第78話 宴

「あれ? お客さんかな?」


 アマーリと呼ばれた女の子は、マリナ様しか視界に入っていなかったのか、こちらを見つけると不思議そうにこちらを見てきた。


「ええ、収穫祭にウッドランド村からいらっしゃったアリスさんとアルム君ですよ」

「へー、俺はアマーリって言うんだっ。よろしくね」


 マリナ様が紹介してくれると、アマーリは屈託のない笑顔を浮かべながら、ソプラノボイスで所々泥の付いた手を差し出してくる。

 手が汚れている事には本人も直ぐに気が付いたのか、少し恥ずかしそうにずぶ濡れのズボンで汚れを取って再び差し出してくるが、どこか羞恥を感じる所がズレているのではないだろうか?


「……ねえ? この村の女の子はこんなにも露出が多いのかしら?」


 いくら成人を迎えていないからと言って、不特定多数の人に過剰な肌の露出を見せる物ではない。お祭りの熱気に当てられたと言うには少し早いし、水路から出てきた所を見るに、何かしら作業する時の格好なのだろう。

 突然の事にフリーズしていた僕達だけど、姉さんが先に復活して眉をひそめてマリナ様に小声で尋ねる。


「え? あっ、アマーリは見た目可愛いですけど、れっきとした男の子ですよ」

「……ああ、ココルちゃんみたいなタイプなのね」


 姉さんは納得がいったような顔をして、アマーリの手を取る。その際に、若干アマーリの頬が赤くなったのを僕は見逃さなかった。その姿をみたら男の子だというのも簡単に受け入れられることができた。

 なにより、姉さんの口からココルの名前が出たのが大きい。前例があれば人は割と簡単に物事を受け入れられるものだ。ココルも水遊びする時なんか上半身裸になって周囲の視線を集めていたのを思い出す。あの時は男性、女性関係なく視線を集めてたな。


「それにしても、こんな直前まで漁をしていたの?」

「うん、沢山獲れるから止まらなくなっちゃったよ。ほら」


 互いに握手を交わし、挨拶が済んだ処でマリナ様がアマーリに問いかけた。

 それにこたえる様に、アマーリは腰に下げていた魚籠の中が見やすいようにこちらに向けると、その蓋を外す。


「「ひっ!?」」


 そして最初に見えたのは、何か黒っぽい物が大量に蠢く姿だった。それに夕焼けの光が差し込むと、ぬらぬらと怪しく光を反射し、その蠢く物が鮮明に見えるようになった。

 蛇の様に長細く、その表面は異様にてかっている。それが塊となって蠢いていて、時折見える赤黒い口内が嫌悪感を高め、その光景に背筋が凍る。

 よく見てみると、魚籠の底から強い滑りを帯びた液体が滴り落ちて土を汚す。どうやらこの液体はこの蠢く物から分泌された液体みたいだ。


「うわっ! 凄い獲れましたね」

「そうなんだよ。次から次へと見つかるから、なかなか止め時が掴めなくってね」


 二人は蠢く物が入っている魚籠を除きながらキャッキャッと楽しそうだ。こうして見ると美少女が二人騒いでいる様にしか見えない。ココルとミミが話してるときが丁度こんな感じだな。


「ねえ、その黒くてヌラッとしてウネウネしてるの、何?」


 あの魚籠の中身はとても視覚的に嬉しい物じゃない。なんで二人があんなに嬉しそうなのか、正直ちょっと正気を疑うレベルだ。


「ああ、これはウナギって言う美味しい魚だよ」

「「ウナギ?」」

「そう、身がふわふわで特性タレに付けて食べるんだ。この村のご馳走って言ったらもっぱらウナギを使った鰻丼だよ」

「はい、わが村の特産ですよ。保存がきかないので外への販売は出来ませんが、歓迎の場ではよくお出しするんですよ」


 その土地特有の食べ物と言う物は結構あるけど、外の物からしたら理解できない物も割と多い。先程のように視覚的に忌避感を覚える物でも珍味として扱われる食材も少なくないと聞く。

 でも、どうせならその原型を知る前に食べたかった。


「今日の宴のも出ると思うので、楽しみにしていてくださいね」

「お、おうっ」


 マリナ様には他意は無いのだろう。こちらが喜ぶと思って楽しそうに事実を突きつけてくる。

人は言葉を交わし、意識の共有をして認識をすり合わせる。だが、それを常識が阻む事が間々あり、その結果気持ちが通じ合わず、すれ違いをおこす。

 ……なんて大層な話ではないが、あのウナギを楽しみに待つのはちょっと難しい。


「あはは、見た目はアレだけどね。調理したら形は変わるし、とっても美味しいから大丈夫だよ」


 そんな僕達の表情を見て、アマーリはマリナ様の言葉を捕捉する。

 それに僕も姉さんも曖昧な返事を返すのが精一杯だった。


*


「あっ、アルムやっと来たわね」

「ごめん、ごめん、遅れたかな?」


 田んぼを見に行って、蠢く物に遭遇。なんて事もあったが、宴の時間が迫って来たので再び広場に戻ってきたら、既にカレン達は仕事を終わらせて宴の席についていた。


「なーに、今から始めるところだでよ。さあ、お客さんは座った座ったっ!」


 そんな僕たちを、割烹着を着たミーシェ様自ら案内をして座らせてくれる。こういった時、貴族は座って準備が整うのを待つのが常だが、どうやら彼女は自ら陣頭指揮を執って動く方が好きなようだ。


「それで、この村の案内はどうだったの?」

「あー、田んぼを見てきたよ。まあ、刈り取りが終わって、麦畑の刈り取り後みたいな感じだったけど……」

「田んぼってお米の畑よね? さっき炊立ての香りを嗅がせてもらったけど、余計にお腹が空いたわ」

「ああ、炊立ての匂いは食欲をそそるよね」


 貴賓扱いのカレンは、本来僕達とは席が離れた場所に座る筈なのに、ミーシェ様が気を利かせてくれたのか、ウッドランド村のメンバーは席が近い所に用意されていた。

 そうなると必然上座にくるから、全体を見渡せる場所になるのだが、逆に言うと多くの人から見られる席になるからちょっと居心地が悪い。

 でも、それを補って目の前に並べられた食事は美味しそうだ。炊立てのお米に、今年取れた野菜の数々、それに見たことが無いような美味しそうな料理が並べられる。


「やっぱりウチの村とは違った料理よね。あっ、この長細いのは何かしら?」

「っ、長細い……ああ、それはきゅうりの一本漬けだよ。確かお米の粉に漬け込んで作るピクルスだったかな」

「へー、これピクルスなのねっ」


 長細いと聞いて、先程の光景が一瞬フラッシュバックしたけど、カレンの視線の先にある物に気付いて安堵した。

 この宴はたのしみだけど、先程のウナギが出てくると思うと心から楽しめない……。


「あっ、こっちは何かしら? わぁ、これも美味しそうね。それに——」

「カレン様、そろそろ宴が始まりますのできちんとお座りください」

「そうね。もう少しの我慢よね」


 後ろに控えるコーニャさんの注意を受けて、カレンは姿勢を正して正面を向く。コーニャさんが伝えたかったことは全然伝わってないみたいだけど、結果が伴っているのでそれ以上何か言うつもりは無いらしい。


「それじゃ、そろそろ宴を始めるでよ」


 何時の間にやら先程までの喧騒は止んで、ミーシェ様がグラスを片手に席を立っていた。


「今日は前夜祭だでよ。飲んで食って楽しんでほしいでよ。今年はウッドランド村からこちらのカレン様がおんさったでよ。みっともない姿を見せんように気を付けて飲むでよ」


 カレンはミーシェ様の紹介に合わせて席を立ち、綺麗な所作でカーテシーを披露する。本日何度目かのお行儀のよいカレン様降臨だ。

 それにしてもミーシェ様の挨拶がちょっと変わってる。ウッドランド村の領主様だと、こういった時は無礼講だっていうのに、あれでは宴の楽しい雰囲気に水を差してしまいかねない。


「ほんじゃ、そろそろ我慢できんもんも出てくるでよ。挨拶はここらで終わりだで、——お前ら死ぬほど飲むでよっ。乾杯っ!」

「「「飲み死ぬぞっ。かんぱ~いっ!!」」」


 これ、気を付けて飲む気あるのかな?



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