革命の狼煙は上がるのか?
前 言 撤 回 。
たまには……な、とか言うものじゃないな。
「見てください、鈴木さん! このパフェのサイズ、小山はあると思われます! テラやばしですよ! メガやばし!」
俺は『モモモ』のアニメを観ると聞いたから、付いてきたのだ。だというのに、彼女ときたら俺のことをウィンドウショッピングに引っ張りまわして、一向に帰宅しようとしない。あまつさえ、カフェに入ってスイーツを堪能しようというのだ。これには俺も思わず溜め息を吐いてしまうというもの。
「お店の前を通った時に私の胸にビビッと来ましたのは、ハズレでは無かったようですね! まさしく予想通り……いや、正確に言うと予想を遥かに超えるシロモノが出てきてしまったのが予想外で、私も驚嘆を隠せていないのですけれど……まぁ、鈴木さんを圧倒させることが出来ましたので良しとしましょう! ふふふっ♪」
向こうはどうやら、俺が驚きの余り溜め息を吐いたと思っているようだが、実際はこうなることを予測できなかった、ふがいない自分への溜め息なのだ。しかし、それを指摘してまうと、「隠さなくて大丈夫ですよ! 驚かれたんでしょう?」とか何とか下らない論争になるに決まっていたので、あえて指摘はしなかった。生命体とは日々、学習するものなのだ、まる。
「……それにしても驚きだよなぁ」
「やはり、鈴木さんもそう思われますよね? これはもう殺人級タイトルの称号を欲しいままにするような――」
「いや、自分が現役女子高生と放課後デートしていることが驚きだなぁ、と」
「鈴木さんは私と同い年でしたよね⁉ その枯れ果ててしまった中年のサラリーマンさんの如き反応はいかがかと思うのですが!」
「まぁ、本を読んでいるとこういうのは、本の向こう側の出来事のような気がしてなぁ」
「確実にライトノベルの影響でございますよね! ……でも、本の中の出来事のようだ、とおっしゃるなら、鈴木さんは今さぞかし嬉しいことでしょうね? 放課後デートというのをしてらっしゃるんですから」
彼女はコロコロとした笑みを、品良く浮かべる。それを見て俺は、彼女のお嬢様度評価を一段階引き上げると、テーブルに置かれたお冷を手に取った。ぐっ、と一息に飲みほす。
突然黙りこくった俺に、真剣な空気を感じたのか、彼女は居住まいを正した。俺は窓側の席故に見える外の風景を視界に収めつつ、顎の下で手を組んだ。そのまましばし、窓の外で流れていく時間に思考を向けた。テーブルに鎮座したマウンテンパフェ(メニュー名)の向こう側に座った彼女は生唾を飲み込む。
「本の向こう側にしかない出来事だと思い込んでたから、自分の身に起こってることだと実感できなくてなぁ……」
「だから、発想が娯楽を知らずに老後を迎えてしまったかのような元サラリーマン染みていませんか、鈴木さん⁉」
「正直、女子高生と会話している時点でお腹が満腹だ。嬉しいとか以前の問題」
「あぁっ、ライトノベルを読んで、生活してきた影響が如実にっ!」
「あ、でも不本意ながら今日は大量に話をしたおかげで、お前のウザいところとか無駄に知ることが出来たからな。お前のことは幾らか現実として身近に感じるぞ」
「直球で失礼なことおっしゃりますね! それがたとえ事実だったとしても、もう少しオブラートに包んでいただけませんか!」
「さて、そろそろこの殺人級パフェを処理していくかな。アニメも見たいからなー」
「サラッと流していくのはやめてください!」
俺はスプーンを手に取ると、デスパフェ(命名)へと突き立てる。その勢いのまますくいとって、口の中へかき込んだ。
うん、うまい。
「……」
「いえ、食べたのならもう少し反応が欲しいのですが……無言はやめていただけませんか?」
「いや、うまいと言ったぞ。心の中で」
「そこは口に出してください! あまりにも無表情なのは怖いですので!」
「うまいとか普通口に出すか? アニメじゃあるまいし」
「くっ、サブカルまみれになられたおかげか、妙に冷めていらっしゃいますね……」
まぁ、物は試しか。そう思いった俺は、もう一口パフェを頬張った。今度はねっとりと、楽しむように。よく噛んで、味わうように。数瞬にして口の中でふんわりとクリームが跳ねた。
「うんまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁいッッッッッ!」
「やっぱり声に出すのはお控えいただけませんでしょうかっ」
「だから言ったじゃないか……」
ほら、見ろ。俺はそう思いながら、げっそりとした表情を浮かべる彼女を睨んだ。
まったく、こんな衆目の中で奇行を強制させるなんて、とんでもない女である。
「何か大変失礼なことを考えていらっしゃるような目ですが、少なくとも私、大声を出して欲しいとまでは頼んでいらっしゃいませんよね?」
彼女が何か言っていたような気がするが、どうせ意味のないことだったのでスルー。パフェを黙々と食べる作業に戻った。
「……」
「だから無表情はやめていただけませんかっ」
「人が美味しいパフェを楽しんでるんだ、邪魔しないでくれるか? お前は人の至福を奪うことしか出来んのか」
「美味しいと感じていらっしゃるならせめて、そのこの世のすべてに絶望したような無表情をやめてくださいませ!」
遂には表情にまでケチをつけ始めたか、失礼なヤツである。
「じゃあ、俺はどうすれば良いんだ……」
正直、俺が彼女の提案を受け入れる必要など皆無なはずなのだが、何故か受けなければいけない気がしたので素直に聴く。何というかこう、流れ的に。そう、形容するならば展開的に。正に神の啓示。
「えーっと……笑いを浮かべれば、よろしいかと思います……」
彼女は俺の問いに対し、一瞬答えに窮したものの何とか捻り出せたのか、神妙な表情でそう口に出した。
「笑顔か……」
俺はそう一人ごちながら、再々度、死霊の山(意訳:パフェ)へスプーンをのばした。
――思えば、先ほど大声を上げた時ですら、自分の表情がまったく変わっていなかった。俺の顔には色がなかった。もしかしたら、今日一日、変わっていなかったのかもしれない。どれほど、めんどくさいことがあっても。どんなに声を荒げることがあっても。どんなに楽しいことがあっても、まったくの無色、無味無臭だったのかもしれない。俺が気づいていなかっただけで。
でも、もう彼女が気づかせてくれた。それがたとえ、どんなくだらない会話の先での結果だとしても彼女が、鬱陶しかった彼女が気づかせてくれた。そう考えると、俺は彼女に感謝するべきなのかもしれない。まだまだ全然人間っぽくない俺を、人間に一歩近づけてくれたのだから。
俺は勝手にそう思いながら、クリームの洋服を纏ったスポンジを口に放り込んだ。咀嚼。しっかりと口内にうまみが伝わるように、味わって。スポンジの柔らかい触感が心地良い。
そして俺は満を持して、喜びを顔いっぱいで表すかのように、笑顔を形作ったのだ。それは同時に彼女への感謝の意を込めたもので――
「……(ニッコォ)」
「ひゃぁぁっ! 何と悍ましく、邪悪な笑みでしょうかっ!」
「良い度胸だなぁっ! 表出ろやコラァァァァァァァァァッ!」
さっきまで一応周りの視線に気を遣って大声を出していた俺だったが、今度ばかりはそうはいかなかった。我も忘れて怒りを露わにしてしまう。
「も、申し訳ありません……何と言えばよろしいでしょうか、余りにも鈴木さんの笑みが不器用な上に(気味の悪い方向で)特徴的でございましたので……」
「オイ、今何かぼかして答えたよな? お前の伝えたい意図を百パー伝えてなかったよなぁ?」
「そ、そんなただ私は鈴木さんにはもう二度と笑って欲しくはないなぁ、と思っただけでして、それ以上のことは何も思っておりませんよ?」
「お前も大概ナチュラルに失礼だよなぁ……」
ツッコミ疲れた俺は、ほうっとため息を吐くと、パフェを無表情でぱくつく。さっきまで俺の食事に難癖を付けていた彼女も指摘することに疲れたのか、同じようにパフェをぱくつきはじめた。
「……あら、美味しいですね」
「……さっきから言ってるだろうが」
「……それもそうでしたね」
「……なんか一つのパフェを二人でつつくっての、デートみたいだな」
「……それは私がさっき言いましたよ」
「……忘れてた」
『……………………』
そんな感じで、結局俺たちのカフェでの食事は終始、暗い雰囲気の中進んでいったのだった。
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