第76話 山吹江戸城華いくさ 七~将軍試技~

 てか梨木さんなんで将軍の顔知ってんの?って思ったけど、梨木さんは将軍のご飯を作る膳奉行だったんだっけ。そりゃ知ってるわ。

 その梨木さんがははーっ!してるんだから本物の上さまなんだろうなー。でもなんでここに?と、このときあたしは暢気なことを考えていた。

 話がわりとヤバい方向に進んでくのなんか予想もせずに。

 上さまが桜が引いた椅子にすっと腰掛ける。

 うわ、自然だ。畳以外にも座り慣れてる感じ、さすが上さま……!


「やめい、梨木」


 それから、席についた上さまが右手で梨木さんを押しとどめるジェスチャーをする。


「公方がここに来たとなれば大騒ぎになる。今日の私は忍びだ。そうだな……徳之進とくのしんとでも呼べ」


 ヤバい!上さまから『お忍び』いただきました!なんか時代劇みたいじゃね?ね?


「しかし、上さま」

「徳之進だ」


 上さま……いや、徳之進さんに発言を切り捨てられて、梨木さんが言い直す。


「……承知いたしました。徳之進さま、なぜ斯様かようなところに」

「そちが連れてきたその山吹に興味が出てな。御庭番衆によれば、へちりあ人と南蛮語で話していたそうだが」


 そう言いながら、徳之進(仮名)さんが、ついっとあたしを見た。

 ……けっこうイケメンかも。

 目が穏やかに丸っこくて大きくて、サムライっちゅーより現代のアイドルみたいな……。


「あの通り、どう見ても南蛮の血が入っているようには見えぬ」

「山吹殿は才ある女性にょしょうでございます。私も知り得ぬへちりあ料理に詳しく、エゲレス語も操りまする」

「それがなぜ吉原の花魁風情に。通詞とて節用もなしにすらすらと話せる者の方が少ないのだぞ?へちりあ人は機嫌よく帰っていったそうだが、いったいどこでそのような教えを受けたのか、どうして花魁に甘んじているのか……南蛮の者の手が入っているのではと思ってな」


 え、ごめん、今のは将軍さまでもカチンと来ました。

 あたしは花魁の自分が好きだし、花魁でてっぺん取るのが目標なんだけど?

 歌舞伎町でキャバやってたころから、誰かをおもてなしできる自分の仕事にはプライドを持ってたんだけど?

 なんでスパイが無理やり花魁やってたみたいな方向にもってこうとしてんの?


「お言葉ではござりんすが、わっちら花魁は何事にも長けているのが売り口上。それもけして仲人口なこうどぐちではござりんせん」

「エゲレス語もその一つだと申すのか」

「あい。お上に盾突く心などさらさらあらねど、身に覚えのない疑いをかけられんすのならば話は別でおりんす。それに、花魁風情などと言われちゃあ、わっちら立つ瀬がありんせん。どんな方が揚がられても楽しませささんすのがわっちらの誇りでありんすえ」

「なるほど。そのためのエゲレス語も覚えたとな?これは確かには生きのいい女だ。今日は忍びの身だとは言えど、私にこのような口をきくのだからな。……山吹よ、そちに二心ふたごころないのはまことか」

「二心など……。この日本くにのことを考えささんして梨木殿に力を貸しただけでござんす」

「エゲレス語はどこでなろうた?」

「客に節用を借りんした」


 て、ここだけは嘘、ごめんなさい。

 英語を習ったのは大学と英会話教室なんて正直に答えたら、まとまりかけてるっぽい話がまためちゃくちゃになるー!!


「左様か。しかし、そちのその言葉、なにをもって信ずればいい?」


徳之進さんが口の端を持ち上げる。


えー……。どうしよ……どうしたらわかってもらえるかなあ……。


そのとき、徳之進さんの目元がふっとゆるんだ。


「実は私は美味なものに目がなくてな。へちりあ料理とやら、私にも作ってもらおうか。ただし___米の飯に合うように、この江戸の料理のように食べさせてみよ」




<注>

通詞:通訳

節用:辞書のこと。別名、節用集

仲人口なこうどぐち:お見合いで仲人さんが話がまとまるように、お互いのスペックを盛って話すこと。転じて、物事がうまくいくように話を盛ることもさします

二心ふたごころ:あっちにもこっちにもいい顔をすること。従っているふりをしながら実は陰で裏切っていること



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