第98話 小夜鳴鳥が囀るとき 終章
「なっ……!」
あたしの手叩きに応じて
「そちは……兵吾……なのか?」
「兵吾は昔の名。いまは幇間の
あたしの言葉に合わせるように、兵介__
「なっ、なにを! 山吹、そちは武士になんということを!」
「あれ、武家の嫡男にはこの街でたつきは立てられぬと言いんしたのは徳之進殿でありんす。なればこそ、兵吾殿は幇間の兵介となり、たつきの道を作りんした。腕のいい幇間ならば、嫁御に子を養のうても釣りがくるほど稼ぎますえ」
「だからと言って、幇間になど……! 兵吾! 貴様は武家の誇りを忘れたのか!」
「……実より名を取りささんすのは徳之進殿の方ではありんせんか」
「なに?」
「武家にはたつきの道がないからならぬ、幇間には武家の誇りがないからならぬ、ならぬならぬで、ならば
徳之進さんがぐっと口を噛んだ。
そして、ゆっくりと言葉の穂を継ぐ。
「知ったようなことを……! 小夜は……小夜はどこだ?」
「そう言うと思いんした。兵吾殿、ようござんすな?」
「はい」
兵吾さんがうなずくのを見て、あたしはもういちど手を叩く。
座敷の襖がすいっと開き、町娘風の地味な服装に着替えた小夜さんが座敷に入って来た。
「小夜殿は、幇間の兵介の嫁御となること、喜んで承知いたしんした。頭の固い兄君のように、武家の誇りなぞ一言も言いんせん。ただただ、自分のために何もかも捨てささんした兵吾殿に感謝するばかり。まっこと良い嫁御でありんす。これでもまだ、二人を許さぬと言いんすか」
そう言いながら、あたしは二人を庇うように立ち上がる。
「それでも二人を裂くならば、わっちの胴を二つに切ってから行きなんし!」
ばさっと広がったあたしの仕掛の袂の左右から、小夜さんと兵吾さんも必死な声をあげる。
「
「上さま、小夜殿にけして苦労はさせませぬ。なにとぞお許しを!」
二人の声を聞いた徳之進さんが苦いため息をついた。
「……妹の幸せを願わぬ兄がいると思うのか……」
「ならば、兄さま……?」
「良いか、兵吾は安心院の家へ、小夜は奥へ戻れ。今ならばなにも見なかったことにしてやろう」
その言葉に、小夜さんが泣きだしそうな顔でため息をついた。兵吾さんも顔には出さないけどがっくりきてるっぽい。だって、それじゃ、結局ふりだしに戻っただけ。小夜さんと兵吾さんは結婚できない。
「その上で、兵吾は安心院の
……え、てことは、とりま全部チャラってこと?桂子さんのしたことも?
やったじゃん! つか徳之進さんすげいいい男じゃん!
「言ったであろう。妹の幸せを願わない兄はいない。……小夜と山吹にここまでの覚悟を見せられてはな……」
「兄さま……!」
小夜さんが徳之進さんに抱きつく。その背中を撫でて、徳之進さんは照れたように横を向いた。
固まってた兵吾さんが無言のまま三つ指をつく。なにか言いかけたけど、声が震えてうまく言葉にできないみたいだ。
「兵吾、私が思っていたよりも小夜の手綱を握るのは難しそうだ。宜しく頼むぞ」
「……ありがたき幸せに……ござります……っ」
ようやく絞り出したようなその言葉と一緒に、三つ指をついたままの兵吾さんの目元から、ぽたぽたっと水滴が落ちた。
なにもかも元通りな想像以上の超ハピエンに、あたしの顔も緩むのがわかる。
大奥小夜鳴鳥騒動、これにて一件落着でありんす、だね。
<注>
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