第71話 出航

「アルムー、お土産よろしくなー」

「楽しんできてくださいねー」

「分かったー。行ってくるー」


 帆を張った黒船は徐々に岸から離れていき、見送りに来てくれたザントやトム、それにミミとエリザに手を振る。


「カレーン、アルムが無茶しそうになったら止めろよー」

「二人とも気を付けてねー」

「アタシに任せなさーい」


 僕ってそんなに無茶しているだろうか?

 寧ろ止める側だと思っていたんだけど、今度みんなにじっくり聞いてみる必要がありそうだ。

 黒船の船足は思いの外早く、皆の声はすぐに聞こえなくなり、その姿も次第に米粒のように小さくなっていく。

 今まで幾つかの船に乗ったことはあるけど、これだけ大きくて速い船は初めてだ。帆が目一杯風を受け、湖を割って進む姿はなんとも頼もしい。


「アルム、シーラさんが船員の方を紹介してくれるみたいよ。こっちいらっしゃい」

「うん、今行くよ」


 カレンと二人で村の皆が見えなくなるまで手を振り、視線を船の方へ向けると姉さんに呼ばれた。

 今日は朝早く起きて出航に遅れないようにしたのに、シーラ姉ちゃんが何時まで経っても起きてこないから、予定よりもかなり遅れての出航となった。

 それに、寝坊したシーラ姉ちゃんをナナミさんの説教で更に遅くなり、見送りに来てくれていた人達も自分の仕事があるので、最後に残ったのは当初集まった半分以下になっていた。

 完全にグダグダな出発になってしまった。


「集まって頂いて申し訳ないであります。この船の船長を紹介するであります」


 どこか焦燥した顔のシーラ姉ちゃんが、ウッドランド村組が全員集まった処で口を開く。

 その横には、体格のよい髭モジャな船に描かれるエンブレムと同じ物が設えられたキャップを被った男性がいた。

 年のころは五十前後、威厳のある顔つきで髭に隠れているけど結構二枚目だ。


「お初にお目にかかる。この船を任されてるロビンってもんだ。他の連中にはキャップなんて呼んだりもするが、まあ好きに呼んでくれ」

「キャップはパディー村一番の船乗りであります。船の事で分からない事は彼に聞けばなんでも答えてくれるであります」

「それは凄いわね。アタシはウッドランド領主が第四子、カレン・ウッドランドですわ」


 キャップの自己紹介に、カレンは貴族令嬢のような綺麗な所作で挨拶を返す。

 今日のカレンは珍しく普段着ている動きやすい格好でなく、令嬢らしいフリルの付いたテールフィッシュドレスで綺麗に着飾っている。

 普段絶対しないような装飾品も身に付けて、最初見た時は一瞬だ『誰だ?』と疑問を覚えたものだ。

 それに、言葉遣いもどこか普段よりも若干柔らかい。なんだか首筋が痒くなる思いだ。


「おお、嬢ちゃんがあの有名なカレン嬢ですかい。船の安全は俺達が保証するから暴れねーでくれよ」

「アタシはそんなに有名かしら? そもそも暴れたりしませんわ」

「この湖の船乗りでカレン嬢を知らねー船乗りは居ませんぜ。水上戦でカレン嬢を敵に回すなってのがこの湖の掟さ」

「……身に覚えが無いわ」


 二人の会話に、周囲の人は苦笑いを浮かべるしかない。

 カレンは領主家の人だけあって魔法が使える。貴族は領地を守るために高い魔力と魔法を扱う才能を重要視されるのだが、彼女はその中でも高い才能を有している。

 特に、物体に熱量を纏わせる魔法が得意で、戦う時は剣に炎を纏わせて相手を切りつける。その切れ味は鉄すら両断し、切れない物が無いと言われる程強力な武器となる。

 そんなカレンが、小さい頃みんなと石切りで遊んでいる時に、面白半分に石に高温を纏わせて放り投げ、着水するたびに白煙を上げながら数えるのも億劫になるほど撥ねた後、湖に石が沈んだところで大爆発。それまでの白煙とは比較できないほど巨大な水蒸気をまき散らした。

 その時、怪我人こそ出なかったが、村の漁船を幾つも沈めた。

 あの時は僕たちも含めてしこたま怒られたのを覚えている。

 それ以来、カレンは厳しく魔法の教育を受ける事になったらしいが、その甲斐あって御ふざけで魔法を使うことは無くなった。その前にもカレンは魔法を使ってボヤ騒ぎを起こしたりしていたから、あの事件はいい教訓になったのだろう。それまでは生傷が絶えなかったから助かった。

主に僕たちが——。


「まあ、船を傷つけないでくれりゃあそれでいい。まっ、そんな事態は早々ないけどなっ」

「え、ええ、お任せするわ」


 船長が言っているのはこの事だろう。あの事件はかなり長い事囁かれていたから、他の村に話が伝わっていても可笑しくはない。

 水上戦であれば、石とカレンが居れば殆ど無敵だ。

水切り魚雷とでも呼べばいいだろうか。

射程の長い超火力攻撃が可能なカレンの攻撃は、現在の水上戦闘において相手を寄せ付けない一方的な攻撃を可能としてしまう。

 あれ以来、魔法を使った水切りは一度もおこなってないが、普通の水切りは何度となく遊んだ。昔に比べて水を切る回数もその精度も比較できない程高まっている。兵器としての能力なら昔の非ではないだろう。

 カレンもこれ以上この話を掘り下げられたくないのか、それ以上追及する事はなかった。


「まっ、短い船旅だが楽しんで行ってくれ。船の案内が欲しかったらシーラ様にでも聞いてくれ、俺は操舵から離れられねーからなっ」

「ええ、ありがとう。楽しませてもらうわ」


 キャップは自己紹介もそこそこに、後は任せたと言わんばかりにシーラ姉ちゃんの肩を叩いて去って行く。

 大きい船を十全に動かすには船員の高い連携が必要になるから、船長であるキャップが抜ける事はできないのだろう。

 シーラ姉ちゃんもそれは分かっていたみたいで、引き留める様な事はしない。


「シーラ姉ちゃんはこの船に詳しいの?」

「そうでありますね。任務で乗船する事もあるので、一通り理解しているであります」

「任務って、この船は軍艦なの?」

「最低限の武装は有りますが、何方かと言えば輸送船と言った処であります。有事の際、湖畔周辺の集落に急行できるように備えているであります」


 パディー村には、お米という立派な特産品があるのだが、麦に比べて人気が無くて産業としては弱い。だから、本来湖の警備は辺境伯の仕事なのだが、その一部を請け負う事でいくらかの資金を得ている。

 これが一つの村が立派な船を持っている理由らしい。確かに村を運営するならこれだけ立派な船は必要ない。寧ろ維持費が嵩んで邪魔にしかならない。

 船内の案内をするさなか、シーラ姉ちゃんがこんな事を教えてくれた。

 やっぱり領主様ってのは、村で生活しているだけでは分からない苦労が沢山あるのだろう。カレンやコーニャさんはシーラ姉ちゃんの話を聞きながら頷いている。内側から見るのと、外側から見るのでは大きく違うみたいだ。


「一応皆さん用のお部屋も用意してあるであります。でも、流石に全員の分とはいかないので、申し訳ないでありますが相部屋となるであります」

「大丈夫よ。天気も良いし、甲板で遊びましょ」

「カレン様、船乗りの方の邪魔になる様な事はされてはなりませんよ」

「大丈夫よ。お茶するだけ。ね、アリスさんもお茶しましょ」

「そうね。船の上じゃやれる事も限られてるし、のんびりしましょうか」


 流石カレンだ。

 姉さんを上手く巻き込む事で、反対意見が出にくい状況を作り出した。

 でも、カレンが言うように今日は秋晴れのいい天気で、柔らかい日差しが気持ちよく、優しい風が肌を撫でて過ごしやすい。

 外で優雅にお茶をするのも良いかもしれない。


「それでは自分が場所を確保してくるであります。少し待っていて欲しいであります」

「ええ、お願いするわね」


 カレンもシーラ姉ちゃんも貴族令嬢なのに、こんなにも違うのは何でだろうね?



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