第73話 山吹江戸城華いくさ 伍

「あ、おい「うまいぃぃ!!」……え?」


 フレッシュチーズに砂糖を加えた味付けと、チーズの水分を吸って微妙にザクしとな歯触りになったクッキーのおかげで、レアチーズケーキみの増したカンノーリを口に運ぶ。そして、おいしい!と声をあげようとしたとき……梨木さん?!


「これは!なんという!旨味!!」


 は?!


 てか梨木さんになにが起きた?!

 ロッコさんも、ここまで置物みたいに静かだったのに、突然大声をあげたサムライに怯えてるみたいだ。

 それをごまかすようにあたしはなんとか笑って、おどけた顔で「ボーノ!」の仕草をしてみせる。

 それから梨木さんに向き直って……。


「梨木殿、いかがなさんした。そたあ大声、ロッコ殿が驚き……」

「旨味である!これは旨味であるぞ、山吹殿!ちいずというものは旨味でござるなあ!」


 ……ああ、そういうことか。

 今まで知らなかった味に触れて、梨木さんの針が振り切れちゃったんだ。

 あんなに逃げまくってたくせにー!とか、チーズは異形とか言ってたくせにー!とか、いろいろこみ上げるものがあるけど今は我慢しよう。ロッコさんの目の前でリバースして、切腹!って言い出すよりマシだ。


『……ロッコ殿、カンノーリはこれこのようにカポも自画自賛する味でおりんす。なんともまあ大仰なカポでござんすが、それは勘弁してくんなんし』

『いいえ、この国の方々はいつも曖昧な笑みを浮かべています。それに比べれば、このようにはっきりとした笑顔になってくださることがどれだけ有難いか。感謝します。美しい女主人パドローネ

『さよ申してくだしんすば、わっちも嬉しき限り。コーヒーは如何いかでおりんすか?そこに控えるわっちの弟子筋がこさえたものでありんすえ』


 ゆーても、恋秘コーヒーはタンポポで作ったなんちゃってコーヒーだけど……ロッコさんの口に合うかな?ちょっと通り越してかなり心配なんだけど。


『香り高く、苦みも程よく、良い味だと思います。ただ、もう少し酸味があれば……』


 ……あー、確かに。タンポポコーヒーだと苦みや匂いはコーヒーに似ても酸味までは出せないもんなー。これは今後の課題にしよう。


『しかし』


 え?


『麗しい乙女が作ったものだと思えばそのような些細なこと!……乙女たちよ!最高の味です!その髪の花飾りのひとひらになりたいと思うほど!』


 桜と梅の方を振り向いたロッコさんが、また、ばちんとウインクをキメる。ヤバい、二人とも今度は完全に怯えてる。


「さ、桜、梅、安心しなんし!ロッコ殿はエゲレス語でおいしと言っているだけでありんす!」


 ふるっと体を震わせた二人が、あたしの声を聞いて、我に返ったようにうなずいた。


「あ、あい。え、えーと、さ、さんきゅー」

「さんきゅー……でおりんす」


 口ごもりながらおずおずと二人が頭を下げるのを見て、ロッコさんがにぱっと笑う。

 ああもう。

 

 梨木さんもロッコさんも意外にアクが強い。





<注>

カポ:イタリア語で料理長を表すカポクォーコの略です。梨木さんは江戸城の台所である膳部を束ねる膳部奉行なので、ここでの山吹には料理長と呼ばれています。

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