第63話 毎年恒例

 いつもの狩りから帰り、肉も納めて家で料理をする。

 辺りに美味しそうな匂いが立ち込め鼻孔を擽る。お風呂の準備も終えて、何時姉さんが帰ってきても大丈夫となった処で、家の戸が開いて帰宅を告げる声が響いた。


「ただいま」

「おかえりー、遅かったね」


 セフィーさんが治療院で働くようになって、姉さんの帰宅時間は以前よりも早くなった。それに休日の数も増え、姉さん自身が自由にできる時間も増えて、以前よりも心なしか気持ちに余裕がある様に見える。気高い姉さんだから、他者に弱いところを見せるなんてしないけど、無理をしているのは解るので、僕としても心配事が一つ減った。

 だから、ここ最近では珍しい帰宅時間が気になった。

 姉さんも年頃だから、仕事終わりに誰かと過ごすのは可笑しくない。それ自体は嬉しい事だけど、やっぱり少し寂しくもある。


「ええ、打ち合わせが長引いたのよ。そろそろあの時期なのよね」

「あの時期?」


 秋は色々と催し物も多いので、姉さんが何について言っているのか見当もつかない。

 それに治療院は年間通して、大きく業務が変わる事は無いはずなのに、打ち合わせが必要だなんてゴブリンみたいな問題でも起こったのかもしれない。


「そうよ。アルムも去年体験したわよ」

「体験……あっ、もしかして追い込み猟?」

「そうよ。アルムにも話が行ってるんじゃないかしら?」

「んー……特に聞いてないけどな~。確か追い込み猟には警備隊も参加するよね。明日聞きに行ってみるよ」

「そう、それがいいわね……ケント様には教育が必要ね」


 姉さんが最後に何を言ったのか聞こえなかったけど、確認は必要だね。

 去年は狩人として活動し始めたばかりだったから、ハンスさんに付いて見学してたから一通りの流れは知っているけど、直接参加した訳では無いので詳しい流れは知らない。

 日程なんかも秋が深まる前に行われるくらいしか知らないし、基本的には狩人も参加するけど、僕は経験が圧倒的に不足しているから、もしかしたら今年もハンスさんの傍で追い込み方を勉強するのかもしれない。

 ただ、僕とハンスさんは狩りの方法が根本的に違うから、追い込み方法も参考程度にしかならない。その辺りは去年の追い込みの時に分かったから、自分なりの方法を考えていたけど、未だ一度も試した事が無いから確実に捕らえる事が出来るか分からない。

 それでも、収穫祭には欠かせない事なので、どんな形であれ協力はしたい。美味しい獲物はできるだけ確保したいしね。


「まあ、いいや。それよりご飯食べよ。早くしないと冷めちゃうよ」

「そうね。折角アルムが作ってくれたお料理が冷めちゃうなんて勿体ないわ」


 一旦話を切り上げた僕たちは、それぞれの席に料理を並べて食事を始める。

 ここ最近僕の方が、帰りが遅くなることも多くて姉さんの手料理を美味しく頂いたけど、自分が作った料理を美味しそうに食べてもらえるのも良い物だ。

 今日も姉さんと一緒に食べる夕食は、自分の調理技術以上の味へと引き上げてくれる。

 やっぱり食卓には笑顔がないとね。


*


「こんにちはー」

「んお? アル坊じゃねーか。どうしたんだ?」


 その日の狩りを終え、追い込み猟について詳しい話を聞く為に詰所へとやって来た。そこに、丁度ゴモンのおっちゃんが仕事をしていて声を掛けてくれた。ケント兄ちゃんは居ないみたいだから丁度いい。


「あ、ゴモンのおっちゃん。追い込み猟について聞きたいんだけど、今いいかな?」

「なんだ? ケントが話をしておくって言ってたけど聞いてないのか?」

「ケント兄ちゃんからは何も聞いてないよ。昨日姉さんに言われて思い出したから、僕は参加できるのか聞きに来たんだ」

「あいつは又連絡を怠ったのか……」


 追い込み猟に参加できるかどうかで森に入るかどうか考えなきゃいけない。

 知らずに森に入っていたら、獲物が逃げて狩りにならないし、追い込み猟の邪魔をしかねないからね。


「それで、僕は参加してもいいのかな?」

「勿論参加だ。寧ろアル坊が一部隊率いての猟だぞ」


 追い込み猟をするには、ある程度の人数が必要になる。そして、それらを纏める人が必要になるのだが、それには警備隊の人達が参加するけど、普段狩りに慣れていない人が率いても成功する確率は低いから、狩人がそれらの人を纏めて指示を出す。

 実際は、人を纏める人が宛がわれるのだが、行動方針を決めるのは狩人の仕事になるので、狩人が頭と言っても過言ではない。

 そして、どうやら僕はその一人に選ばれたらしい。

 この村には、狩人として働ける人は何人かいるけど、狩人を本職としているのは僕とハンスさんだけだ。他の人は何処かの組織に所属して、臨時で狩りを行うだけなので、こういった追い込み猟では経験の差から呼ばれる事は滅多に無い。

それこそ、去年父さんが亡くなってハンスさんと新人の僕だけになっても、下手な人を引き入れて邪魔をされるくらいなら居ない方がいいと言って呼ばなかった。


「本当に? 僕は去年ハンスさんの横で見学してただけだよ?」

「それでも他の奴よりマシだろ。てか、アル坊自己評価低くないか? それだけの腕があれば大丈夫だろ?」

「んー、一応去年から自分なりに追い込み猟の方法を考えていたけど、まだ実践で試した事無いからなんとも言えないけど、頑張ってみるよ」

「おう、そうしてくれ。今年は俺達も参加するから一杯捕まえようぜ。やっぱ去年は例年よりも数が減って、少ししか食えなかったからな。今年は鱈腹食うぞっ」


 僕たち子供は何時もと変わらない量食べられたけど、どうやら大人たちの分はかなり少なかったみたいだ。

 村一番追い込み猟が得意な父さんの抜けた穴は、やっぱりハンスさん一人で賄うのは難しかったらしい。

 ここに僕みたいな新米が入ったからって、父さんみたいに沢山確保できるか分からないけど、少しでも期待にこたえられるように頑張ろう。


「おや? アルムじゃないか。何かあったかい?」


 僕たちが追い込み猟に向けて意気込んでいると、そこにケント兄ちゃんが帰って来た。手には幾つかの書類を持っていて、相変わらず書類に追われているみたいだ。


「おい、ケント。アル坊に追い込み猟の話が通って無かったみたいだが、どういう事だ?」

「え?」


 ゴモンのおっちゃんは先程よりも鋭い雰囲気を出してケント兄ちゃんに問い詰める。

 突然の事で、ケント兄ちゃんも何を言われているのか分からないといった顔をするけど、僕とゴモンのおっちゃんの顔を交互に見る事で何か思い出したのか顔色が変わった。


「あ……」


 人が思い出す時の顔とはなんと間抜けなのだろうか。あれでは完全に忘れていた事がまるわかりだ。


「はぁ、今俺がアル坊に参加する事だけは教えたから、細かい説明は任せるぞ」

「はいっ、分かりました! アルムすまないがこっちで話をさせてくれないか?」

「いいよ。今日はそのつもりで来たんだしね」


 相変わらずどこか抜けていて頼りないケント兄ちゃんだけど、何処か憎めない。ゴモンのおっちゃんも呆れこそするけど見捨てないのがその証拠だ。

 諦めただけじゃないよね?


「すまない。飲み物はお茶しかなくてね」

「大丈夫。お茶も好きだよ」


 僕を席に進めると、ケント兄ちゃん自らがお茶を用意してくれた。遠目から見ただけでもその手際は意外といい。警備隊に勤めると、自分の事は自分でやらないといけないから、貴族としては珍しく、普段はメイドに任せる仕事も出来る様になるみたいだ。

 そして、お茶で喉を潤してからケント兄ちゃんは今回の追い込み猟について説明を始める。

 と、いっても僕が狩人の一人として部隊を率いて猟を行う一つの部隊を任せる。まあ、ゴモンのおっちゃんが言っていた事を捕捉するような話で、準備の方も殆ど終わっているから、後は当日に部隊の人と顔を合わせて出発するだけらしい。

 だけ、と言っても狩りの一連の流れを考えるのは僕の仕事なのでもっと早く知らせて欲しかったとは思う。

 なんと言っても追い込み猟の日程は明後日らしい。これ、僕が聞きに来なかったらどうなっていたのだろうか?

 取り敢えず明日は猟の下準備に時間を掛ければ、当日獲物が見つけられないということは無いだろう。


「それじゃあ、すまないがよろしく頼むよ」

「うん、任せて。でも、次からはもう少し早く教えてね」

「……善処します」


 いや、本当に改善してね?



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