第4話 黒薔薇姫は騎士と戦う

 私が服を着替えようとすると、侍女?たちがわらわらと集まってくる。


 それを断って私は部屋に一人になり、次の間の大きな鏡の前に立った。

 自分だけど……綺麗。

 黄薔薇姫の名前を表すようなつややかな金髪はまっすぐすとんと背中を覆ってる。

 運動大好きで色の黒い方だった私とは違う、血管が浮き上がるような白い肌。

 細い弓なりの眉の下には、とろけそうなカタリナの瞳とはまた違う色合いの、薄い柔らかい緑の目。

 手足の長い細身の体にまとったドレス。


 この人外な綺麗さ、まさに乙女ゲームの登場人物。


 でも、好みじゃない。

 なにこの自己主張のない顔はー!!

 何かあったらすぐ誰かに泣きつきそうな顔は―!!

 これだったらあの死神女、赤薔薇姫ルツィアの方がマシ!アイツ、強そうな美人だったもん!


 私は服と一緒に侍女に持ってきてもらったハサミでじゃきじゃきとドレスのひらひらをを切っていく。 ついでにズルズル長い裾も切った。

 動きやすい服を持ってきてください、と頼んでこのコスプレレベルなのか……。


 はあ、前途多難。




                    ※※※




 私は庭と言うか庭園を、不審者に見えないくらいにあたりを見回しながら歩いていく。

 確かこの道を抜けると帝国守護騎士の練武場があったはず……あった!!


「こんに……失礼いたしますわ」


 ヤバ。つい日常語がでるとこだった。

 お姫様ってきついわー。

 しかもこのお姫様、ぼそぼそ喋るキャラだからよけいきついわー。


「これはエーレン姫!どうかなさいましたか?」


 騎士団長のイルダールが慌てた様子で私を出迎える。

 武人らしいしっかりとした顔立ちと体つき。

 私はこの男の人の顔だけは忘れない。

 エーレンを処刑したのはこの人だから。

 ……まあ、あのルツィアのせいだからこの人は悪くないんだけど。


「あなたがたの演武を見たくなりましたの……。よろしくて……?」

「それは……黄薔薇姫さまのご命令とあらば。しかし、エーレン姫は荒事はお嫌いだったのでは?」

「それではいけないと思うようになったの……この帝国、ヤルヴァを将来守るものとして……」

「それは……なんという尊い決意……。閲兵式ですら目をそらされるエーレン姫が……。

 おまえたち、エーレン姫がこのように尊いお言葉をくださった!その期待に応えよ!」

「は!」


 ざざっと騎士たちが列を作る。

 その中からイルダールが何人かの男を連れ出す。

 きっと黄薔薇姫に演武を見せるのにふさわしい手練れを選んでいるんだろう。


「では、姫、お見苦しいものかと存じますが、こちらの二人がまずは姫に槍術をお見せいたします」

「ありがとう……」


 私はできるだけはかなく笑って見せる。あー、顔の筋肉吊りそう。

 練武用の服を身につけた男たちの槍術は見事だった。

 騎士団長イルダールが選んだだけあって、どこにも隙がない。

 槍の長い間合いを生かして互いを打ち、持ち手を返して直付きを入れる。

 さすがに私も槍を習ったことはないから、それを夢中になって見ていた。

 そうか、ああいう風にすると槍のリーチの長さが生かせるんだ。それに、刃先だけじゃなくて棒の部分を使えば棒術にもなる。

 剣と銃が好きだったけど、槍、いいかも。


「いかがでしたでしょうか?」


 平伏したイルダールに問われ、私はまたはかなげに微笑んでみせる。

 うわあ、自分にこんな表情ができるなんて驚きだよ!


「素晴らしい……素晴らしいものを見せていただきました……。これならヤルヴァは安泰ですわね……ありがとうございます……イルダール殿……」

「なんというありがたいお言葉……。おまえたちも聞いたか?黄薔薇姫エーレン様、未来のヤルヴァの女帝が我々にこのようなお言葉を御下賜くださったぞ!なんという名誉だ!」


 イルダールの声に、背後の騎士たちの顔がほころんだ。

 そっか。エーレンの一言ってこんなに影響力があるんだ。気をつけなくちゃ。


「では次は我がヤルヴァの誇る剣術を……」

「待って……」


 また、列から一人の騎士を連れ出したイルダールに私は声をかける。


「どうなさいましたか?」

「私に……私に相手をさせて頂戴な…。あなたが選んだということはその方は騎士団でいちばんお強いのでしょう……?」

「エ、エーレン姫?!」

「わたくしも剣術というものをしてみたいの……」

「しかし、エーレン姫は……」

「イルダール殿……」


 私にじっと見つめられたイルダールは、列から連れ出した騎士をまた列に戻し、そのずっと後ろの小柄な男を私の前に立たせようとした。

 なにそれ。弱い男を出して私を満足させる気?

 でもそんなのじゃ意味がないの。

 私の剣がこの世界でどこまで通じるか、このトレーニングも何もしてない体で、このひらひらドレスで、私がどこまで行けるか、それを確認するためにここに来たんだから。


「イルダール殿、はじめの騎士を……」

「いえ、それは、エーレン姫、姫はお召し物も我らとは違いますし……」

「黄薔薇姫エーレンの命令よ……最初の騎士を私の相手に……」

「……はっ」


 また平伏したイルダールが立ち上がり、初めの騎士に何か耳打ちする。

 きっと気分よく勝たせてやれ、とか言ってるんだろう。

 冗談じゃない。私は手加減なんか大嫌い!絶対本気を出させてやるんだから!

 私の手に……木でできた剣ぽいもの……形的に木刀じゃないよね?木剣て言えばいいのかな?が渡される。騎士の手にも。

 まあこれは我慢しよう。

 真剣を使って私に何かあったら、私が死ぬ前にイルダールが死んじゃいそうだし。

 私と騎士が相対する。

 イルダールがそれを心配そうに見ている。

 大丈夫。見てて。

 私は強いんだから。


 私はすっと腰を落とした。

 エーレンよりずっと長身の騎士。

 ならばあえて胸元に入っていく方が私が有利になる……!


 たん、と踏み込む。

 あー、もう、この体、相当なまってる。いつもより全然距離が伸びない。

 でもそんなときは刀の切っ先を伸ばせばいい。


 ヒュッと突きだした刀が風を切る音と一緒に、騎士がバックステップを踏む。

 ほら、舐めてたんでしょ?お姫様のワガママだって。

 でもこれはそんなんじゃない。わかったよね?

 それでいま、やっと本気になったんだよね?

 私の剣、速いもん。


 私は騎士の隙に乗じてさらに踏み込む。邪魔になるかと思っていたドレスは、裾が大きく広がっているせいでそうでもなかった。


 騎士が反射的に正面に木剣を構える。

 残念!同じ攻撃をすると思った?

 次は横凪ぎ!

 意外性こそがお父さんの剣術の神髄!


 ガツンと音を立てて木剣がぶつかり合った。


 お、奇襲にもついてこれるんだ。やるじゃん。

 でも、まだ甘い。

 私は組み打ちさせていた刀身を素早く下へと滑らせ、ノーガードだった騎士の膝へと思い切り叩きつける。


 鈍い嫌な音。


 ここやられると、もう立っていられなくなるんだよね。これもお父さん譲りの実戦向きのやり方。

 で、この騎士たちはそういう実戦向きっていうかある意味卑怯なやり方は学んでない。


 安心した。この体でも、この服でも、私はこの世界で戦える。


「エーレン姫……」


 へたりこんだイルダールが私を見上げた。

 何が起きたかさっぱりわからない。そんな顔だった。

 大丈夫!私もまださっぱりわかってないから!

 床にうずくまった騎士どころか、ほかのまわりの騎士たちも、声もないほどしんと静まり返っている。


「お手合わせありがとう……イルダール……これならわたくしもヤルヴァの女帝としてふさわしく振る舞えそうよ……」


 あくまで優雅に言いながら、私は心の中でガッツポーズをしていた。

 よし!これならやれる!私の剣はここでも通用する!体なんかまた鍛えればいい!

 だからまずはあと6日間、死なないために戦い抜いてやる!

 そのあとのこと?

 そんなの生き残ってから考えりゃいいのよ!

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