第77話 山吹江戸城華いくさ 八~ハイカラ料理と自炊女子~

 くしゃっと困ったように梨木さんの顔が歪むのが見えた。

 桜と梅は言葉も出せずに硬直してる。

 あたし?いいよ。やったろうじゃん。

 和漢蘭料理わからんりょうりがはやった江戸だよ?和風イタリアンだってアリアリアリ!

 もうすげいハイカラな料理作るから!自炊系女子なめんなよって!


「あいわかりんした。梨木殿の手を借りてもよろしゅうおりんすか?」


 とは言っても、江戸時代のキッチングッズにあたしはまだ不慣れ。ここは梨木さんの手伝いが欲しい。


「よかろう。梨木、手を尽くすが良い」


 徳之進さんがゆったりとうなずくと、梨木さんはまだ困ったような顔のままでそれに応えた。


                  ※※※



「山吹殿、あのような御難題、どう解くつもりなのだ?」


 仕掛を脱いでたすき掛けしたあたしと一緒に、また膳部へとたどりついた梨木さんが、不安そうに首をかしげる。


「上様は情のあるお方、無理ならば早く頭を……」

「下げませんえ」

「山吹殿!」

「わっちは花魁。ゆえに花魁であることをおとしめられささんすことだけは許せやしやんせん。ご政道せいどうを統べる方の言葉でもそれに変わりはなさしんす」

「困ったお方だ……」

「なあに、梨木殿には累が及びんせんよういたしんす。そたあことより、わっちが頼んだものを用意してくんなんし」

「……うむ、麩とたまり醤油ならばこのように用意したが、これをどのように……」

「麩は細かく、あられ粒のように砕きんす。それはわっちがこさえささんすゆえ、梨木殿は昆布で出汁を……」

「あいわかった。この際、乗りかかった船だ。山吹船頭にお任せしよう」

「あれまあ。ならば、わっちは山に登らぬよう気を付けんすよ」

 

 胃の当たりを軽く撫でて、それでも笑ってくれた梨木さん。その気持ちを受け取るように、あたしもとびっきりの笑顔で笑いかけてみせた。


 ご飯に合うイタリアン、梨木さんの胃にかけても作ってやろうじゃん!


 

                 ※※※




 そして、完成した膳を持って戻った東屋。その中からは明るい笑いまじりの声が聞こえてきて、あたしは「ん?」と足を止める。


「梅は強うおりんすなあ」

「あれ、意地になってしまい、はずかしゅうおりんす……」

「いやいや、勝負ごとに強いのは悪いことではないぞ」


 え……徳之進(仮)さんと、桜と梅、なにやってんの?


「おお、山吹、戻ったか。かるたをしておったのだが、そちの禿もよく精進しているな。上の句を読み上げる間もなく札を取っていく。そちたちが何事にも通じているのが商いというのもうなずける」


 にかっと笑った徳之進さんがあたしに向けてかるたの読み札を振ってみせた。

 桜と梅がぽっと頬を赤くする。


「この方様にかるたに誘われて……。山吹どんがご不在でありんすに遊興にうつつを抜かし、申し訳なきことでござりんす」

「なに、女子供といえばかるたであろうと、私が無理に誘ったのだ。気にするでない。待つ身は退屈であろうからなあ。元は山吹と勝負する気であったが、山吹の禿がこれだけの強さを持つならば、その姉の山吹は是非に及ばずであろうな」

「さあ、それはどうでござんしょう。とにかく膳はできんした。言いつけ通り米にあうヘチリア料理でおりんすえ」


 テーブルの上のかるた札を片付けて、ことん、とあたしは徳之進さんの前にお膳を置く。

「お米にあうように」ってリクエストだから、ロッコさんのときみたいにコース風に出すんじゃなくて、お膳に和定食風に盛り付けてみたり。

 瞬間、徳之進さんが目を見開いた。そして、ふふっと笑う。


「なるほど、これは江戸の料理のようだが、似て非なる……。うむ、どれがどうへちりあ料理なのか、説明せよ、山吹」

「あい、喜んで」


 あたしはまず、とっておきのメインディッシュをてのひらで指ししめした____。





<注>

和漢蘭料理わからんりょうり:和風、漢(中国)風、蘭(オランダ含む西欧全般)風の要素を一つに盛り込んだ和洋折衷の料理のことです。江戸後期に普及しました。長崎の卓袱料理が代表的です。


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