第6話 攻略対象:ヴィンセント・ヨニー・フォルシアン公爵
「それで、高貴なるヤルヴァ帝国の次期女帝、黄薔薇姫エーレン・アウリ・ヤルヴァ様がこのような
大テーブルを隔て、私をじっと見つめながら男がそう聞いた。
口元は笑ってるけど、目は全然笑ってない。
それに、ろーおくってあばらやのことだよね?古文で読んだことがある気がする。
だったらなんちゅうイヤミをいうんだこの男は。こんなベルサイユ宮殿みたいな家に住んでるくせに。
男はヴィンセント・ヨニー・フォルシアン公爵。
黒くつややかな髪を後ろに流し、すこしだけ前髪をひたいにはらりと散らしている。
かっちりと着込んだ薄いラベンダー色の服には白いボウタイ。
目の色も同じく黒。それも、彩色した人がどんな色指定をしたかわからないくらいの、ねっとりと濃い黒だ。でも形自体はすっとしているからくどくはならない絶妙なバランス。
指でつまんで形を作ったような鼻筋。そして、厚くも薄くもない、ここまで作りこまれた容貌のバランスをがっちり受け止める唇。
……超イケメン。流石は乙女ゲーム。
いやそんなことはどうでもいい。
ヴィンセントはフラグを立てるのがいちばん難しい、超レアキャラだ。
顔がレアだけじゃなくて、権力も、財力も、武人としての強さも超レア。ある意味チート。
だからフラグ立てが壮絶に難しいんだけど。
そんなヴィンセントの好みは強い女。
けれどルツィアのような野望を持った強い女は嫌い。
幼いころに母を亡くしたヴィンセントはその部分を埋めるような強さを求めていた……はず。
だから序盤のカタリナと彼にフラグは立つことはない。カタリナは優しすぎるから。
カタリナが強くなってもヴィンセントとフラグを立てられる機会は一度だけ。
それを逃せばヴィンセントは「白薔薇の帝国」から永遠に退場する。
私なんか初回プレイの時は顔を見たこともなかったよ!
あ、「白薔薇の帝国」は恋愛パートと簡単な戦略シミュレーションパートにわかれてる。
カタリナがそれぞれの男や少年たちとヒロインパワーで触れ合い、イベントをこなすことで恋愛度や権勢度、服従度を増やすのが恋愛パート。
ここは普通の乙女ゲームと同じ感じなのかな?推しキャラの部屋を訪ねて会話したり、逆に推しキャラが訪ねてきたり……。舞踏会や誕生日なんかの華やかで甘いイベントの糸口になるのもここから。乙女ゲームの名に恥じず、ここはめちゃくちゃきゅんきゅんして甘い。会話の中で選択肢を選ぶのもドキドキするし。
あとは、カタリナがルツィアに立ち向かうためのリアルタイム戦闘パート。
ここで生きてくるのが恋愛パートで増やしたLOVEやLIKEの数値だ。
たとえばLOVE__愛情度___が増えれば、家どころかわが身を差し出してもカタリナを助けようとする人が現れるし、LIKE___権勢度___あがれば、恋愛感情抜きでもルツィアとの戦いに協力してくれる、いわゆる「戦友」のような人が増える。
そして、そんな味方を増やせば増やすほど、カタリナの手元の武力や権力は強力になり、宮廷での地位も揺るがなくなり、最終的にはルツィアとの戦いに勝てるようになっていくんだ。
まあ、それはプレイヤーがうまく味方を配置して、適切な指示を出すのも大事なんだけど、その土台にあるのは、味方がどれだけカタリナを愛してるか、好きか。
……うまくできてるよなあ。この、恋愛と戦いのバランス。
こういうのにあまり興味がなかった私でも、初めはへにゃへにゃしてたカタリナが選択肢次第で
「前線には私が出ましょう!御心配召さるな!わが名は白薔薇姫カタリナ!常勝の花!」
なんて言っちゃうんだもん。それは夢中になるわー。
「どうかなさいましたか?エーレン姫」
「あ、なんでもないわ」
でもヴィンセントは薔薇姫三姉妹の中でいちばんエーレンが嫌い。
閲兵式にすら目を向けられないくせに、剣の国ヤルヴァの女帝となる女だから。
誇り高い男だからクーデターなどは起こす気はないけれど、内心ではいつもエーレンを蔑み、エーレンが黒薔薇姫になったときには「そうか」と笑った男だ。
「このような……」
「前置きはいいわ。マジェンカからの使いは来た?」
ヴィンセントの言葉を遮り、私は聞く。
こういうのがヴィンセント攻略に必要なのはわかってるし、それに、時間も無駄にしたくない。
すこしばかり驚いたように眉を上げたヴィンセントが「ええ」とうなずく。
「王国守護騎士団長イルダールも?」
「来ましたよ。マジェンカと一緒に」
「そのとき、あなたは何を聞いた?」
私はヴィンセントの光を吸い込むような瞳をギッと見つめ返した。
目の色に迫力がないのなら、視線に迫力をつければいいんだ。
鏡の前で何度も練習をした。
ヴィンセントがすこし目を伏せる。
私の思いがけない行動にたじろいだようだ。
「ねえ、話は聞いたんでしょう?違うの?」
「いいえ」
「なら、それをあなたの口から聞きたいわ。話して」
「なんだと?!」
ヴィンセントの眉が上がった。
あ、これ絶対ムッときてる。
この人の性格なら、かなり。
でも、ごめん!ここはこう話さないといけないの。
「同じことを何度も言わせないでくれる?ヴィンセント・ヨニー・フォルシアン公爵。
私は黄薔薇姫エーレンよ。さあ、話して」
ヴィンセントの整った顔が歪む。
これまでミルク飲み人形程度だと思っていた女にこんな言い方をされてさぞ悔しいんだろう。
でも何事もフラグのため!
これはプライドの高い彼を折るための一歩。
弱いと侮っていたエーレンをそうではないと思わせるための一歩。
どれだけ有能で強くても、自分はエーレンに逆らえない身分なのだと。
だからお願いだから我慢してね、ヴィンセント。
私が生き残るためなの!
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