第126話 華燭ノ典狂騒曲 参

「ややややや山吹! ととととと徳之進さまがお見えだよ! ははははははは早く支度をしな!」


 ……上さま、ヒマなんですか?

 そう思いながらあたしが座敷の上座にばさりと網を打つと、もう手酌でお酒を飲んでいた徳之進さんがこちらを見る。

 あいかわらず、ぐいっと圧の強い顔だ。

 ちな、この圧の強い顔の徳之進さんは仮の名前。本当は征夷大将軍の上さまだったりする。

 この人の妹姫の小夜さんを助けたのが出会いのきっかけなんだけど、フットワークの軽すぎる上さまは、それからときどきお忍びで巳千歳に遊びに来るようになった。

 別にいいけど、数少ない事情を知ってる人のお内儀さんが、恐れ多さのあまりバグっちゃうから、来るのはたまににしてほしい……。


「先にやっているぞ」

「よござんす。ならばたまには琴でも弾きなんしょうか」

「それもいいが、話があってな」

「なんでござんしょう」

「まあ、そちも飲め」

「あい、ありがとござりんす」


 差し出されたお酒を杯に受けながら、あたしは、なんだろ、と思う。

 てゆーかこの人の話ってだいたいろくでもないからあんまり聞きたくない……。

 妹を頼むとか、チェスターさんを嫁取りに来させたりとか、あたしは花魁であってなんでも屋じゃないっつの!


「まずは、異人の嫁取り、大儀であった。此度もそちが活躍したと梨木から報告を受けておる。そちならなんとかすると思うておったが、まさか本当に話をまとめるとはな」


 ふふっと徳之進さんが笑った。

 ……おい、なんだそれ。絶対面白がってるでしょ、この人! こっちはいろいろ大変だったんだからー!


「しかしなぜ御免状を使わない。私はいつそちが来るのか楽しみにしておったというのに」

「御免状は恐れ多きもの。使わずにすむのならばその方が良いと思いなんした」

「使うためにやったのだぞ」

「それでも、でおりんす」


 御免状……正式名称は江戸城御免状、つまり、江戸城フリーパス状。

 あー……実はあたし、この人にプロポーズされたんだよね……。でも、大奥に閉じ込められるのは勘弁!って断ったらなんかよけい気に入られて、江戸城年パスなんてすごいもの貰っちゃったん。でも、正直、貰ってこれほど困るものもないと思ってる。

 だってうっかり使いまくったら、やっぱりプロポーズオッケーみたいだし……。


「まあ良い。そちのそのようなところも心地よい。……私はそちを諦めたわけではないからな?」

「あいあい、お好きに言いなんせ。それで話とはなんでおりんす。まさか、大儀の一言のために来なんしたわけではありんせんな?」

「なに、ろくに使われぬ哀れな御免状に役目を与えてやろうと思うてな」


 え、いい! 与えてくれなくていい!

 あたしがなんて言い返そうか考えてるうちに、徳之進さんは豪快に笑って、言葉を続ける。


「それを使い、異人とそちの友との婚礼、御城で行うがよい」


 ヤバい一瞬顔が素になったかもしれない。むしろ虚無。

 いま、なんつった。

 声は聞こえたはずなのに、脳が理解することを拒否してる。


「騒ぎになってはまずいと、婚礼は異人の屋敷で内々で済ませるつもりだそうだな。ならば誰も来ぬ、騒ぎにならぬ場所を使えばいいと思ったのだ。せっかくの婚礼だ。特に女子おなごというものは嫁入りを心待ちしているのであろう?」


 そりゃあ江戸城には普通の人は入れませんけどー!

 どうしてそういうぶっ飛んだ発想が出てくるかな……。


「それにな、そちは簡単に吉原から出られぬ身。ゆえに友の婚礼にも出ぬつもりだとここのお内儀に聞いた。それではつまらぬであろう。こんなときのための、御免状だ」


 あー……なるほどー……。そっか、カンペキ善意だったのか……。

 それなら、少しは甘えてもいいかな?

 江戸城でガーデンウェディングとかめっちゃエモいし。牡丹さんの結婚式をフルプロデュースできたらそれも嬉しいな。

 あたしはちらっと徳之進さんの顔を見てからうなずいた。


「承知いたしんした。されど、わっちら以外にお内儀さんたちもご入城してよござんすか」

「良い。特に差し許す。めでたいことだ、盛大にせよ。そうだ、小夜と兵吾も呼ぶか」

「小夜姫殿は息災でありんすか?」

「おう、そちのおかげで大層幸せに暮らしているようだ。よく文が来る」

「それは重畳でおりんす。わっちもまたお二人に会いとうござんすなあ」

「ならば二人も呼ぶのに異存はないな?」

「あい」

「では、細かなことは梨木と話せ。よく便宜を図るように私からも命じておく」


 梨木が生意気を申したならば、それこそ御免状を使い私に直訴せよ、と徳之進さんはまた笑って、ぐいっと杯を飲み干した。


「ふむ、良い気分だ。私は勝手にっているから、そちは舞でもひとさし舞ってくれ」

「わかりんした、それでは――」


 あたしは床に足を滑らせながら、頭の隅で牡丹さんのウェディングプランを考え始めていた――。


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