第73話 狙えっ! 幻の魚

「アルム君、釣り竿借りてきたっすよ。ついでにどんな魚が釣れるか聞いてきたっす」

「イチバンありがとう。どんな魚が釣れるって?」

「ナマズにマス系、シャケとさっき船員が話してたのはイトウっすね」

「イトウか……噂だけは聞いた事有るけど、どんな味なんだろうね?」

「オレは食べた事ないっすけど、ゴモンさんが前に旨かったって言ってたっす」


 どうやらゴモンのおっちゃんは食べた事があるらしい。

 これは何としても釣って味を確かめなければならない。

 兎に角今は糸を垂らすのみ。イチバンから竿を受け取って、餌に魚の分けてもらった魚の切り身を付けて湖に落とす。まずは川底2メートルから探る。

 辺りに置いてある木箱に腰を下ろして、二人並んで竿を握る。遮る物が何も無い湖の上では、常に吹く風で竿先の敏感な反応を捉えるのは難しい。

 遠くには湖面に移る森を境に、もう一つの世界が広がっているようで、こんなにも広い世界を感じたのは始めてだ。


「……なかなか釣れないっすね」


 イチバンは意外と我慢弱いのか、糸を垂らして直ぐにソワソワしだした。


「まだ始めたばかりでしょ。のんびり行こうよ」


 柔らかい日差しが、湖面に反射してキラキラ眩しい。でも目が痛くなるほどでは無く、その光景に気持ちが穏やかになる。

 気温も程よく、優しく吹く風が湖面に小波を作り、肌を撫でて大空へと舞い上がって行く。

 これ程釣り日和と言える気候も中々出会えないものだ。


「そういえばアルム君は釣り好きで有名っすよね」

「そうかな? でも釣りは好きだよ。大物が釣れると楽しいしね」


 やっぱり釣りは大物が一番楽しい。あの強い引きを感じるのが何より楽しいのだ。

 それに釣った魚を調理したらオカズが一品増える。なにより魚は肉とはまた違った美味しさがあるし、肉はほぼ毎日食べてるから偶に食べる魚は本当に美味しく感じるんだ。


「オレも偶に釣りするんっすけど、小さいのしか釣れないんすよね」

「村の近くだと大きいのはつれないね。やっぱり——かかったっ」


 イチバンとのんびり会話を楽しんでいると、突然竿先が大きく撓って手に重みが伝わってくる。


「おっ、流石アルム君っすね。早速ヒットっすか?」

「うん、でもそんなに大きくないかな。簡単に寄せられそう」


 事実、手繰り寄せる糸は多少の抵抗こそあれど、殆どすんなりと近くまで魚を寄せる事が出来た。

 でも、ここは大きな船の上で、水面までの高さが結構ある。確り針が掛かっていれば引き抜いてもいいけど、それでも途中で外れる可能性もあるので、確実に揚げる為に魔糸で魚の身体を固定しておく。


「おお、これはなんて魚なんすかね?」

「どうだろう? 僕も見た事ないや」


 釣り上げた魚は一見ナマズに見えるけど、トゲや髭も無くて、よく見たら小さな手足がある。


「……魚って手足があるんっすか?」

「普通は無いね。て、事は魚ではない……?」


 顔ものっぺらとしていて、身体は斑点模様で平べったい。見た目頼りない手足を持つトカゲのようなものだろうか。結構目つきが怖い。


「おっ、オオサンショウオの幼体じゃねーか。珍しいの釣ったな」


 僕たちが首を傾げていると、後ろからキャップが声を掛けてきた。

 どうやら僕が釣ったのはオオサンショウオと呼ばれる魚とは別種の湖の生物だけど、その味は良く、成体は食用としても向いているらしい。

 残念ながら、今回釣り上げたのはまだ幼い個体なのでリリース対象だ。見た目ちょっとグロくて食欲が湧かなかったので、逃がすのは構わないけど、湖の近くに住んでいる僕たちでも知らない食材があるのには驚きだ。それに、見た目に忌避感を覚える物を食べた人がいたことにも驚きだ。


「狙いはイトウなんだけどね」

「あれは滅多に釣れねーぞ。それにこんなデカい船じゃ掛けても引き揚げれねー」

「大丈夫。そこは手段があるからね」


 大物には魔糸、これ鉄則。


「アルム君って器用に魔力を使うっすよね」

「魔法は使えないから、無駄になる魔力の有効活用だよ」


 魔法を使うには生まれ持っての才能が必要だけど、誰もが持っている魔力は努力次第で誰でも使える。実用レベルに鍛えるには時間がかかるし、そもそも魔力量が足らなければ強度が足りない。そして、たとえ鍛えても使い道はそれ程多くない。

 僕だって魔力量に恵まれたから鍛える気になっただけで、並の魔力しかなかったら多分鍛えてなかっただろう。

その分弓の練習はしたかもしれないけどね。


「さっきの取り込みのヤツか。もしかしてシーラ様を助けたってのは、お前か?」

「うん、僕だけじゃないけどね」

「んー、でも子供だって聞いてたんだけどな……」

「間違ってないよ。僕11歳だから」

「……本当か?」


 この感じ、セフィーさん以来だ。僕は初対面の人と会うと、まずもって年相応に見られない。

 まあ、今横に並んでいるイチバンとも、それ程身長が変わらないから仕方がないかもしれない。それにいい加減慣れたしね。


「そうっすよ。アルム君はカレン様と同い年っすよ」

「そうか、坊主には感謝してるぜ。シーラ様の行方不明はかなりの大ごとになったからな。ウッドランド村から連絡が来た時は、村を上げてお祭り騒ぎになったくらいだ」


 シーラ姉ちゃんはあんなだけど、村では結構人気があるみたいだ。

 貴族の娘だけど、そんな事みじんも感じさせないくらい気さくだし、村人の悩みを親身に聞くから信頼も高いらしい。

 ちょっと抜けた処も有るけど、なんだかんだ愛されキャラなんだよね、シーラ姉ちゃんって。


「助けられたのは偶然だけどね。感謝は受け取っておくよ」

「なんか坊主は見た目もだが子供っぽくねーな」


 そうかな?

 自分では十分子供だと思うけど、お手本にしているのは姉さんだからかもしれないね。


「確かにアルム君は同年代より——うおっ、お、落ちるっすっ」


 イチバンが何か言おうとしたとき、彼の持つ竿が一気に大きく撓って、その勢いのまま船から落ちそうになる。予想以上の大物の予感だ。


「イチバン、竿を放しちゃ駄目だよ。落ちても放すなっ」

「アルム君鬼っす!」


 船の縁から身体が半分載り出したイチバンを掴んで引き戻す。でも、想像以上に竿が重くてその場に留めるのが精いっぱいだ。


「おいおい、まじか。どんな大物掛けやがった」


 そこに、キャップも参戦してくれてなんとかイチバンを引き戻す事に成功するも、竿が尋常ではない軋み音を上げる。この竿が耐えられるサイズを遥かに超えているようで、何時竿が折れても可笑しくない。


「イチバン、もう少し耐えろっ。僕も手繰り寄せるのを手伝うっ」

「い、急いで欲しいっす」


 このままでは直ぐに糸が切れて魚に逃げられると判断して、踏ん張るのはイチバンとキャップに任せ、僕は魔糸を伸ばして魚の運動能力を奪うべく動く。

 イチバンはかなり糸を出していたみたいでなかなか魔糸が魚に到達しない。

 実際の処、数秒にも満たない誤差なのだが、気持ちが焦って時間が引き延ばされたかのように感じる。興奮しすぎて心臓の鼓動すら聞こえそうだ。


「よしっ、捉えたっ」


 竿先の糸を伝って魔糸を伸ばし、何時もの様に魚の身体に巻き付けていく。ただ、普段より魚が大きくて一本では強度に不安があったから、更に二本追加しとく。


「よっしゃ、同時に引くぞっ。せーのっ」


 キャップの掛け声と共に少しずつ糸を手繰り寄せる。イチバンの持つ竿から先程の様な軋みは聞こえないけど、相変わらず引く力が凄くて、油断すると僕も引きずり込まれそうだ。


「よーし、順調だっ。——おいっ、誰かギャフ持ってこい。一番長い奴だっ」


 ここにきて仕切りだしたキャップが一番興奮している様に見える。僕も興奮してるから人の事は言えないけど、今まで釣りをしていて、こんな引きは初めてだ。

 ただ、悔しいのがイチバンの竿に食いついたことだね。


「あっ、見えてきたっすよ」

「イトウだっ。間違いない! 気を抜くなよっ、ここからは慎重に引けっ、空気を吸わせろっ」


 流石船の頭を張るだけあってキャップは釣りにも詳しい。普段無理やり引っこ抜いている僕が知らない技を色々披露してくれる。

 僕も釣り師としてもっと勉強が必要なようだ。


「そうだ、無理に逆らわず水面から顔を出させろ。確り掛かってる、慌てるなよ」


 イトウはしばらくの間水面付近で暴れていたのだが、キャップの指示の下無理に引き寄せずに相手の体力を奪っていくと、次第に大人しくなって船に近づいてきた。そして——


「よっしゃ、ブスッといったれっ」

「ういーっす」


 ギャフを持って来た船員が、慣れた手つきでタイミングを見計らって見事に引っかけ、見事イトウの確保に成功した。

 やっぱり釣りは最高だね。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る