第77話 案内

「あ、あちらがこの村の広場になります。今は今日の歓迎会の準備中ですね」


 あの後、一切振り替える事無く一人で先に歩いて行ってしまうマリナ様を姉さんと二人で慌てて追いかけた。そして、追いついた後は何事もなかったかのように振舞うマリナ様に連れられて、僕たちはパディー村の中を案内してもらう。

 未だに若干平常心ではない様だが、一応確り村の案内をしてくれるみたいなので、マリナ様の説明に耳を傾けながら村の中を散策している。そして、その隙をついて様付けを取ってもらい、ついでに砕けた話し方でも許してもらえるように許可を貰おうとしたけど、そもそもマリナ様は言葉遣いなど気にしていない様だった。どうやらパディー村はウッドランド村よりも貴族と平民の距離が近くて、その辺りの区別がないらしい。

 あの領主様を見た後だと納得できる話だった。


 そんなパディー村だけど、ウッドランド村の隣村といっても随分と様式が異なっている。

 僕たちの村は、基本的に建材には石材を使用しているのだが、この村では木材が主に使われ、屋根には植物を束ねたものが使用されている。

 一言に文化の違いだと言ってしまえばそれまでだが、湖一つ挟んだだけでこれ程大きく様式が異なるのは面白い。

 個人的な興味で言わせてもらうなら、この村もいつかジオラマ化してみたい。


「あっ、これはお米を炊いた時の香りね」


 広場に近づくと、歓迎会で出されるだろう食事の香りが漂ってきた。


「はい、今日は今年取れた新米を使用しています。村の自慢の特産品ですよ」


 マリナ様が指し示した先には、真っ白な炊き立てのご飯が湯気をあげていた。

 ウッドランド村の主食はパンだけど、パディー村はこの辺りでは珍しくお米を主食にする文化である。

 隣村の特産品だけあって、ウッドランド村にも頻繁に運ばれて、月に数回は僕たちでもお米を楽しめる。お米はパンよりも腹持ちがよくて、狩りの時の携帯食料にお米から作ったパンを持って行くと普段よりも多く動けるから助かっている。


「なんだかお腹が空く匂いだね」

「そうですね。食事前には少し辛いかもしれません。準備にはもうしばらく掛かると思うので、別の場所を案内しますね」


 匂いに誘われて来てしまったが、歓迎会が開かれるのはもうしばらく後らしい。主催者側がまだ仕事中だから仕方がない。


「あ、それなら私は田んぼというのを見てみたいわ」

「田んぼですか? これといって面白い物はありませんよ?」

「構いません、私達の村には田んぼが無いから少し興味があるの」


 この近辺で田んぼがあるのはこのパディー村くらいで、他の土地では麦が主流になる。だから姉さんが田んぼを見てみたいと言う気持ちもわかる。お米の育て方は、人づてに聞いた事が有るけど、実際には見たことが無いから興味があった。


「あっ、それ僕も見てみたい。お米って麦とは作り方が違うんでしょ?」

「ええ、麦と大きく違うところは、苗が水に浸した状態で育成するところですね」

「おおっ! それは凄い! 早く見に行こう!」

「え? ええ、ですが収穫する時は水を……って、アルム君早いです!?」


 丸一日船の上で過ごしていたせいか、身体が鈍って仕方がなかったので、目的の場所が決まったとなれば、自然と身体が動いてしまう。それが興味のある物であれば尚更だ。

 それに普段視界の悪い森の中にいる事が多いから、農耕地帯みたいに遠くまで見渡せる場所は結構好きだったりする。

 延々と続く麦畑を眺めるのって良いよね。


「おっ! おお、おおぉぉぉ?」


 通りを駆け、路地裏のような場所を抜けた先に、視界が開ける場所が広がっていた。

 遠く水平線に沈む夕日を正面に、オレンジ色に染まる空が美しい。これがウッドランド村であれば湖面に夕日が反射して、視界一杯オレンジ色に満たされるのだが、空と大地の境界線がはっきりしているこの光景もまた違った趣がある。

 この光景に一面広がる稲穂があったのなら、さぞ壮観な光景になっただろう。


「あらあら、綺麗さっぱり何も無いわね」

「うん……ちょっと予想と違った」


 当然と言うべきか、収穫祭が行われるこのタイミングで稲刈りが行われてないわけもなく、目の前の田んぼは麦の収穫後に見る見慣れた風景が広がっていた。


「ちょ、ちょっとー、置いて行かないでくださいー」


 息を上げながら追いかけてきたマリナ様は、先程まで綺麗に整えられていた髪を乱しながら追いついてきた。

 走ったせいか顔をほんのり上気させて肩で息をしているが、髪が乱れていても美少女はやっぱり美少女で、その姿は意外と絵になる。綺麗に整えられている女性も綺麗だけど、こうして少し乱れた姿も意外と良いかもしれない。


「アルム、変な事考えていない?」

「変な事は考えてないよ」


 考えていたのは女性の美しさについてだよ。


「はあはあ、お二人とも足早すぎです」

「ああ、ごめん。少し先走っちゃった」

「ふふふ、アルムもまだまだ子供よね」


 正直、一人で先走ったのは悪かったと思う。案内している側からしたら、好き勝手に動く人は迷惑でしかないだろう。

 普段から一人で森に入っているから、団体行動をあまり意識してなかった。知らない土地に来て、少し気が逸ってしまったようだ。


「それにしても、何故急に走り出したのですか?」

「ああ、お米がどうやってできるのか見て見たくてね」


 麦は村で作られているから収穫前の物を見たことはあるが、お米は綺麗に加工された後に村へ運ばれてくるから、その植生に少し興味があった。

 穀物を食べる獣は多く、森の中で似たような植生の植物を見つけることができれば、何かに活用できるかもしれない。

 どんな知識が狩りの役に立つか分からないから、知らない事は積極的に知識を求める姿勢が狩人には求められる。父さんに教えてもらえなかったことは自分で見つけていかないと何時まで経っても成長できない。


「それでしたら、明日収穫体験を予定していますので、そちらでご確認頂けますよ」

「へー、そういった事もするんだ?」

「昔からの恒例らしいです。ウッドランド領主家の方々は、カレン様を覗いて一度はお米の収穫をした経験をお持ちですよ」

「成程、一種の文化交流の一環なのね」


 パディー村とウッドランド村の付き合いは長く、ウッドランド村の開拓がはじまった頃からの付き合いがあり、当時まだ領主にもなっていなかったウッドランドのご先祖様達が取り決めた約束らしい。

 良好な関係を継続するために、互いの事を知るのは大切だと、当時代表同士が取り決め、それが脈々と続いているみたいだ。その甲斐あって、両村の関係は長らく良好で、昔からの取り決めは結構大切にされているらしい。


「それって僕達もできるのかな?」

「はい、今回お見えになった方、皆さんに体験して頂く予定ですよ。米の収穫も祭りの一つですから」

「それは面白そうね。今年は麦の収穫をお手伝いしたけど、お米は初めてね」

「大丈夫ですよ。麦も米も収穫方法は変わりありませんから」


 これは楽しみが一つ増えた。

 お米の植生がみられるし、収穫作業も麦と違いが無いのなら僕の得意分野だ。

 そして何よりカレンが農作業する珍しい姿が見られるかもしれない。こういった時は大抵勝負に持ち込もうとするから、ちょっと大きな賭けを持ちかけるのも良いかもしれない。


「あれー? マリナちゃん何してるのー?」


 お米の話で盛り上がっている所に、突然何処かからマリナ様を呼ぶ声が聞こえてきた。声の主が何処にいるのか探すと、田んぼの為に整備された水路からひょっこりと可愛らしい顔の女の子が姿を現した。


「あっ、アマーリったら何してるのよ。漁はお昼までって約束でしょ」

「あはははー、ごめんねー」


 どうやら二人は仲が良いようで、何方かと言えばマリナ様が世話を焼いている様に見える。

 マリナ様に急かされアマーリと呼ばれた女の子は、水路から這い出てきたかと思えば、その姿は惜しげもなく上半身を晒した半裸の状態だった。


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