第67話 事情説明

「ごめんくださーい。アルムでーす」


 昨晩、姉さんにパディー村に行く事が決まったと言われて、この村を追い出されるのかと焦ったけど、よく聞いてみるとパディー村で行われる収穫祭の参加メンバーに選ばれたらしい。

 他村の収穫祭には、貴族の家から最低一人は人を出すけど、その他は村の人が持ち回りで毎年何人かが選ばれて互いの村の交流を図る。

 本当は成人した人から選ばれるらしいけど、出向く貴族の年齢と近い者からも選ばれるらしい。


「ようこそいらっしゃいましたアルム君。お待ちしておりました」

「久しぶりっ、バトスさん!」


 出迎えてくれたのは、家令を務めるバトスさんだった。ウッドランド家に仕える人を纏めていて、正に出来る男って風格がにじみ出ている気がする。根元が濃い白髪を後ろに流して綺麗に整え、皺ひとつない執事服を完璧に着こなし、背筋の通ったその立ち姿から大人の魅力を感じる。僕も大きくなったらこういった風格を持ちたいものだ。

 挨拶をする時の綺麗なお辞儀も様になっていて、挨拶のお手本みたいな所作だ。


「早速ですが、カレンお嬢様がお待ちしておりますので私の後について来ていただけますか?」

「うん、おじゃましまーす」


 僕は今この村で一番豪華な建物に足を踏み入れた。

 床には一面カーペットが敷かれていて、屋敷の中だというのに隅々まで明るく照らされている。明り取りの室内ランプだけじゃなく、屋敷の構造そのものが光を取り込むように作られている。正に職人技だ。

 それに、壁際には落ち着いた調度品が置かれていて、内装と合わせて落ち着いた雰囲気を醸し出している。こういった物はセンスが問われる。正に領主様の屋敷として相応しいセンスだ。


「バトスです。アルム君をお連れしました」

「入ってくれ」


 屋敷の長い廊下をぐるぐると歩いて、立派な扉が設えられた一室の一つをバトスさんがノックして声を掛ける。

 すると、部屋の中から少し低めの良く通る声が帰って来た。


「失礼します」

「失礼しまーす」


 部屋に入る時、僕もバトスさんを見習って小さくお辞儀をする。こういった当たり前のことから真似していけば、いつか僕も綺麗な所作を身に付けられるかもしれない。

 目指せ、格好いい大人!


「いらっしゃいアルム君。待っていたよ」

「遅いわよアルム。待ちくたびれたわ」


 部屋に入ると、そこにはこの村の領主であるケルド・ウッドランド様とカレン、シーラ姉ちゃん、そして知らない顔の人が待っていた。その人は領主様みたいに綺麗なダークブルーとも、シーラ姉ちゃんみたいな透き通るスカイブルーの髪色ではなく、明るいサラサラなパープルブルーの輝くような髪をしたおっとりした顔の美人さんだった。


「アルム君、お久しぶりであります」

「うん、久しぶり。元気そうでよかったよ」

「はいっ、お陰様で自分は元気であります。あれからアルム君の武勇伝を色々聞いたでありますよ」

「武勇伝?」


 武勇伝って確か、酒場で飲んだくれる大人が女の子を引っ掻けるために誇張して話す自慢話だったはず。ネタの一種だった筈だ。

 酒場に行かない僕はそんなネタを持ち合わせてい。シーラ姉ちゃんは誰かの鉄板ネタと間違えたのかな?

 僕が思い当たる節が無いので首を捻っていると、おっとり美人さんから催促が入った。


「ほら、シーラ。一人で盛り上がってないで、私にも彼を紹介してもらえないかしら?」

「あっ、そうであります。アルム君に紹介したい人がいるであります」


 流れからしたら、ここに居る人の中で僕が知らないのは一人しかいないから大体予想は付くけど、こういった言い方をされた時の切り替えしの方法を、この前習ったので実践してみよう。


「ふーん、ご両親?」

「な、な、な、な、なっ、何を言ってるでありますか!?」


  年頃の女性が紹介したい人がいると言った時、高い確率で両親の事を指すらしい。最近まで知らなかったけど、常識らしい。

 でも、シーラ姉ちゃんの様子からどうやら違ったみたいだ。やっぱり常識にとらわれてちゃ駄目だね。


「うふふふっ、聞いてた話よりも面白い子なのね。——ご挨拶させて貰ってもいいかしら? 私の名前はナナミ・パディー。ナナミお姉ちゃんって呼んでね」

「僕はアルムって言います」


 ナナミお姉ちゃんは、口元を隠しながらお淑やかに笑って自己紹介してくれた。僕も、この部屋に入って来た時と同じように小さくお辞儀をして返した。


「それにしても、何で両親だと思ったの?」

「それはね。この前ゴモンのおっちゃんに教えてもらったからだよっ。年頃の女性が紹介したい人は両親なんだってっ」

「それは言えてるわね。見事にシーラには刺さったみたいだし……並んだ時のビジュアルは悪くないから、案外いいかも」

「あ、姉上っ」


 ナナミお姉ちゃんはどこか揶揄うような視線をシーラ姉ちゃんに向ける。おっとりした見た目とは違って、意外と悪戯好きなのかもしれない。

 その二人のやり取りで確り聞き取れなかったけど、領主様がぼそりと減給なんて言った気がしたけど、僕は関係ないよね?


「ゴホンッ……ナナミ嬢、シーラ嬢、そろそろ話しを始めてもいいかな?」

「うふふ、失礼しました。少しはしゃぎすぎてしまいましたわ」

「も、申し訳ないであります」

「いや、構わないさ。さあ、アルム君もこちらに来て座ってくれ」

「はい、失礼します」


 この部屋の席は、上座に一人掛けのソファーに領主様が座って、二つある三人掛けのソファーのうち片方にナナミお姉ちゃんとシーラ姉ちゃんが座っているから、僕が座るのはカレンの横になる。

 どこか慣れ親しんだ感触を背に感じながら腰を下ろす。

 そして、座ると同時にバトスさんが飲み物を差し出してくれる。まるで出すタイミングが分かっていたかのような絶妙なタイミングだった。


「さて、アルム君も少しは聞いていると思うけど、今日呼んだのは君にパディー村の収穫祭への招待があったからだ」

「招待?」


 カレンがパディー村に行くから僕が呼ばれた訳じゃないって事かな?


「それに、カレンにもそろそろ村の外で活動を始めてもいい頃だからね。君たち二人に、何人か大人も含めて、パディー村の収穫祭に参加してもらうつもりだ」

「アタシの初めての公務に付いて来られるんだから感謝してよねっ」


 カレンは胸を張って主張するけど、これは僕が感謝しないといけないのかな?


「日程などの話はシーラ嬢の方から説明してもらえるから、詳しくは彼女に聞いてくれ」

「任せてほしいであります。何でも聞いて欲しいであります」


 突然の話なので、何から聞いたらいいのかよく分からないけど、取り敢えずこれだけは確認しておきたい事に絞ろう。


「この村の収穫祭はもうすぐ始まるけど、パディー村の収穫祭はいつ始まるの?」

「パディー村もウッドランド村と同じ日程であります。だから遅くとも明後日には出航する必要があるであります」


 え?

 それって僕は今年の収穫祭参加できないの? あんなに頑張って準備したのに?

 それに、明後日出発って急すぎる。なんで僕の予定はいつも時間に余裕なく決まるのだろうか?


「えーっと、じゃあ何か持って行かないといけない物ってあるかな?」

「必要な物は全部こちらで用意してあるであります。着替えだけ各自で用意して頂ければ大丈夫であります」

「そうなんだ。それはお手軽で良いね」


 前回は急な日程を決められた挙句、突貫作業を強いられた事に比べたら幾分楽だね。


「あ、僕とカレンの他にも誰か一緒に行くんだよね? そのメンバーはもう決まってるのかな?」

「ああ、それは私から話そう。カレンとアルム君、それに——」


 この時点で一緒に行く人が決まっていないなんてことは無いだろう。大体僕が最後に知らされるのは、ここ最近の出来事で学んだよ。

 そして、領主様が残りのメンバーを口に使用としたとき、入口の扉がノックされた。



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