第2話:ゴーストタウン

第二話 ゴーストタウン


 自分の家の最寄駅から始発で電車を乗り継ぎ二時間、そしてそこから乗り変えて蒸気機関車に揺られる事三時間、車内の揺れと長旅にはキツい木製の硬い椅子により腰と尻をバキバキに破壊されながらもなんとか約五時間の旅路を終えて目的の街へとやってきた。

「あぁーーーーーっ、やぁっと着いたぁー!!んーっ地面が揺れないだけでなんて清々しい気分!」

 俺は駅のホームで思い切り伸びをする。周りにはちらほらと俺以外の乗客も見えてなんだか少しホッとしたが、むしろなんで自分の周りには人がいなかったのだろうと思うぐらいの人数がホームへ降りてきている気がする、なんだこれ心霊現象か何かか?

「ようお若い兄さん、降りて早々随分と豪快な伸びっぷりだな!こんな所まで一人旅かい?」

 周りを訝し気に見回していると、おおよそ三十半ばといったところだろうか、茶色い髪と髭を生やした一人の大柄な男性が俺の傍に寄って来た。片手には何か地図の様な物を持っているが、もしかしてこれは現地の観光ガイドとかそういう類いの人だろうか。

「いや、俺が来たのは旅行の為じゃなくて仕事の為ですよ。こんなに空気がおいしくて自然の溢れる場所なら旅行で来てみたかったですけどね!アハハ」

「そりゃ大変だな、物好きな観光客用の車両から降りてくるもんだからてっきり旅行者かと思ったぜ、カメラ首から下げてるって事はカメラマンの人かい?」

 男は気さくに笑いかけながら俺が首から下げているポラロイドカメラを指さす、確かに汽車からの風景も見事な物だったし、この駅のホーム自体もレンガ造りの古い建物である。のどかで美しい自然に囲まれたこの場所ならカメラマンが撮影に来てもおかしくなさそうなものだ。

「いや、俺はカメラマンじゃなくて新聞記者だよ。まあ今回は取材じゃなくて原稿を取りに来ただけだけど。…所でちょっと気になるんだけどさ、この車両が「物好きな観光客用」ってどういう事……?」

「アンタまさか知らずに乗ってきたのかい?そこの車両はあえて当時と同じ様な造りのまま残されてる観光用の車両さ。他の乗客なら、ほら、もう少し後ろの方から降りてきてるだろ?あっちは通常車両、この街に帰ってくる奴や普通の客はみんなあっちを使うんだよ」

「えっ」

 確かに俺が乗ったのは先頭から程近い車両で、他の乗客が下りてきているのはもう少し後方に行った辺りの車両。外観からはあまりわからないが、よく見ると明らかにこちらの車両と内装が違う。ソファが、ソファがふかふかなのだ、車内の椅子が猛烈に腰へダメージを与えてくる木製の長椅子ではなくふかふかソファなのだ。

「えっ」

「あぁー…その、なんというか…兄さんも災難だったな」

 まさか、そんな、そんな事も知らずに俺は三時間腰と尻を犠牲にしてわざわざ辛い汽車の旅をしていたのか?

「というか……観光用車両がるなんて、まずこれ本当に蒸気機関車なのか?」

「そんな訳ないだろ兄さん、これは蒸気機関車に似せた造りをしたただの電車だよ。煙突はあるけど煙を噴き上げてるだけで中身は電動さ」

 目が点になった体験は昨日と今日で二回目だ。そんな事ってあるのだろうか……俺の目があまりにも節穴なだけなのだろうか?昨日リリーの話を聞いてからなんだか不思議な事が立て続けに起こっているような、そんな不思議な感覚に囚われているせいだろうか。

「ま、起きちまった事はしょうがない、それが人生ってモンだぜ兄さん!」

「はは、は…そうだな…うん…その通りだなほんとに…はは…」

 明らかに意気消沈する俺を見かねた男は励まそうと明るい言葉をかけてくる、だが逆に今の俺にはその励ましがザクザクと心を貫いてくるのでやめていただきたい。だが諦めて元気を出さなければ、この先で合う作家先生に所は見せられないのだ。

「ところで兄さん長旅だっただろ、良ければ眺めも良くて料理も美味い店紹介するぜ!」

 確かにそろそろ車内で食べたスナックも消化され、空腹に胃が耐えかねる時間帯だ。自分はこの街に来たことがある訳でもないし、この男が一種の客引きだったとしてもこれはありがたい話である。

「そうだな、そろそろ俺も何か腹に入れたいと思ってたんだ。その店教えてくれないか?」

「よしきた!任せてくれ、ウチの…いや、その店はここでも美味いって評判の店なんだぜ?後悔はさせねぇさ!俺はベンだぜ、よろしくな!兄さんはなんていうんだ?」

「俺はジョンだよ、よろしく頼むよベン!」

 今一瞬ウチのって言ったのは聞かなかったことにして、俺はベンの申し出を受け入れる事にした。下手したらこの町で店が見つからないなんて事もあり得るし、作家先生の家も詳しい場所まではまだわからない。もしかしたらベンの店でこの謎の残る住所について色々聞けるかもしれないし、案外運は俺に向いているのかも。

 ベンに案内されるまま駅の外に出ると、この駅がある場所が小高い丘だった事がわかる。本社のある街に比べたらそれは小さい場所ではあるが、駅と同じくレンガで作られた小さな民家が奇麗に並んでいる様子を一望できるのは壮観だ。まるでミニチュアフィギアが箱の中を飛び出して具現化した様な風景に、思わず俺も1枚写真を撮ってしまった。

「どうだジョン、ここは奇麗な町だろ?もう少しして大型連休の季節になれば旅行客がわんさかこの景色を見に来るんだぜ。今はまだ旅行客も少ないし、アンタは随分いい時期に来たよ」

「なるほど、確かにこの景色はすごいな…!こんな事ならもっとちゃんとしたカメラ持ってくるんだった」

 市街地へと伸びるゆるやかな階段を下りる最中にもつややかな芝生に交じり可憐な花々が姿をのぞかせる、春先の日差しを一杯に受けた花々は鮮やかな花道となり、町に着くまでの路でさえ全く飽きる事が無い。ベンが言う通り本当にいい時期に来た。

 道なりに五分程度歩く、そればでにまた数枚の写真を撮り、リリーにいい土産ができたと少し嬉しくなる。先生の家に着く前に残りのフィルムはあと二十枚程度になってしまったが、もしフィルムが無くなってしまってもあとの写真は携帯のカメラで撮ればいいだろう。

「そらジョン、着いたぜ!ここが町一番の料理屋「クックママム」だ!」

 程なくしてベンが立ち止まり、一軒の店が目の前に現れる。看板には豪快なご紹介通り「クックママム」と書かれており、茶髪のふくよかな女性がフライパンを握る絵が添えられている。

 今までの道は花や草木の清々しい匂いが覆っていたのだが、いざ意識してみると店内からは食欲をそそるいい匂いが立ち込めているではないか、これはもしかしたら本当にいい店かもしれないと秘かに期待が高まっていく。そんな事を考えていると、朝から働き既に朝食とスナックを消化しつくした腹が見事な音を立てた。

「ハッハッハ!もしかして汽車の中で何にも食わなかったのか?そら早く入りな!美味しい料理がお前を待ってるぜ!」

 ベンはこれまた豪快な笑いと共に俺の背中を力強くバシバシと叩き、店の中へと案内してくれる。

 店内は汽車の中と同じく木造の机や椅子が立ち並び、外見の期待を裏切らない内装の素晴らしさをしていた。多分この町は観光の一環としてこの少し古い町の風景をそのまま残しているのだろう、あまり都会から出た事のなかった俺にとってはちょっとしたテーマパーク気分である。

 それと何より素晴らしい点として、椅子にクッションが敷いてあるのだ。木造の硬いままの椅子ではなく、ちゃんと汽車に乗った旅行者の事を考えてくれている設計、正に見事である、最高。

「ママ!お客さん連れてきたぜ!」

「ベン!あんたまた無理矢理駅からお客さん連れてきたのかい!」

 ベンがここの厨房らしき場所へ声をかけると、ドタドタという音と共に一人のこれまた大柄な女性が現れる。

「これは……なるほど」

 その女性の姿は正に看板に描かれていたふくよかな女性そのままであり、こうして間近で見比べてみるとベンとその女性がよく似ているという印象を受ける。先ほどママと呼ばれていた事もあり、これは恐らくというか確実にベンのお母さんだろう。

「遠いところからお疲れでしょうに、うちの息子が無理矢理連れてきちゃってごめんなさいね!辺鄙なとこだけど、どうぞゆっくりしていってください。ほらベン!ぼさっとしてないでお客様にお水の一つでもお出ししな!」

「ジョンの事連れてきたのは俺なのに……」

「ベン、なんか言ったかい?」

「ヒイッ、なんでもないよママ!ジョンも少し待っててくれよな」

 力関係とは正にこの事、この店の二人がまるで童話に出てくる登場人物の様で少し顔がほころんでしまったが、彼の持ってきてくれた水は良く冷やされており朝からノンストップで進んでいた旅により疲労の溜まっていた体に染み渡る。どうやらレモンを混ぜたレモン水として仕上げているらしく、喉を潤すと共に広がる爽やかなレモンの風味が最高に美味しい。

「この町は水が奇麗だから果物も育ちやすいんだ。このレモンも町で採れたやつを使ってるんだぜ」

「物凄く美味しいよこのレモン水、旅の間に失われてた物が一気に戻ってきた感じだ!」

「そうだろそうだろ?うちのレモン水は料理のサービスだからいくらでも飲んでくれよ!ママ、今日のおすすめランチある!?」

 おっとこれは勝手に料理を決められる流れか?正直都会の怖いぼったくりや有名な観光地に居るような現地ガイドなんかが観光客用のメニューを進めてきて金をむしり取っていく手法と同じ気配を感じるのだが、ここまで良くしてくれたベンに「ぼったくりじゃないのか」なんて今更聞けるわけがない。

それにベンの人柄も合いまってなんとなく悪い人ではない気がするし、これはただの憶測でしかないのでもし仮に良い人ではなかった場合のダメージが計り知れなくはあるのだが、厨房から香る美味しそうな匂いを嗅いだ瞬間何もかもがどうでもよくなった。

「今日のランチはオムレツだよ!丁度パンも焼けたから先にこっち持ってってあげな!その間腕によりをかけて最高のオムレツを作ってあげるからさ!」

 明るい声に促され、厨房へ向かったベンが手にした可愛らしいカゴには二つの丸い物が並べられており、それは正に店の前に立っていた時点から自分の鼻と腹をくすぐり続けていた元凶、焼き立ての美味しそうなパンであった。美味しそうというか見た目からしてもう絶品。

丸い形に添うようにして表面がこんがりときつね色に焼きあがったパンはまだ熱々のままで、思わず両手で手に取ってしまってからその熱さに翻弄される。しかし熱に耐えながら真ん中へ指を押し込むと、パリッという小気味よい音と共にふかふかの真白な生地が顔をのぞかせる。埋まりたい、ここに埋まって心行くまで眠りたい。そう思える程ふかふかなパンは軽く裂いただけで奇麗に半分になった。

「どうだ、美味そうだろ?まあ実際めちゃくちゃ美味いんだけどさ!でもな、ここにちょいとコイツを付けると……もう後には戻れなくなるぜ」

 そう言ってベンは銀色の包みの中からナイフで何かを切り出しパンの上に乗せる。それはまだ熱いパンの上に乗るとトロリと溶け出し、生地の中へと染み込んでいく。そしてふわふわのパンはしっとりとしたツヤに彩られ、今正に完成形へと至ったのだ。

「そう……このバターを付けちまったら最後、もうこのパンの虜にならない奴はいない」

「あ…あぁぁっ……!」

 なんて罪な事をしてくれたんだ彼は、こうなってしまったらもう、空腹の者に成す術はない。バターが染み込んだ焼き立てのパンに、俺は一心不乱にかぶりついていた。

「……美味い!」

 見た目通り絶品、というか想像以上に美味しい。焼きたてのパンへバターを乗せただけなのにこんなに美味い物なのか。

 口に運ぶと、まず最初に味わうのはカリッとしたパンの表面だ。小気味よいパリパリという音がするぐらいこんがりと焼かれているのに、それがまたパンの豊潤な香りを倍増させてくれる。更にそこへ訪れるやわらかな白い生地が口の中を更なる幸福感へと包み込み、その滑らかな舌触りはとても心地がいい。

 そして極め付きであるバター、パンの熱で程よく溶かされ生地に染み込んだそれは噛み締めるたびにじゅわりと溢れ出し舌の上でパンもろとも溶けてしまう。やばいこれ、この二つだけでいくらでも食べれる。

「お客さんお待たせ!ウチ自慢のオムレツができたよ!」

 そう言っておかみさんが持ってきたのは直径三十センチはあるかといった巨大なオムレツ、しかも机に置くだけでその身はプルプルと震え、まるでプリンを思わせる程の弾力がある。

「ゴクリ……」

 俺は手にしたスプーンでオムレツを軽くつついてみた、弾力のある外側はプルンッと揺れるが、また内側からは違う感触が伝わってくる。意を決し、この魅力的な黄色い山にスプーンを突き立ててみると、中からトロトロと柔らかな卵があふれてきた。

「ウチのオムレツはママ秘伝の焼き方で、外はプルプル中はトロトロなんだ。これを食べにくる為に毎年来る旅行者も多いんだぜ?」

 少し割れ目を入れただけなのに、そこから卵が溢れ出して止まらない。それをスプーンですくって口に含むとやわらかく上品な卵の味が口いっぱいに広がる。決してサラサラでもドロドロでもない程よい硬さを保っており、これが絶妙な火加減のもとに生み出された奇跡の一品だという事が自然と伝わってきた。

 その後の俺はといえば、一心不乱にオムレツとパンを口に含む機械になっていた。

 トロトロのオムレツがパンに絡まり、更に染み込んだバターが卵の甘みをさらに引き立てることで口の中で絶妙なハーモニーを奏でてくれる。もうこうなってしまえば止まらない、多大な幸福感と共に俺は気が付けば皿の上に載っていた全てを平らげてしまった。

「味変えたかったらケチャップがあるからこれ掛けな……ってもう無くなってるじゃねえか!お前そんなに腹減ってたのか?」

 気を利かせて調味料を幾つかベンが持ってきてくれた様だが、それを使う間もなく皿にはパンの欠片すら残っていなかった。少し残った卵をパンですくい取り味わうその瞬間まで俺の顔はニッコニコだったに違いない。

「めっちゃくちゃ美味かった!仕事が無ければここで一日料理を食べつくしたいくらいだ。今度新聞で料理店特集をする時は絶対ここの記事を書くよ」

 俺の顔を見て何度も嬉しそうに頷くベン、いやぁ彼に付いてきて本当に良かった。まさか仕事先でこんなに美味しい物が食べられるなど思ってもいなかったので、昨日はあんなに面倒だと思っていたこの仕事を押し付けてきた社長に感謝してしまう程だ。

 しかし食べ終わった後にどうしても気になってしまう物、それはお会計だ。正直ぼったくりではないかと半信半疑のままではあったが、こんなに美味しい物を食べれたのだ、もう金に糸目は付けまい。俺の今月の給料半分ぐらいなら喜んで差し出せる。

「食べ終わった後にすぐする話でもないが、これって幾らぐらいになるんだい?」

「会計だな、えーっと今日のランチは……こんぐらいだ」

 金額の書かれた紙をベンから手渡された俺はまたもや驚愕した。

「安ッ!」

 それは本社の近くにあるハンバーガーショップで一番リーズナブルなセットを頼むのとなんら変わらないぐらいの値段だった。嘘だろ、俺からしたらフレンチのフルコースを食べた以上の満足感があったのに、これがそれの十分の一以下の値段だなんて信じられない。

「ベン、これ会計間違ってないか?0が一つ足りないぞ?」

「何言ってんだ、この値段で合ってるよ。そんな高級なレストランのフルコースでもあるまいし!」

 俺の言葉を冗談と受け取ったのか、ベンはまた豪快な笑い声を上げる。どうやら値段もこれで間違っていない様だが、むしろ想定以上に安すぎてこの値段で食べてしまっていいのかという罪悪感すら浮かんできてしまう。次も絶対来よう、そして全ての料理を制覇しよう、俺は胸の内で秘かにそう誓った。

「おや、お客さんもう行っちまうのかい?もっとゆっくりしていけばいいのに」

 会計を済ませた俺に気付いたおかみさんが厨房から顔を出してくれる。その手にはマグカップが握られており、暖かな飲み物が注がれたそれを俺の机へ差し出してくれた。

「ランチセットに付いてる食後のサービスさ。これでも飲んで、疲れを癒しておくれ」

 カップからは紅茶の茶葉の様な香りと一緒に甘い香りが漂ってくる。少し口に含むと優しい甘さが温かさと一緒に広がり心まで満たされる様だ。

「この町の名物、ハチミツを加えた紅茶さ。ここじゃ毎日食事の後に飲む物として親しまれてるよ。俺も毎日欠かさず一杯飲んでるからどんだけ笑っても喉が痛まねぇ!」

 確かにベンの笑い声はとても豪快でよく響く。聞くところによるとハチミツを加えているおかげで喉や気管の調子がすこぶる良いらしい。おまけにレモンとハチミツを合わせた飲料も親しまれており、もう少ししたら野外ではちみつレモネードを作る店が立ち並ぶそうだ。

「ここは景色も空気も良いもんだから、別荘を建てる金持ちが昔から多いんだ。でも本当は結核になった身内の療養場としてここに住まわせていたらしい。このハチミツ紅茶はそういう歴史の名残として生まれた一面もあるんだ」

 成程、これは一種の薬としても親しまれていたのか。あまり俺は医療の歴史といった物には詳しくないが、この話は町の歴史を感じられて面白いと思った。地域の特産品という物は案外そういった何かしらの理由によって生まれたものも多いというし、こういう物に興味を持てていれば学生時代の歴史の評価点はもう少し高かったかもしれない。

「なるほどなぁ、ベンのおかげで来た時よりもこの町の歴史に詳しくなれた気がするよ、ありがとう」

「なぁに、こっちもあんたみたいな人のおかげで商売ができるってもんだ!今の時期はみんな旅行客相手の商売の準備をするのに忙しくて、この食堂に食べにくる客も少いからな」

 そういえば店に入った時から自分以外の客が一人も居なかった、丁度昼頃だというのに人がいないのは違和感を感じるが、きっとオンシーズンにはここが人でごった返すのだろう。

 人……といえば自分は確か誰かを探しているのではなかったか?美味しい料理と暖かな歓迎によりすっかり忘れていたが、そういえば俺の目的は作家先生の家に原稿を取りに行く事だ。有名になっている作家の先生であれば、もしかしたら彼もこの住所を知っているかもしれない。俺は鞄の中から住所の記されたメモ書きを取り出し、ベンに見せてみた。

「そういえば少し聞きたい事があるんだけどいいかな?この住所に住んでる人を知らないか?」

「そういえばこの辺りに住んでる作家か何かから原稿を受け取るんでこっちに来たんだっけか、どれ、少し見せてくれ」

 ベンは俺の手渡したメモ書きをまじまじと見つめる。少し考えこんだ後、最初に出会った時に手にしていたマップを広げ俺に見せた。

「ここに書かれてるのはこの町の「旧名」だ。昔、といっても百年以上前はこれと同じ名前だったが、今は別の名前になってる」

 彼の手にしたマップを見た俺は、確かにこの町の名前がメモに書かれた宛名とは違う事に気付いた。

「しかしこんな古い名前を書くなんてお前より物好きな奴も居たもんだなぁ、住所はこの付近の物で間違いなさそうだが、こんな番地は聞いたことがねぇ。」

 これは困った。現地の人がわからないのなら俺には尚更わからない。これでは原稿を取りに行くどころではないが、俺はある事を思い出しベンにそれを見せてみた。

「ネットでこの住所を調べると毎回この森を示すらしいんだけど、何か心当たりとかないか?」

 それは昨日リリーに見せてもらった森の写真、もしかしたら何かの手掛かりになるかもしれないと思い昨晩の内に画像の切り抜きを携帯の方に送ってもらったのだ。

 すると、携帯に映し出される画像を見たベンの顔から笑みが消えていく。顔は血の気が引いたように白くなり、眼を見開き画面を見たまま硬直していた。

「……アンタ、ここに何しに来たんだ?本当に原稿を取りに来ただけか?」

「もちろんそうだけど…ベン、なんか顔色が悪そうだが大丈夫かい?」

 先程の大らかな様子とは打って変わり、明らかに引きつった顔をした彼に俺は問いかける。この写真に何かまずい物でも映っていたのだろうか?

「アンタ本当に何にも知らずにここに来たのかいジョン……この森の事知らないんだったら行くのは止めた方がいい。俺から言えるのはそれだけだ」

「ちょ、ちょっと待ってくれ!この森に何かあるのか?絶対失敗できない仕事なんだ、何か知ってるんだったら教えてくれ!頼む、この通り!」

 頭を下げなんとか情報を聞き出そうとする俺を見て少し悩んだ後、ベンは再度地図を俺に見せる。

「……その森はここ、この町を西に抜けて行った先にある。歩いて三十分もかからないだろうが、この町の奴でもこの森にだけは誰も近づかない」

 彼が指で示す先には、俺とリリーが頭を悩ませていたのと同じものが記されていた。町の西に突然広がる大きな森、携帯で調べた時と立地も丸々同じだ。

「その手紙がイタズラだったって可能性もある、帰ってそう報告した方がお前の身の為だぞ」

「この手紙はもう三年も同じ場所から送られてるんだ、イタズラにしたって、原稿が実際に届いているんだから少なくともイタズラではないと思うんだけど…、それに俺は今更イタズラでしただなんて報告したら社長に首をはねられるよ」

「そうか……それなら仕方ない。でも一つだけこの森についてお前に教えておいてやるからよく聞けよ、町の奴らがこの森を呼ぶ時に使ってる名前はな」




「ゴーストタウンだ」


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シュテンビルト 飴おじちゃん @tatto

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