第80話 宴明けの朝

「ん……あれ?」


 いつもと違う質感、柔らかいベッドの中で目を覚ます。早朝の柔らかい朝日を浴びて、身体が自然と目を覚ました。


「ああ、パディー村に来てたんだっけ。確か昨日は……うっ」


 昨夜の宴を思い出そうとすると、何故か頭が痛くなった。そもそも、昨日の記憶が途中から無い……。

 なんてことは無く、楽しく過ごす事ができた。でも、あの美味しかった蒲焼の正体がウナギだと考えると、どうしても素直に受け入れられず、蒲焼を口に運ぶたびにアマーリが持っていた魚籠の中身が頭をちらついて箸が進まなかった。

 僕の隣ではカレンがそれはもう美味しそうに食べていたのを覚えている。確かに味は文句なしだった。それこそ素材の原型をしらないまま食べていたら、僕もカレンの様に美味しく食べられただろう。


「ん゛、ん゛。……おはよう……アルム」

「おはよう、姉さん。顔色悪いけど大丈夫?」


 部屋数の関係で、家族と言う事で同じ部屋をあてがわれていた姉さんも、朝日を浴びて目を覚ましたみたいだけどその顔色は芳しくなかった。


「んー、頭が痛いわ。……完全に飲み過ぎたわね」


 姉さんは蒲焼の素材がウナギと聞いてから、それを洗い流すかのようにお酒を飲んでいたから、許容をこえてしまったようだ。僕はなんとか食べられたけど、姉さんは僕以上にあの光景が頭から離れないようで、蒲焼はそれから一口も食べなかった。

 それを見たマリナ様が申し訳なさそうにしていたけど、ある意味僕達は運が悪かった。それだけの事なので気にしないように伝えたけど、彼女は結構引きずるタイプなのか、宴の間ずっと気にしていた。


「それじゃ姉さんは休んでて。何か軽く食べられる物を貰って来るよ」

「ええ……、ありがとう。そうさせてもらうわ……」


 仕事が忙しくて、余裕が無かった時でさえ弱っている姿を見せなかった姉さんが、お酒の飲みすぎでここまで弱るなんて驚きを隠せない。昔、ミガートのおっちゃんが二日酔いの辛さについて語っていたけど、あれは本当だったみたい。

 そんな弱った姉さん放置しておくことはできない。でも、お酒による体調不良——二日酔いの時は下手に世話されるよりも放置してもらったほうがいいとも聞く。下手に近くにいて五月蠅くするよりも静かな場所で惰眠をむさぼるのが一番だとも聞く。何とも摩訶不思議な病気だ。


「すみません。二日酔いに効く食事ってありませんか?」

「おや、君はウッドランド村から来た子だね。二日酔いでも食べやすい食事は作ってあるから持って行っておくれ」

「ありがとうございます」


 宿として宛がわれたのは、領主屋敷の一部屋だった。屋敷の中は簡単に案内されただけで、細かな場所まではわからないが、朝食の良い匂いを辿って向かってみると簡単にキッチンはみつかった。

 キッチンにはシェフらしき人と、それを手伝う人がいた。彼らは宴後がどうなるのか分かっていたのか、事前に幾つかの食事を準備していたみたいで、その中に二日酔いした人用の食事も含まれていたのだ。

 僕はその食事を貰って先程いた部屋まで戻る。本来食事は食堂に集まって皆でとるものだけど、流石に二日酔いの姉さんを騒がしい場所には連れていけない。


「姉さん、食事を貰ってきたよ」

「ん……、ありがとう……そこに置いておいて……」


 動くのも億劫なのか、姉さんは食事よりも睡眠を優先するみたいだ。規則正しい生活を送る姉さんには珍しい事だが、それほど動くのも辛いらしい。


「わかった。テーブルに置いておくね。サイドテーブルに水を置いておくから、できるだけ飲んでね」

「……ん」


 二日酔いの時は兎に角水分補給をするべきだと聞いたので、直ぐに飲めるようにベッド横に設えられたテーブルに水差しだけ準備して、できるだけ物音を立てないようにして部屋を出る。

 今の姉さんはちょっと人様に見せられるような状態じゃないので、後で屋敷のメイドさんに起きて来るまで部屋に入らないようにお願いする必要がありそうだ。


「おはよう」

「「おはよう(ございます)」」


 部屋を後にして、水場で身だしなみを整えた後、食事をする為に食堂へ顔をだすと、そこにはカレンとマリナ様が挨拶を返してくれた。


「あれ? 他の人達は?」

「なんだか皆二日酔いみたいよ。今日予定されていた催しは全部明日に延期ですって」

「……申し訳ありません。毎回毎回どんなに言い聞かせてもこの村の大人は飲み過ぎてしまうのです……本当に、申し訳ありません」


 何度も頭を下げるマリナ様を何とかなだめて、なぜこんな事になったのかと聞いてみると、どうやらパディー村では客人の歓迎にテンションが上がり過ぎて、もれなく大人たちが飲み過ぎでダウンするらしい。先程キッチンに居た人たちは、この村の中でも酒の飲めない少数派の人達なのだとか。

 そう言えばミーシェ様が死ぬほど飲むなんて言ってたのは、あながち間違っていなかったんだね。

 それに、僕達の村でよく飲まれるエールやミードと違って、お米から作られるお酒は飲みやすさに比べて非常に次の日に残りやすい代物らしい。マリナ様も又聞きらしいけど、お米のお酒を飲んだ次の日は膝にくると村の年より連中はよく野良作業をサボるいいわけにするくらい次の日に影響をのこすらしい。


「それなら飲まなきゃいいのにね」

「同意」


 カレンの言う事もごもっともと思う。


「も、申し訳ございません」


 そんな歯に衣着せぬ二人の云い様に、マリナ様は今にも崩れ落ちそうだ。

 尤も、ウッドランド村の大人勢も全滅しているみたいなので、ある意味お互い様だ。


「まあそれはいいや。二人とも朝食は食べたの?」

「いえ、これからよ。アルムを待っていてあげたんだから感謝しなさいよね」

「へへー、お貴族様をお待たせしてしまって申し訳ないですー」

「……まったく心が籠って無いわね。とにかく座りなさい。食事が始められないでしょ」

「ああ、わるい。マリナ様もお待たせしてごめんなさい」

「いえ、私も起きたばかりなので、お気になさらないでください」


 この二人の対応の違いを見て、誰が同じ貴族だと分かるだろうか? 例え一つ歳が違うからと言って、来年カレンがマリナ様みたいになるとは思えない。同じ末娘といっても育ちの環境でこうも変わるのか、それとも元々の気立てなのか、比べずにはいられない。


「……なによ?」

「いえ、べつに」


 少し露骨に視線を向けたせいか、カレンに睨まれてしまった。うん、比べるのは良くないね。


「お待たせしました。朝食をお持ちしまし……あれ? どうかなさったのですか?」

「おっ、待ってました!」

「チッ」

「え? え?」


 カレンが婦女子にあるまじき舌打ちに、真の婦女子が戸惑ってしまったが、これで流れが変わった。例えカレンの目が後で覚えてろとでも言いたげな目をしているとしても、カレンならご飯を食べれば忘れてしまうだろう。


「マリナ様何でもないですよ。さっ、朝食を頂こう。——って、朝はパンなんですね?」

「あ、はい。朝食にもお米を食べる家もあるのですが、我が家ではパンを食べます。他の領地で開かれるパーティーなどはパンがメインになるのでそれに慣れる為ですね」

「ああ、ウチでも偶に貴族マナーを意識した食事が出るわね。それが毎朝ってのは大変ね」

「そうですね。ですが田舎者だと恥をかかないように代々朝食は貴族のマナーに沿ったもので頂くのが我が家の習わしなのです。あ、もちろん今日はお気になさらなくていいですよ。……それ以前の問題ですから……」


 確かに、客人を招いておいて領主家の者が二日酔いでダウンなんて食事のマナー以前の話かもしれない。


「それでいいわ。アルムもいるしね。それじゃ早速頂きましょう」


 何故か客人のカレンが仕切って食事が始まったけど、普段家で食べる朝食のちょっと豪華版みたいな朝食だった。たかだか一食違った文化の食事をしただけだが、普段の食事と変わらないというのも悪く無い物だ。なんだか不思議な安心感がある。少なくとも知らない食材が使われている食事がないだけで心穏やかに朝食を頂けるから有難い。


「それにしても、今日は何をしようか? 稲刈りも延期になったんだよね?」

「はい、申し訳ありませんが、稲刈りを仕切る者も二日酔いのようで、明日に延期となりました」


 食事をしていて、ふと先程の話を思い出して聞いてみる。収穫祭の為に来村していて、日程はある程度決まっていた筈なのに、突然一日自由な時間ができると何をしていいか分からなくなる。僕たちは旅行なんてしたことが無い田舎者なのだ。初心者に突然一日自由を与えられても直ぐに予定は決められない。


「あら、今日の予定はさっき決まったわよ。ちょっと小耳に挟んだのよね」

「ん? 何かするのか?」


 こういった時のカレンは意外と頼もしい。村で遊ぶときも、何をするか決まらない時はカレンのアイディアが役に立つ。それで新しい遊びができたのも一度や二度ではないのだ。


「ええ、私達は今日、狩りをしに行くわよ!」


 ただ、そのアイディアは突拍子も無い物が9割を占める。



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