第79話 姿を変えたアレ

「ちょっと、アルムはこれ食べた?」

「いや、まだだよ。てか、カレンちょっとがっつきすぎっ!」


 ミーシェ様の音頭と共に開始された宴は、開始早々混沌と化した。周囲には浴びる様に酒を飲む村人や、フードファイトさながら食事をかきこむ者。速攻で酔っぱらって半裸を晒している者など、秩序の崩壊は早かった。

 そして、それらに引きずられるように、カレンは招かれた側だと言うのも忘れて食事に没頭しているのだ。


「そうですよ、カレン様はもう少し淑女としての慎みを持ってください」


 そんなカレンに、先程からコーニャさんのお小言が止まらない。でも、カレンにとってコーニャさんの小言程度、食事中のBGMくらいにしか考えていないのか、右から左へと聞き流している。

 正直、カレンも悪いけど村の外で延々と小言を言う従者もあまり褒められたものではない。少なくても人に見られない場所でしてほしいところだ。この辺りコーニャさんは空気が読めないと思う。


「あら、この小鉢に入っているお野菜美味しいわ。アルムも食べてみて」

「どれどれ……これはピクルスなのかな? でも酸っぱくないね」


 騒がしいカレンとコーニャさんはほかっておいて、僕は反対側にいる姉さんが勧めてくる物を口にする。

 それは日頃食べなれたピクルスとは違った野菜であった。酸味は感じず、少しの塩味と旨味。まるでお肉を食べた時の様な強い旨味を舌に感じた。


「そちらはこの村特有のピクルスで、糠漬けと言うんですよ」


 そのあまりの美味しさに、確りとピクルスを味わっていると、片手に水差しを持ったマリナ様がやって来た。どうやら彼女はお酒の飲めない人へ飲み物を注いで回っているらしい。


「へー、糠漬けって言うんだ。じゃあ、もう一つのこれは何?」

「こちらは米麹で漬けたピクルスですね。どちらもお米を使ったものなのですよ」


 ピクルスの作り方は、その地域ごとに様々な物がある。

 ウッドランド村ではオリーブオイルをふんだんに使用した物が主流だけど、セフィーさんの出身地では香辛料を多用した物が作られていたりと、その土地に適したものが作られて来た。

 だから、このパディー村では特産品であるお米を使っている事に対しては驚かないが、これ程の旨味を引き出すその製法には大いに興味をそそられた。


「お米って主食として食べるだけじゃないんだ?」

「はい、他にも今アリスさんが飲まれているお酒もお米から作られたものですよ」

「あらそうだったの。ほんのり甘くて飲みやすいお酒だと思ったけど、お米から作られたのね」


 姉さんは普段からお酒を飲んだりはしないけど特別な日に嗜む。基本的にミードみたいな甘いお酒を好んで飲むけど、このお米からできたお酒も気に入ったみたいだ。


「お口に合って良かったです。でも飲みやすい反面、強いお酒ですから気を付けてくださいね」

「あら、そうなのね。飲み過ぎないように気お付けないとね。それにしてもこのお米のお酒とお米で漬けたお野菜の相性は最高ね。いくらでも食べられそうよ」


 今しがた飲み過ぎるのは危険だと言われたのに、姉さんはピクルスとお酒を交互に口にしている。まあ、姉さんがお酒で不覚を取った処をみたことはないので、おそらく大丈夫だろう。

 それよりも、姉さんがこれほど気に入る食べ物は滅多にない。勿論好きな食べ物はあるけど、ある程度量を食べたら満足してしまうのに、このピクルスは手が止まることなく口に運ばれていいく。余程気に入ったみたいだ。


「ねえ、このピクルスの作り方って教えてもらえないかな?」

「ピクルスですか? ええ、構いませんよ。ただ、販売目的の製造は控えて頂きたいですが」

「大丈夫、家で食べる分だけだよ。でも、そんなに簡単に教えてもいいものなの?」

「ええ、売り物に向かないので商品価値としてはそんなに無いのです。長期保存は可能ですが、保存環境を整えないと直ぐに駄目になってしまうので、作っても運ぶ間に食べられなくなってしまうのです。だから販売は控えて頂きたいのです」


 村の利益と言うより、単純に保存環境が限定されているかららしい。

 確かに、ある程度環境依存しない保存食でないと馬車で運ぶには向かないのだろう。これだけ美味しいのに商品にできないのは、領地を治める一族からしたら悔しいに違いない。


「ありがとう。姉さんがこれ程気に入った物が村に戻ったら食べられないのは可哀そうだからね。お礼と言っては何だけど、僕に出来る事なら何でも言ってね」

「ふふふ、アルム君はお姉さん思いなのですね。困りごとがあった時はおねがいしますね」


 マリナ様が話の分かる人でよかった。本当ならミーシェ様にお伺いを立てるのが筋なのだろうけど、今は顔を真っ赤にして村人に絡んでいるからあまり関わりたくない。後日話を通しておけば大丈夫だろう。


「おや、マリナ様こんなとこにいんさったか。お客さんに追加の料理持って来たで、手伝だったーてーよ」

「あ、はい。——アルム君、これも村の特産で、蒲焼と言う料理です。お米と相性抜群なので、是非一緒に食べてくださいね」


 そう言ってマリナ様が差し出して来たのは、これまでの料理と違って高級感溢れる器に入れられた料理だった。

 お皿には蓋までついていて、他の料理とは一線を引かれた扱いをされている。一番最初に配膳されたカレンに至っては、そのあまりの仰々しさに早く蓋を開けさせろと言わんばかりに興味をそそられているようだ。


「どうぞ、皆さん蓋をお取りください」

「おおっ!」「うわっ」「あらまぁ~」


 蓋を持ち上げた瞬間、辺り一帯に甘く濃厚な香りが立ち込める。その香りだけで、目の前の料理が美味しいことが理解できてしまう暴力的なまでの香りだ。

 そして、見た事も無い魚の様な食べ物は、表面には滑らかなソースは食材を綺麗に照り輝かせていて、その高級なお皿に負けない存在感を醸し出している。


「さあ、お召し上がりください。我らが村の自慢の一品です」


 そんなマリナ様の言葉に、僕達の手は自然と動いていた。

 フォークをその身にあてがいナイフを入れる。その身は柔らかく、僅かな弾力を感じさせる。これまで食べてきたどの魚とも違った。


「んっ! 美味い!」

「あら、これもまたお酒に合うわね」

「凄い! 甘くてフワフワッ。ケントが言ってた甘くて美味しいのってコレの事だったのね」


 確りとソースに馴染んだ魚は、身の奥までしっかりと味がしみ込んでいた。さらに、その独特な皮の舌ざわりがよく、食べた時に満足感を与えてくれる。少し濃い目のソースは、確かにお米との相性が良かった。


「皆さまご満足して頂けたようですね」


 僕たちの反応を見て、マリナ様も嬉しそうに頷いている。お皿への力の入れようから、この料理が自慢の一品であったのは間違いない。そして、それを自負するだけのポテンシャルをこの料理は持っていた。

 この蒲焼を食べた瞬間から、心なしか身体の奥底から活力があふれ出してくるきがする。一口食べただけでこれ程心掻き立てられる料理は初めてだ。


「凄いわね。正直、毎日でも食べたいくらいよ」

「ふふふ、カレン様に気にいって頂けてよかったです。この魚はこの広い湖でもこの辺りでしか獲れない珍しい魚なのですよ」

「そうなのね。ウッドランド村の近くでも獲れればよかったのだけど残念ね。えっと、蒲焼って魚だったかしら?」

「いえ、蒲焼は料理の名前です。この魚の名前は——」


 一口で気に入った料理の食材が、村の近くでは獲れないと聞いたカレンの落ち込み様は分かりやすい物だった。

 しかし、だからと言って諦められない程には気に入ってしまったのだろう。せめてその食材の名前だけでも聞きたいようだ。


「ウナギと言います」


 この時、僕と姉さんの手が止まったのは言うまでもない。


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