第68話 日程確認

「失礼します」


 扉を開けて入ってきたのは姉さんだった。他にもミーニャさんにコーニャさん、それに1番——イチさんが居た。安直な名前と言うなかれ、彼は最初からイチだったのだ。あくまでも鉢巻が後である。


「姉さん?」

「あら、早かったのね。遅れちゃったかしら?」

「いや、丁度今から話すところだった。アリス嬢も座ってくれ」


 まるで他の人を手下のように従えて入ってきた姉さんは、領主様に進められるがままに僕の隣に腰を下ろす。三人掛けの椅子でも、三人座るにはある程度互いの間を詰めないと座れなので、僕は真ん中に追いやられた。

 両サイドに座るのは小柄な女性だけど、僕の身体は大きいので若干窮屈に感じる。


「なんで姉さんがここに?」

「あら、それは私も一緒に行くからよ」

「そうなの? じゃあ家族旅行だね」

「そうね。村から遠出するのは初めてね」


まさか姉さんも一緒に行くことになるなんて思いもしなかった。てか、それが決まっていたのなら昨日のうちに教えて欲しかったよ。

 姉さんって実はサプライズとか大好きで、結構色々黙っていて僕を驚かそうとしてくる。それ自体はいいのだけど、予定が狂うのはちょっと困りものだ。


「うん、みんな集まってくれたね。それぞれ顔は知っていると思うから自己紹介は省かせてもらうよ」


 領主様は一度話を切って、全員の顔を見渡したあと、続きを喋り始める。


「今、ここにいる人にはパディー村の収穫祭へ参加してもらう。各自、話は聞いていると思うが、急遽変更もあって全員が一度に揃うのはこれが初めてだと思う。この後はこの部屋を貸すから、互いに必要な事を打ち合わせてくれ、済まないが私とナナミ嬢はこれで失礼させてもらう」

「ふふふ、アルム君の顔も見れたし私は満足だわ。今回は一緒に楽しめないけど、いずれね」


 ナナミさんは、最後にウィンクを飛ばしてバトスさんを伴って退出する領主様と一緒に部屋を出て行った。


「あの二人は参加しないの?」

「無理よ。父様は忙しいのよ」

「この時期はどこの領主家でも忙しいであります。自分の所も、この時期は遅くまで仕事をしているであります」

「へー、大変なんだね。あれ? シーラ姉ちゃんは付いていかなくて良かったの?」

「自分はアルム君を——皆さんを迎えに来ただけであります。だから、明後日の船でご一緒するでありますよ」


 なんとシーラ姉ちゃんは迎えの為に来たらしい。この時期、領主家は忙しいのに態々パディー家の者がその任に当てられたのは、夏の事も関係しているのかもしれない。


「それじゃ、早速話を始めるわよ。貴方達も座ってちょうだい、このままだと話がしにくいわ。コーニャは全員のお茶を用意してくれる?」

「畏まりました」


 カレンは先程まで領主様が座っていた椅子に座り直して、先程まで立っていた人も座るように勧める。これから何か話があるみたい。

 全員に飲み物が行き渡って、コーニャさんが席に着いたのを確認するとカレンが口を開く。


「さて、打ち合わせ——と、言うより日程は先方が決めてるから、その確認ね。シーラさんお願いね」

「任されるであります」


 領主様が出て行ってからは、今回のパディー村に向かうウッドランド家の代表であるカレンが仕切り始めたけど、説明の殆どはシーラ姉ちゃんがしてくれた。

 まず、日程として移動を含めて七日を予定しているらしい。そして収穫祭はその七日の中の四日目に行われる。

 最初と最後の日は殆ど移動だけ、二日目にパディー村特産品の収穫体験、そして収穫祭を除いた他の日は自由日程になっているらしい。この日程は何かアクシデントがあっても予定を前後させて対応できるようにしているからなのだとか。

 僕には良く分からないけど、大人の事情らしい。


「大まかにはこんな日程であります」

「シーラさんありがとう。ざっくりとした流れだけど、詳しい事は現地までのお楽しみね。とりあえず、ここまでで質問あるかしら?」


 ここまでの説明で、誰も疑問の様な物は抱かなかったようだ。

 そもそも、直前になっていく事が決まったのは僕くらいなものだろうから、皆は既に仕事の調整も終わっているのだろう。

 しかし、いくら僕の仕事は自由裁量が利くと言っても、毎回急なスケジュール確保は困る。てか、何で僕だけこんな扱いなんだろう?


「あー、じゃあ一ついいかな?」

「ええ、いいわよ」


 誰も質問が無く、なんだかカレンが不満そうな顔をするから仕方なく無難な事を聞いてみる。


「なんでこのメンバーに決まったの?」

「さあ? アタシとアルム、後コーニャ以外元々メンバー候補だったから私が決めた訳じゃないわ。因みにアルムが行く理由はパディー側の要請とアリスさんの希望よ。お陰でアタシも急な予定変更を強いられたわ」

「……自分達の都合で、ご無理を言って申し訳ないであります」

「構わないわ。アタシもそろそろ公務を始める時期だし、丁度良かったと思ってるわ」

「そう言ってもらえると有難いであります」


 なんと、カレンが行くから僕が付いていく事になったのではなく、その逆で僕が行く事が決まったからカレンがウッドランド家の代表として赴く事になったらしい。こうなると彼女は完全に僕のとばっちりを受けた形になる。

 正直カレンの我儘の結果、僕はパディー村に行く事になったのだろうと思っていたけど全然違った。なんだかちょっと申し訳なくなる。

 カレンも数日前から皆と一緒に収穫祭の準備を楽しそうにしていた。そこでは、収穫祭で何して過ごすかみんなで相談したりして、収穫祭を楽しみにしていたのに、それが全部白紙になってしまったのだ。


「ええ、寧ろ感謝してるわ。……王都に出向くような公務を断る理由になるからね。これでケントに擦り付けられるわ。ふふふ」

「カレン様、本音が漏れてますよ」

「あら、ごめんなさい。嬉しくってついね」


 これは後で聞いた事だけど、領主家に求められる公務と言うのは千差万別で、今回みたいに隣村の催し物から、遠い王都での催し物まで様々な仕事があるらしい。

 この辺境の地では、その距離から王都の催し物の多くを免除されているけど、来年には王太子の成人式があってそれにはどうしても人を出さないといけないらしい。

 本当ならそこでカレンの初めての公務に、貴族社会での顔見せの様なものをする案も出ていたらしい。でも、カレンはそんな長い旅も、鼻持ちならない王都の貴族の相手をするのも嫌で、誰かに押し付ける理由を探していた処でこの話が持ち上がったらしい。

 成人していないカレンにそんな大切な公務を任せるのはどうかと思うけど、遠い都会よりも自分が治める地が最優先な風潮があるこの辺境では、割と当たり前の考えらしい。

 王太子って次の王様だからそんな扱いで良いのか僕には分からないけど、この辺境に限っては大丈夫らしい。

 それで、ここ最近小さなミスを重ねていたケント兄ちゃんとカレンの何方かが行く事で決まりそうだったところで今回の公務をカレンが受け持つことになったから、必然的にケント兄ちゃんに決定したらしい。もう、完全に罰ゲーム扱いだ。

 この話を聞いた時、カレンも一緒に居たのだが、「私も英雄アルムを崇めた方がいいかしら?」なんて言うから、全力でやめてもらうようにお願いした。


「さて、正直これと言って話す事も無いから、これで解散にしましょう。着替えと当日遅れないようにしてもらえれば、後は自由よ。よその収穫祭を目一杯楽しんでちょうだい」

「任せてほしいであります。皆さんを全力で御もてなしさせて頂くであります!」


 なんとも中身のない打ち合わせだったが、こうして僕の収穫祭は始まりを迎えた。



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