第64話 チキンレース
「おらっ、そこ遅れてるぞっ。囲え囲えっ、逃げられっぞっ」
昨日一日、僕たちが担当する狩場の仕込みを終わらせて、無事追い込み猟を迎えられた。
僕の部隊には、警備隊から12人、その内斥候部隊からゴモンのおっちゃんとケリーさんが参加している。
この二人も相変わらずで、事ある事にゴモンのおっちゃんがケリーさんに小言を言うけど、彼女はそれをものともしない。相変わらず仲がいい二人だ。
「あちゃー、又逃げられちゃうね」
「仕方ないよ。呼び戻そう」
今回の追い込み猟、狙いはゴノリアチキンと呼ばれる非常に憶病で逃げ足の速い飛べない鳥である。
この臆病な獲物は、視界に外敵を見つけると即座に逃げてしまう。だから、獲物の視界外から発見、追い込み先の確保、そして練度の高い連携を要求されるのだが、警備隊の連携がうまくいかずに何度も逃げられてしまっている。
こんな時は、一度仕切り直して別の獲物を探す方が手っ取り早い。逃げ惑うゴノリアチキンを追うのはなかなかに骨が折れるのだ。
「いや、待ってくれ。これくらい出来る様に日々訓練してるから、それを実践で試したい。もう少しあいつらに任せてくれねーか?」
「いいけど、疲れて動けなくなるなんて事は無いよね?」
「その辺は大丈夫だ。その前に止めるからな。ま、それでも捕まえられん様なら訓練メニューの見直しだがな……」
ゴモンのおっちゃんには何やら思惑があるらしい。その鋭い目つきがさらに凶悪になっている。
「あ~あ、みんな可哀そう」
「お前も参加していいんだぞ?」
「あっ! アル君お菓子食べる? 美味しいクッキーを貰ったの」
「あはは、ありがとう。でも、流石に見失うわけにもいかないから、お茶の時間はあとでね。追うよ」
ここは一先ずお手並み拝見と行きましょうか。
〈side頑張る警備隊員〉
「そっちー、遅れてるっすよー」
今日の任務は、毎年恒例の追い込み猟の助人っす。この時期、毎年警備隊の連中はこの猟に駆り出されるっす。
ここ最近、オレ達の上司であるゴモンさんの訓練が以前よりも厳しくなって、久しぶりに楽な仕事だと思っていたら、訓練よりも辛い仕事だったっす。
昨年までは狩人の指示に従ってゴノリアチキンを誘導するだけの仕事だったっすけど、今年はこの猟で指示を出すのが初めてであるアルム君っす。これまでの猟と同じだと考えていた自分を叱ってやりたいっす。
「右が開きすぎっす。もっと詰めるっす」
慣れない森で走り回るから、次々と同僚が遅れてくるっす。獲物であるゴノリアチキンは小さな体でオレ達が通れない所を潜り抜けるから、どんどん距離が話されていくっす。
それに引き換え、ゴモンさんやケリーさんは凄いっす。後ろから付いて来るだけっすけど、顔色一つ変えずに追いかけてくるっす。そして、更に余裕がある顔で追いかけてくるアルム君にもビックリっす。今年で11歳とか聞いたっすけど、とてもそう見えないっすね
「おらおら、よそ見してんじゃねーぞっ。早く走れっ、見失うぞっ」
チラリと見たつもりだったっすけど、怒られたっす。って、さっきよりも離されてるっす。ヤバイっす。自分達の力で獲物が捕らえられなかったら、訓練が今までの倍キツイ物になるって言われてるっす。
今以上に辛い訓練なんて耐えられないから、皆意気込んでこの猟に取り掛かったのにこの体たらくっす。あああああ、このままだと鬼の訓練が激鬼の訓練になるっす。それだけは防がないといけないっす。
「少しずつ包囲を狭めるっす。隙間を抜けられたら終りっすっ」
オレ達だって普段遊んでるわけじゃないっす。
日頃の辛い訓練の成果をここで見せつけてやるっす。伊達にゴモンさんの訓練を受けてないっす。飛べない鳥にしてやられるオレ達じゃないっす。
「ネットで壁を作るっす。兎に角隙間を失くして逃げられないようにするっす」
今日は各自に捕獲用のネットが支給されてるっす。これを広げればちょっとした柵のようになるっす。そうすれば隙間が減って、更に近づいた時直ぐに捕獲に移れるっす。相手にプレッシャーを与えながら、確実に退路を塞いでいけば捕らえられないはずはないっす。
「いい感じっす。そのまま奥に追い込むっす。あっちは行き止まりっすよ」
もう少しで獲物を追い詰められるっす。みんなも慣れない場所でも必死に食らいついて行ってるっす。このまま行けば、周囲を囲まれた場所に追い込めるっす。逃げ場を失くした獲物を捕らえるなんて簡単っす。これなら激鬼訓練を回避できるっす。
「この先は行き止まりっす。ここからは隙間を作らないように、慎重に進むっす」
獲物の逃げ道を塞いで、こちらの思惑通りの場所に追い込む事が出来たっす。
でも、ここで油断するのは禁物っす。追い詰められた獲物は何をしでかすか分からないっすから、最後まで油断なくいくっす。
「ここは狭いっすから、三人で囲むっす。残りは捕り逃した時のバックアップっす。油断なく行くっすよ」
三方向を囲まれたこの場所では全員が自由に動くのは難しいっす。だから、自由を確保できる最低限の人数で囲って、仮に抜けられても後ろの連中で完全に逃げられるのを防ぐっす。
「もう逃げられないっすよー」
今日一番に近づいたゴノリアチキンは、こちらを睨みつける様に見てくるっす。
鳥の顔色は分からないっすけど、何となくまだ諦めてない気がするっす。鳥目には闘志が漲っている気がするっす。
あれ? 鳥目の使い方間違えったっすかね?
「同時に行くっすよ。——セーッノ」
兎に角、今は目の前の獲物っす。
ギリギリまで近づいて、タイミングを合わせて飛びつくっす。前面にネットを広げて、三方向からの波状攻撃には早々対処できるものじゃないっす。
「どりゃーっす」
オレ達は、完璧なタイミングで同時に飛び掛かったっす。三方向から迫るネットに隙間は無く、確実に捕らえたと思ったっす。
でも、考えが甘かったみたいっす。
逃げ場を失くしたゴノリアチキンは、突然飛び上がってオレ達の顔面を足場に三角飛びをかましたっす。
そして、それと同時に羽ばたいた翼から抜けた羽毛が宙を舞い、それに気を取られている間に包囲網から抜けられてしまったっす。
しかも、三角飛びで宙に上がったゴノリアチキンは、地形の僅かな出張りに足を掛けて壁を走り抜け、後方で囲っていたメンバーの頭上を抜けて、そのまま藪の中に消えて行ったっす。
「甘かった……っす」
ああ、これは激鬼訓練コースっす。
〈sideアルム〉
「あっちゃー、やっぱり駄目だったかー。すまんなアル坊、やっぱり指示だし任せていいか?」
「うん、それじゃ一回警備隊の人集めてもらっていい?」
ゴモンのおっちゃんの号令で、ふらふらしながらも警備隊の人達が集まってくる。
顔には疲れの表情が浮かんでいるけど、誰一人歩いてくる人が居ないのは、普段の訓練の賜物なのだろう。
僕は全員が集まった処で、今日の為に用意しておいた物を取り出して口を開いた。
「みんな、ここからは僕が指揮を執る事になったからよろしくね。——まずはコレを付けて」
僕は集合した時に一番前にいた警備隊の人に、用意しておいた物を渡す。先程ゴノリアチキンを追いかける時に、一番頑張っていた警備隊の人だ。
そして、渡された物を手に取った警備隊の人が、それを不思議そうに見ながら質問してきた。
「これは何っすか?」
「鉢巻だよ」
そう、僕が手渡したのは額に巻く為の鉢巻だ。一人に一つが行き渡るように準備した。額に鳥の足跡が付いている人も丁度隠せていい感じの鉢巻だ。
「これは……数字っすか?」
「そうだよ。僕が追い込み猟に参加するのを知ったのが二日前だから、皆の名前を覚える暇もなかったから、申し訳ないけどこの番号で呼ばせてもらうよ。これについての文句はケント兄ちゃんにヨロシク」
急な参加告知だったので、参加メンバーの名前を覚える余裕も無かった。でも、指揮をとるのに誰が誰だか分からないでは話にならないので、こうして簡単に見分ける方法を準備しておいたのだ。
「あ、因みにそれは姉さんの手作りだから大切に使ってね」
この瞬間、皆の顔が今日一番引き締まったのは、僕の見間違えではないだろう。
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