第72話 二人でも、姦しい

「船上でお茶会ってのも優雅でいいわね」

「そうだね。カレンやシーラ姉ちゃんよりも、姉さんの方が似合ってるのが不思議だけどね」


 お茶会と言っても、こ洒落たテーブルや椅子なんてないから、みんなバラバラな椅子に座っている。僕に至ってはその辺にあった木箱だ。

 それでも、普段とは違う環境でのお茶に、飲みなれているはずのお茶も美味しく感じる。……あ、カレンの処のお茶だから実際良い物かも。


「アリスさんを引き合いに出すのは狡いわよ」

「そうであります。アリスさんは別格であります」


 姉さんの評価は相変わらず高い。弟として誇らしい限りだ。


「あら、二人も負けてなんて無いわよ。それよりも、アルムをもう少し相応しい服装にするべきだったわね」

「なんで? これが僕の一張羅だよ?」

「いや、何であんたは全力で武装してるのよ。狩りに出かける訳じゃないのよ?」

「でも、僕にとっての正装ってこの狩人の服だよ」


 今僕の服装は、普段森に入る時と全く同じ格好をしている。

 打ち合わせの時に、正装してくるようにと言われたから、狩人にとっての正装を心掛けた為だ。これ以上僕に相応しい服は無いと自負している。

 そもそも、この服以外は普段着しかないから、他に選択肢なんて無かったよ。


「アルムって服装に関しては無頓着だったわ。今度お姉ちゃんと一緒に服を買いに行きましょうね」

「うん、服を買いに行くのはいいけど、この先上等な服を着る機会あるかな? 僕まだ成長期だし……」


 そう、僕の身長は日々成長している。夏のゴブリン騒動の時は170センチだったけど、今はそこから3センチ伸びて173センチとなっている。

 正直、買った処で着る事無く着れなくなる未来しか見えない。


「そうねぇ、アルムは大きくなるの早いものね。じゃあ、私が作ってあげるわ。少し余裕を持たせて作れば幾らでも直せるから任せてね」

「うん、姉さんにお任せするよ」


 自分で服をアレンジするのが得意な姉さんなら変な服にはならないだろう。そもそもどんな服装がいいのか分からない僕が選ぶよりも余程信頼できる。


「そうよねー、アルムに選ばせるよりもアリスさんに任せた方が確実よね。——そう言えば今日のアリスさんの服も自分で作ったの?」

「ええ、そうよ。ケント様から頂いた王都お土産に、綺麗な反物が入っていたから、春から空いた時間を使って作ったのよ」


 今日の姉さんは髪色に合わせたのかワインレッドの厚手のワンピースドレス。足元は少しヒールの高い黒のレザーブーツで引き締め、プリーツの緩いひざ下まで伸びるスカートがそれを際立たせる。

 ファッションに疎い僕でもお洒落だと感じる大人の服装だ。


「ケントの癖に良い生地選ぶわね。絶対女性に選んでもらった物よ」


 カレンの辛辣な予想に、みんな苦笑を返すけど、たぶんその予想は当たってる。ケント兄ちゃんの私服は独特で、評価しにくいセンスをしていて、だいたい柄物を選んでいる。

 今姉さんが来ているロングワンピースの真新な生地をケント兄ちゃんが選ぶとは思えない。


「ふふふ、カレンちゃん正解。王都で知り合った貴族令嬢にお願いして選んでもらったらしいわ。やっぱり王都の女性はセンスがあっていいわね。これに関しては王都に住む方が羨ましいわ」

「言えてるかも。モルクが持ってくる反物も正直微妙なのよね」

「そうね。注文したもの以外はワンポイントでこそ使えるけど、全体を飾るには相応しく無い物ばかりなのよね。これはトム君のお嫁さんに期待するしか無いわ」

「トムの嫁かー。これはアタシ達の為にも頑張って貰わないと駄目ね。母様経由で父様に話を流しておくわ」

「いいわね。これでまた少し村が良くなるわね」


 怖い。 怖い怖い怖い。

 さっきまで服の話をしていた筈なのに、何時の間にかトムの嫁さんをどうするかって話になってる。

 しかも、本人が居ない場所で、娶る女性の条件が決まっていく。

 これが何処かの井戸端会議なら苦笑して終りだけど、村の権力者の娘が入るだけで現実味が増してくる。さらに姉さんも乗り気だから質が悪い。姉さんの影響力は、ウッドランド村に限れば馬鹿にできない。

 先程から仕事の関係で黙って聞いている女性二人も、この意見に同意らしく頭を縦に振っている。

 そして、もう一人の男性であるイチバンは、顔を青くして小刻みに震えている。

 女性の本音を聞いて現実を直視してしまったのだろう。女性同士の会話を男が聞くものではない。てか、そんな会話僕たちの前でしないで欲しい。

 普段の姉さんなら僕の前でこんな話はしないのに、今日はお出掛けでテンションが上がっているのかもしれない。

 しかし、このままこの空間に居るのは危険だ。何時こちらに話が飛び火して、知らなくても良い事を聞く破目になるかもしれない。


「っ!」

「! (フルフル)」


 視線でイチバンに訴えかけるも、彼の表情を察するにまるで頼りになるとは思えない。

 今にも耳を塞いでしまいそうなイチバンはこの件では使い物にならないだろう。どうにかして姉さん達の会話の矛先を変えるしかない。


「そ、それはそうと、カレンのドレスもいつもと違って可愛いよね。打ち合わせの時とは違って豪華だよね」


 前に姉さんが、女性がお洒落した時はそれを褒めるのが男性としてのマナーだと言っていたから、多少遅れたがこの話題の変え方なら間違いないだろう。丁度服の話をしていたから、話を戻す意味でも間違っていないはずだ。


「あら、ちょっと遅いんじゃないかしら? でも気が付いた事には褒めてあげるわ」

「えっ、あ、うん。ありがとう?」


 あれ? ここは僕がお礼を言うところなのかな?


「そうね。カレンちゃんのドレスは可愛さとセクシーさが両立していてお洒落よね。確か王都の流行りのデザインなのよね?」

「そうですよ。今年の春頃から出始めて、夏頃から本格的に広まったらしいです。人気が高くて、アレンジもしやすいから暫く流行は続きそうですね」

「いいわね。今度私も作ってみようかしら。それに、テールをサイドに持ってきて、敢えてバランスを崩すのも可愛いかもしれないわ」

「! 確かに。フリルを調整したら見た目のバランスも調整できるし可愛いかも。今度デザインさせてみますね」


 おお、見事に話の流れを戻せたぞ。

 矢張り女性は服の事になると話が止まらないらしい。村の女性を見てるだけでも、ファッションに掛ける情熱は高いから。この選択で間違いなかったようだ。


「でも、常に最新の流行を把握するのは大変よね。今年はケント様付きのメイドさんのお陰で一早く情報を手に入れられたけど、毎回こうはいかないわよね」

「ええ、どうしても情報は遅れますよね。そうなると、やっぱりトムには王都の事情に精通した女性と結婚してもらわないといけませんね」

「そうね。今度王都を拠点にする商会に手紙を送ってみるわ」

「はい。アタシも知り合いの貴族子女に手紙を書いてみます」


 ああ、何故か話が戻ってきてしまう。しかも、先程より状況が悪化している……いや、トムからしたら進展したの……かな?

 何方にしてもこの話の流れは変えられないらしい。

僕は無力だ。

 もはや流れを変える事よりも、この場の離脱を考えた方が賢明かもしれない。何か、何かこの場を切り抜ける話題はないだろうか……。


「そういえば、今はイトウの季節だよな」

「ああ、そうだな。丁度この辺りが生息域だから、糸を垂らしたら良い型が釣れるんじゃないか?」


 ……なに?

 船内から出てきた船員の会話が偶然聞こえてきたが、とても気になる内容が耳に入って来た。


「まじかー、仕事じゃなきゃ釣りするのによー」

「だな。この季節は脂が乗ってて旨いぜ。俺はシャケより好きだな」


 シャケより……旨い?

 そんな事聞いたら——。


「イチバン! 30秒で釣り竿を用意しろっ! 船尾に集合だっ」

「りょ、了解っす!」


 血が滾って来たっ!



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