第71話 山吹江戸城華いくさ 参


 部屋に案内されてきたシチリア人が息を呑むのがわかった。

 なににだろう?

 正統派なテーブルセッティング?和モダンな雰囲気?それともゲイシャガールなあたしたち?


 でもあたしはそんなことにはかまわずに、数珠柄の仕掛を羽織った両手を広げて微笑む。

 そりゃ、江戸では異人はめずらしいかもしれない。でも、歌舞伎町じゃ日本人と変わらないくらいの頻度ですれ違うくらいのもん。

 だからあたしはこんなことはでひるんだりしない。目の前のシチリア人__現代ならイタリア人のシルヴェストル・デラ・ロッコ。江戸の時代に遠く海外から西洋の絵画や紙の作り方を教えに来た男__にゆったりと微笑んで、現代では馴染んでいた言葉で語り掛ける。


「I'm pleased to meet you. Welcome to my luncheon. My name is Yamabuki(お初にお目にかかりんす。わっちの午餐会へようこそおいでなさりんした。わっちは山吹でありんす)」

「My name is Cherry(わっちは桜にござりんす)」

「My name is Plum(わっちは梅にござりんす)」


 綺麗に声を揃えた桜と梅の着物の袖も華麗に翻る。

 その袖に刻まれた「桜」と「梅」の文字。

 読めるよね、ロッコさん。日本の絵画の大きな題材だもん。

 

 そしてこの明るい声が、出発の前の日の夜に二人に囁いた、あたしの魔法の言葉の結果……「異人とはいいささんしても、エゲレス語ならば言葉もちゃあんと通じんす。二人して習い覚えた成果、披露してみなんし」と……。


 桜が椅子を引くと、条件反射のようにロッコさんがそこに座る。その前に梅がアレンジ花梨酒のグラスを置いたのを見て、あたしも梨木さんが引いてくれた椅子に腰かけた。


『まずはアペリティヴォを。日本古来の果実でこしらえた酒のソルベ仕立てでござんす』


 てゆーか、ロッコさん、英語もできる人でよかったー!!

 イタリア語は無理。さすがに無理。料理の名前以外はボーノとアモーレくらいしかわかんないもん。

 お互い英語母国語じゃないから、簡単な表現で話続けられるのもいいし。


『貴女は英語がお出来になるのですか?』

『わっちはぬしさまとこうして話すくらいなら。わらわふたりはごあいさつ程度。それより、さ、溶ける前にごしゅを楽しみなんし』

『では、遠慮なく』


 ロッコさんのスプーンが、花梨酒がけの氷をさくっとすくいとった。


『……!』


 もともと大きかったロッコさんの目が、さらに大きく見開かれる。


『これは……!』

『懐かしい味でござんしょう?』

『レチョート……?いや、まさか、まさか』

『シチリアの方がさよ申してくだしんすのは光栄の限り。されどこれは、せんに言った通り、日本古来の果実でこしらえた酒でありんすよ』

『しかし、これは香り濃く、味も甘くとろりとして、後味はきりりとした酸味……この国でよく出されるサケというものとはまったく違う。レチョートでなければどのような果実で作られたのでしょうか?ワインが恋しいと嘆いている他の国の者にも教えてやりたい』


 やった!!

 まずは本場イタリア人に合格いただきました!!

 香りも味わいも濃厚な花梨酒は、イタリア名産の干しブドウワインのレチョートによく似てる。

 でもそれだけだと甘すぎるから、煮切って匂いを飛ばした酢で酸味を加えて__。

 あたし的にはされでさらにレチョートに近い味になったと思ってるんだけど、イタリア人にOKもらえるとマジうれしい!


『ならば土産にもたせんす。さ、次の料理が来ましたえ。まあゆるゆると食べなんし___』


 で、そこからのロッコさんの喜び方は完全に限界突破してた。


『カポナータ!!ああ、やはりこれは最高だ!!マグロの火の通し方も絶妙!なぜ日本人の食卓にはマグロが出ないのか?大いなる疑問がさらに大きくなりました!』

『この国では客人をもてなしんすにマグロは安い魚と思われておりんす。ロッコ殿もこの国の大事な客人ゆえにマグロは出さずにおりんした。されどこれからは折を見て出しんすゆえに安心なんせ』

『こちらはイワシとウイキョウのパスタ……。なんと高貴な女主人の午餐会に招かれたことでしょう……!ああ……懐かしい……故郷の海が見えるようだ……』


 桜と梅の手でタイミングよくサーブされていく料理にロッコさんはいちいち歓声を上げる。

 パスタを口にしたあとは、テンション上がりすぎたのか、後ろを振り向いてウインクなんてしたから、オーダーを聞くために立ってた二人が微妙にびくっとするくらい。

 それでも桜が笑顔で軽くうなずいて……梅はにこっとえくぼができるくらい微笑んで……。さすがあたしの禿じゃん?イレギュラーな事態にもしっかり対応してる。本物のレディはどんなときでも優雅に笑ってないといけないからね。よきよき。


 そして、いつもとは違って牛で作った山吹焼__ローストビーフ風塩釜焼のコショウとオリーブオイル添え___を食べ終えたところで、ロッコさんはふっと息をついてお腹のあたりを撫でた。


『素晴らしい……その言葉しかありません……。この午餐会のメニューを決めたのは貴女だと聞きました。その美しい手に感謝をしてもよいですか?』

『ありがとござりんす。されどそれはしばしお待ちなんし。まだドルチェがすんではおりんせん』

『貴女より甘いものがあるとでも?』


 ……このイタリア男ー!!

 こんな口説き文句は久しぶりだから、思わずまばたきの数が増えちゃったじゃん?

 不覚。あたしとしたことが。


『あい』


 ちょっとだけ産まれた甘い感情をなしなし!って振り払って、あたしは微笑う。

 ここからはまた梨木さんの出番___。


 あ、えーと、うーん……。とりま、胃が無事だといいな。





<注>

英語には自信がありません。間違っていたらすみません。

『』内は英語で話していると思ってください。

エゲレス語ならば言葉も通じんす:アイラブユーはエゲレス語 の章より。桜と梅は山吹から簡単な英語を習っています。

アペルティヴォ:食前酒のイタリア表現

ソルベ:シャーベットのイタリア表現

レチョート:干しブドウだけで作った特殊なイタリアワイン。非常に糖度が高く、貴腐ワインのような味わいがします。





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