第69話 祭りは準備が楽しい

「えー! アル君もカレンちゃんもシーお姉ちゃんの村に行っちゃうの!?」

「じゃあなにか? 二人は収穫祭参加できねーのか?」


 パディー村へ行く事が決まって、打ち合わせと言う名の顔合わせが終わったところで、大人組は仕事の引継ぎが残っているからと言って解散となった。

 そして僕とカレンは特にやる事も無いので、収穫祭の準備を手伝いに来たのだ。

 これで何か準備する物があるなら、それに時間を当てがったけど、着替えだけでいいなら家に帰ってから出十分間に合うから時間を持て余して報告がてらやって来た。

 そして案の定、収穫祭の準備を手伝っていたミミとエリザに報告すると、二人は驚いて詰め寄って来たのだ。


「ごめんね。これも領主家の役目だから断れないのよ」


 カレンはさも自分ではどうしようもない事だと言わんばかりの物憂げな表情を作る。

 先程の打ち合わせでは、黒い笑みを浮かべて本音を漏らしていたのに、まるでそんな事実など感じさせない強固な表情筋に戦慄を覚える。


「そっかー、それじゃあ仕方ないね」

「しっかし急な話だな。いつ行くんだ?」

「明後日の朝には出発ね。幸い準備はあちらがやってくれるみたいだから、準備にはそれ程手間取ら無さそうよ」


 まあ、カレンの場合どれだけ準備する物があっても、コーニャさんが全てを行うのだから手間は無いと思う。


「でも、なんでアル君も行くの?」

「んー、なんかシーラ姉ちゃんの村の収穫祭に招待されたからかな」


 実際の処、何故招待されたのか分からない。一応シーラ姉ちゃんを助ける場面には立ち会ったけど、あれは討伐隊全体の功績なので関係無いと思う。

 正直、僕が呼ばれた理由が分からなくて首を傾げてしまう。それに釣られてエリザもカリンも首を傾げる。カレンまで分からなかったら、もうこの場に分かる人はいない。


「んっ、まあいいや。今日は一緒にできるんだよね?」

「うん、そんなに用意する物ないし明日も出来ると思うよ」

「よっしゃ、じゃあ一緒にリース作ろうぜっ」


 今ミミとエリザが作っているのは、収穫祭の飾りつけに使うリースだった。

 普通リースは蔓を束ねてサークル状に作るのだが、この村のリースは一味違う。自分の好きな形に作る自由度の高い作品が許される。

 唯一の制限は、祭りの最後に行う火柱の中に入る大きさに収める事だけ。尤も、リースを作る材料は自分で調達しないといけないので、無駄に大きく作ったりはしない。飾るのにも場所を取るし、なにより手間がかかってしょうがない。


「ねぇ、見て見てっ! 松ぼっくりでネズミ作ったんだよ!」

「あら、上手ね。……顔はタケノコの皮……かしら?」


 ミミは松ぼっくりで作ったネズミを両手に乗せて差し出してくる。

 カレンが言うように、顔の部分にはタケノコの皮を巻いた顔があって、小さなベリーで作られた目と鼻がクルリとして可愛らしい。

 それに、松ぼっくりの開き方でちょっとずつ表情が違うのが面白い。


「凄いね。よくこんなの思いついたね」

「うんっ、皆で小川に行った時にアル君がタケノコ採って来たでしょ。それで思いついたんだっ!」


 なんと、あの時のタケノコからヒントを得たらしい。食べる事にしか興味がなかった自分が恥ずかしくなる。


「へへっ、アタイもこれを作ったぜっ」

「ん? ドングリのリースか? ……えっ」

「どうしたの? エリザのリー……えっ」


 エリザが見せてきたリースは、ドングリをこれでもかとふんだんに使われていて、集合恐怖症を患っている人が見たら逃げ出しそうな見た目をしている。

 しかし、そのドングリ一つ一つにきめ細やかな彫り物と、巧みなタッチで描かれた顔が付いている。一つ一つを見たら表情豊かで中々見事だけど、それが全部集まると見事な表情だからこそ大勢に見られている気がして身構えてしまう。


「どーよ? なかなかの出来だろ?」


 エリザは自信満々に見せつけてくるけど、彼女の感性は中々独特で反応に困る。


「う、うん、上手だね。エリザって器用だよね」

「そ、そうね……あら? これってもしかして村の人?」

「おっ、流石カレンだなっ。そうだぜ、村の奴全員の顔を書いてやったよ」


 カレンに言われて、もう一度しっかり見てみると確かにどれも見覚えのある顔をしている。それぞれの特徴を上手く捉えていて、どれが誰の顔なのか大体分かる。

 そうやって考えると、また違った見方が見えてくる。

 このリースの中に僕たちの村がギュッと詰って……いや、やっぱりパーソナルスペースは大切だよね。なんでも詰め込めばいいわけじゃないよ。


「そ、そうだっ、カレンは何か作ってるの?」


 これ以上僕にはエリザのリースについてコメントするなんて不可能だ。下手にこちらに話を振られる前に話題を変えないと危険だ。


「あら? アタシのリースに興味があるの? 実はもう殆ど完成しているのよね」

「へぇ、どんなのか見せてもらってもいいかな?」

「ええ、いいわよ。——これが私のリースよっ!」

「お、おおっ! ……おぉ?」


 カレンが作業場の奥から持ち出して、両手で目の前に掲げたのは、飛騨地方の特産品に似た人形のようなリースだった。

 ちょっと忘れがちな記憶の人達全員が持っている知識だから、結構有名なのかな?

 でも、何故顔はツルツルで何も無いのかが不思議だ。カレンは何を思ってこのリースを作ったのだろう?


「あっ、ココルちゃんだっ」

「えっ?」

「そうよ! ……アルム、“えっ”って何よ?」

「あっ、いや、先に言われちゃったと思ってね」

「ふ~ん、そう」


 危ない危ない。素で返してしまった。

 てか、この顔無しリースのどこがココルなんだ? なんでミミはこれがココルだって分かったんだ?


「あ~、この髪型とか寝起きのココルそっくりだな」

「でしょ? この頭が一番こだわったのよ」


 やばい、僕のセンシビリティが崩壊しそうだ。

 確か男性と女性では、物を見る時の着眼点が違うって言うのは聞いたことが有るから、これは男女の差に違いない。

 じゃないと、このボールの表面みたいな顔のリースが、あの可愛いココルに似ているだなんて受け入れられない。


「こんなにそっくりなら服とか着せてあげたいね」

「あっ、それいいわね。確か、アタシの小さい頃の服が残っていた筈だから着せてみましょうか」

「おっ、いいなそれ。じゃあ、アタイが服に合った小物を作ってやるよ」

「素敵ね。早速取り掛かりましょうか」


 ああ……何時の間にかあのリースは完全にココルと認識されてしまった。

 いや、でも言われてみれば似てなくもないか……髪の色とか。


「あ、待って待って、アル君がどんな作ったのか見てみたい」

「そう言えばアルムも作ってたな。何を作ったんだ?」

「アタシの傑作に勝る物をアルムが作れるとは思えないけど見てあげるわよ」


 ちょっとカレンの上から目線にイラッっときたけど、僕の作品を見て打ちのめしてあげよう。

 前々からコツコツと作り上げてきた僕の傑作を!


「僕のリースは……コレだっ!」

「「「おお~!!」」」


 僕は、上に被せてあった取り払って皆に傑作を披露する。

 正直なところ、これは結構自信作だ。

 細部にまで拘って作られたソレは、本物そっくりで臨場感がある。そして、完璧な縮尺を実現するために歩幅を一定にする練習も欠かさなかった。

 そのおかげで違和感の無い完璧な縮尺で完成したのだ。

 ただ、惜しむらくは圧倒的に時間が足りなかった事だろう。細部に拘り過ぎて一つ一つのパーツを作るのに時間がかかったのだ。

 でも、それを補う程のクオリティだと自負している。


「って、これってジオラマよね?」

「そうだよ。ウッドランド村1/300尺ミニチュアジオラマ! 僕の自信作だっ」


 そう、壁面の僅かな汚れすら再現された何処までもリアリティを追及した自慢の一品だ。あたかも村を上空から見たような完璧な再現度。裏路地に積まれている木箱すら再現して、自分が小さくなれば本物の村と錯覚してしまう事うけ合い!

 永久保存待ったなしの超大作。皆が興奮するのも仕方がないね。


「あ~でもよー、アルム……」

「ん? どしたの?」

「これ、リースじゃなくね?」


 嘘だろ!?



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