閉じ込められている人?だった。

 小柄な猫背が石の床の上に座り込んでいる。

 そして、その人は、私たちの気配に気が付いたのか、こちらを向いて立ち上がり……。


 ……え、えええ、なにこのイケメン!!


 いやイケメンっていうか可愛い!!ヴィンセントとは違うベクトルで突き抜けてる!!さすが隠しルートの奥にいるキャラ!!

 つやつやっとした銀に近いくらい色の薄い金髪が長めにひたいに垂れている。

 その下にあるのは透き通った青い目。本当に、透き通りすぎて怖いくらい。

 肌の色は地下に閉じ込められていたせいか雪のよう。

 で、そこまでならヴィンセント並みの超イケメンなんだけど、鼻筋と頬のふくっとしか感じが幼くて。 これは……超絶可愛い。すごい可愛い。妖精みたいだ。


「王城の地下にこのようなものが……?!」

「おのれ、異形!」


 イルダールとアルビンの声ではっと私は我に帰る。

 違う。この人は敵じゃない。そんなことしちゃダメ。

 隠しルートの奥、薔薇姫の『開錠』スキルでしか開けられない扉の向こう側にいたということは、この人はヴィンセント以上のレアキャラだ、きっと。

 とうことは、ルツィアを倒す大きな味方になってくれるはず。

 でも、今はそんなことは関係ない。

 この人、震えてる。かわいそうに。


「イルダール、アルビン、剣を収めて。この人は異形なんかじゃない。私たちの味方よ。

 ……ごめんなさい。驚かせて。私はあなたを迎えに来たの」


 石牢につけられていた頑丈そうな封印も鍵も、私が触れると溶けていく。

 ……うん。『開錠』のスキルがここでも有効ってことは、やっぱりこの人は私たちに必要なんだ。


「はじめまして。私はエーレン。後ろの2人はイルダールとアルビン。あなたは?」

「ぼくは……」


 おずおずと、彼が口を開いた……。

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