第8話 禁域ルート:王城地下
火の灯されたランタンを手に、私は地下へと続く階段を降りていく。
後ろには帝国守護騎士団長イルダール___イルダール・スティグソン___と、今朝、私との剣戟に負けた騎士、アルビン___アルビン・リンドバル___だ。
2人は私の前を守ると主張したけど、道を知らない人間にそんなことはさせられない、と私が許さなかった。
それにしぶしぶ従った2人の足音を背後に聞きながら、私はここにたどりつくまでのことを考えていた。
※※※
できるだけ誰にも知られないようにアルビンと一緒に茶話室の私の所に来て、と命じられたイルダールは、茶話室に到着した時には息を切らしていた。きっと、人に見られない所では2人とも駆け足だったんだろう。
こき使ってごめんね。あと、使いに出してばかりのマジェンカも。
『王城の地下へ?我々が姫の随行護衛を?!』
イルダールの顔が歪む。
練武場では緊張していて感じなかったけれど、この人も攻略ルートがあるだけあって、武士!って感じの逞しい男前だ。
そんなに若くないし、ごついかっこよさだから好みは別れるだろうけど、私は嫌いじゃない。
稽古だけじゃなく実戦もたくさんこなしてきたんだろうなって感じの日に焼けた頬と、そこに走る、そのときに受けたんだろう何本かの傷も侍っぽくていいと思う。
ゲームの画面で見た、騎士団長の正装のマントを身につけてるスチルなんかは、どんなものからでも守ってくれる大木みたいだった。
『そう。あ、私の頭がおかしくなったんじゃないかって質問は受け付けません』
私は座ったまま2人を見上げる。
年齢的にこんなのは失礼だけど、今の私はエーレン。
それも、黒薔薇姫になるとヴィンセントに宣言したエーレンなんだから毅然としていなくちゃ。
『姫にそのような失礼なこと……ただ姫はあまりにもお変わりに……』
『遠まわしに言わなくても大丈夫。私は私のままよ。ただ本性を出し始めただけ。とにかくね、もう死ぬなんてたくさんなの。どれだけ悲しいかわかる?そのうえ、次はやりたいことができる世界に生まれ変わらせてくださいって神様にお願いしたらこんな所に来ちゃうし。そりゃ確かに私は剣術を続けたかったし、両足で思い切り走りたかったけど、なんでそれに命を賭けなきゃいけないの。結局死にそうなのは同じじゃない』
『姫……?』
イルダールが何か問いかけたそうなのを遮って私は立ち上がる。
ヤバい。ついグチが出た。
でもこれくらいは許されるよね?
あっちでもこっちでも2度も死にそうな思いをさせられてるんだし、そんな一休さんのトンチみたいな願いの叶え方はかえって迷惑なんだから、もう、神さま!
『今のはこっちの話。とにかく私は本性を出すわ。言っとくけど、本物の私はガサツで拳で語るタイプだから。上品な言葉遣いとかお姫様らしさは期待しないで。……でも私は、強いわよ。
あなたは見たでしょう、イルダール、このヤルヴァを腐らせようとしているものを。私はあの薔薇を枯らす。徹底的にね』
怪訝な顔をしたまま、イルダールはうなずく。
この国を愛することでは誰にも負けないイルダールは、あの謀反の計画書を読み、ルツィアの計画や、帝国内部がすでにルツィアの勢力に取り込まれつつあるのも知り、私に再度の忠誠を誓ったんだ。
『あの……すみません』
そこへ、ずっとイルダールの後ろにいた帝国第二の騎士、アルビンが前に出る。
未婚の皇女が侍女もつけずに、騎士団長とはいえ未婚の男と二人きりで歩いていてはなんて言われるかわからない。ヴィンセントの信頼を得るために、あえて1人で彼の館に乗り込んだ時とは事情が違う。
でも、いまから行く場所にはマジェンカを巻き込むわけにはいかない。
だから、イルダールにはアルビンも連れてくるように頼んだ。
まあ戦力はたくさんある方が安心だし、ね。
『なに?アルビンさん』
『さん、などというお言葉は勿体なく……!ただアルビンとお呼び下さい!』
『あ、ごめんなさい。いつもの癖が出ちゃった。で、アルビン、なに?』
この、どんな人でも呼び捨てにするの、慣れないなあ。
アルビンなんか私よりたぶんほんの少し年上なだけだよ?
ちゃんとアルビンルートもあるんだし。
アルビンはイルダールとは違う、どちらかというとスピード型の剣士だ。
ごつい筋肉の装甲じゃなく、私の世界ではフェンシングの選手が持っていたようなしなやかな筋肉を身につけている。その手足の上には、それによく似合う、貴公子っぽいきれいな顔立ち。
ふんわりした栗色の髪はセンターで分けられていて、同じ色の栗色の目は優しくてとても穏やか。
どちらかといえば、騎士というより王子さま。
『姫はどこであのような剣をお習いに?あれはヤルヴァの剣ではございません!』
『アルビン!貴様!』
『申し訳ありません、イルダール殿!私は手討ちにされてもかまわないのです!これまで尊敬するイルダール殿にしか敗れたことがない我が剣を、姫はいともたやすく打ち破った。正直……自害することも考えました……我らがお守りすべき姫より我らの方が弱いのならば、それはこのヤルヴァの騎士の大いなる恥であると……』
『……ある場所で。恭一郎って人と由真って子からよ』
お父さんと、死んだはずの自分の名前を口に出すのは苦かった。
もう、私のお葬式は終わったのかな。
お父さん、お母さん、お兄ちゃん……。本当はすごく……会いたいよ……。
『キョーイチロー殿とは?!ユマ殿とは?!私もその方々にお会いしたく……』
『アルビン!』
アルビンに手を出そうとするイルダールを制して、私は唇を噛む。
泣かないもん。
絶対、泣かないもん。
私、ここで生きていくと決めたんだもん。
『……恭一郎にも由真にも、もう二度と会えない……。会えないの』
※※※
___長い階段を私たちは降り終えた。
実は、薔薇姫たちには『開錠』のスキルがある。
けれどそれは、城内のどこでも好きな場所に出入りできる薔薇姫には無意味なものだ。
『白薔薇の帝国』をプレイし始めたときは『なんでこんなスキルを持っているんだろう?』と思うけれど、そのうち忘れてしまうほどの使い道のない些細なスキルだ。
けれど、周回を繰り返し、ヴィンセントルートをクリアすると、薔薇姫の行ける場所に『王城地下への階段』が現れる。
その先にある地下牢と、神器が祀られている壁の柵は『開錠』のスキルでしか開けることができない……そして、超高難度のヴィンセントルートのあとに現れるならきっと何かがある……もしかして、ヴィンセントとともにルツィアを倒す以上のトゥルーエンドが……。
と言っても私はそのあたりで病気が発覚したり、なんやかんやでその続きをプレイしたことがない。だから、この私の推測が当たっているかはわからない。
でも、ヴィンセントまでのルートをクリアしての経験で思うことは、これがいちばん、誰も死なずに皆が幸せになるルートではないんじゃないかっていうこと。
先の見えない道は怖いけど……。
でも、私、頑張ってみせる!できれば、自分だけじゃなく、皆が生き残れるように!
私はもう、由真じゃなくて、黒薔薇姫エーレンなんだから!
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