第65話 収穫祭に向けて

「捕まえったっすー」


 森の中に額に1の数字が書かれた鉢巻をした警備隊員の声が響き渡る。

 それと共に、暴れるゴノリアチキンの鳴き声も聞こえるが、周囲の警備隊の人達も共に喜んでいるので、あまり気にならない。


「はー、あっさり捕まえたな」

「アル君が指示を出し始めてから直ぐですねー。これで三羽目ですよ」


 ゴモンのおっちゃんが警備隊の自主性を諦めて、僕が指揮を引き継いでからゴノリアチキンを発見して三羽目、見事に発見したゴノリアチキンは全て捕らえる事が出来た。

 元々動きは悪くなかったので、上手く連携が取れる様に指示を出せば、苦も無く捕らえる事が出来た。


「追い込む先より、その過程が大切だからね。こちらが動きやすいコースに絞って、相手が動きにくい場所に追い込めば、自ずと捕まえやすい陣形が取れるよ」


 森の中は一見同じような地形に見えるけど、実際移動しやすい場所と移動しにくい場所がある。それはゴノリアチキンも同じで、こちらが有利に動けて、相手の移動先が絞れるルートを選べば先回りも難しくない。

 ただやみくもに追いかけ回すよりも、移動先を予測して待ち受けた方が遥かに楽で確実に捕らえられる。

 あとはそこに警備隊の人を誘導するだけ、更にゴモンのおっちゃんの様に気配をコントロールできる者が居れば不意も突きやすくなる。

 普段の狩りと違って人数が居る分楽に獲物を捕らえる事が出来る。


「普通はそれが難しいんだがな」

「アル君にとっては楽な事なんだねー。これなら今日中に目標数も不可能じゃないねっ」

「確か一部隊10羽だよね。獲物が見つかるか次第だね」

「いやいや、これまでの発見数も十分だぞ。普通一時間に1羽見つかればいい方だ。捕らえて直ぐに次を見つけられるなんて他の狩人でもできねーよ」

「まあ、そこは昨日の仕込みのおかげだね」


 父さんやハンスさんは風魔法を使って、その微妙な変化を読み取って獲物を探すのが得意だ。特に、父さんは視覚外の獲物も平然と見つけていた。

 でも、僕にはそんな芸当は不可能なので、昨日のうちに森中に細い糸を張り巡らせておいた。これを道糸にして、魔糸を張り巡らせれば周辺の動きを察知する事が出来る。

 本来獲物の特定は難しいのだが、ゴノリアチキンのような飛ばない鳥は四足歩行の獣と違いがはっきりしていて、この辺りにゴノリアチキンと同じように走る鳥はいないので分かりやすい。そうでなければ直ぐに探し出すなど出来なかっただろう。


「おっ、反応有り。ケリーさんは集積所への運搬。他は次を捕まえにいくよ」


 もはや流れが出来上がったゴノリアチキン確保は難しい仕事じゃない。それから十分な休憩を含めても、夕方前には目標数を超える数を確保する事が出来た。


*


「あれ? セフィーさんも参加してたんだ」

「はい、アリスさんが良い経験になるからと、あたしが治療師として同行しました。アルム君もお仕事ですか?」

「うん、もう終わったけどね」


 あの後、周辺のゴノリアチキンが見つからなくなるまで続けた結果、全部で14羽を捕獲する事が出来た。

 だから、少し早いが後方支援の人たちが拠点にしている場所まで戻ってきた。流石に暴れ回ったので、警戒されてこれ以上効率を維持したまま探すのは難しかった。無理しても仕方が無いから、こうして早めに戻って来たのだ。


「そうでしたか。あたしも帰還した人の治療が一段落したので休憩です。よかったらアルム君もご一緒にどうですか?」

「うん、それじゃそうしようかな。あっ、この前作ったドライフルーツが出来たんだ。一緒に食べよ!」


 各部隊大きな怪我をした人は居ないけど、小さな怪我は絶えないみたいで、僕たちの部隊にもセフィーさんにお世話になった人がいたみたいだ。彼女の腕は確かな物で、額に鳥の足型を付けていた人達の額も綺麗に治されていた。ちょっと面白かったので、もう少しあのままでもよかったのに残念だ。

 僕とセフィーさんは適当に横倒された木に腰掛け、セフィーさんの淹れてくれたお茶とドライフルーツでお茶会を始める。

 この集積拠点は、比較的森の浅い場所に陣を敷かれているとは言え、森の中でお茶会なんてちょっとした貴族気分を味わえる。お洒落なテーブルや椅子は無いけど、僕にとってはこれで十分だ。


「あ、これがこの前採って来た棗ですね。甘みが凝縮されて美味しいです」

「うん、この甘さがお茶の苦みにマッチして美味しいね」


 セフィーさんが淹れてくれたお茶は、この辺りでは珍しい真黒で苦みの強い物だけど、目が覚めるような味で甘味と合うこの味は結構好きだ。


「そうだ、アルム君には一度きちんとお礼が言いたかったんです」

「え? 僕何かしたかな?」


 お茶を飲んで人心地ついた処で、セフィーさんが突然思いがけない事を口にした。


「はい、この村に来てから色々と面倒を見てもらっています。アルム君が居なければ冬ごもりの準備もままなりませんでした」

「でも、それはこの村の人なら誰でもやることだよ?」


 セフィーさんと僕が偶然最初に出会っただけで、もし他の村人がセフィーさんと接触したのなら、その人が冬ごもりの準備を手伝ったと思う。これは村の暗黙の了解で、最初に接した人が冬の過ごし方や、この村のルールなんかを説明する。

 これだけでも、余所の人が村で起こす問題がかなり減る。結局知らずに問題を起こす人はいても、知っていて問題を起こす人は少ない。それに、それでも問題を起こす様な人はどうしたって問題を起こすし、裁く側も躊躇なく行える。


「それだけではありません。あたしが早く村に馴染めるように、色々な人を紹介してくれたり、この前の保存食作りも関係の無かったあたしを誘って頂きました。それも全部あたしが馴染めるようにアルム君が配慮してくれたんですよね?」


 確かにそういった側面もあった。

 やっぱり田舎社会は、余所から来た人が馴染むのに時間がかかる。冬場なんかは互いが互いを気に掛けておかないと、何か有った時に対処が遅れてしまうから、いざと言う時頼れる人を作っておくのは大切だ。

 特にセフィーさんは独り暮らしだから、何か問題が起きても頼れる人が直ぐ傍には居ない。だから、少しでも頼れる人を増やす為に村に馴染めるよう、僕が出来る範囲で知り合いを紹介した。


「否定はしないけど、やっぱり皆と仲良くなったのはセフィーさんが頑張ったからだよ」


 結局僕が行ったのは人と会う機会を増やしただけだ。そこから先はセフィーさんの頑張りがあったからこそ。

 それにセフィーさんは美人だから、僕が何かしなくても色々な知り合いが増えていたと思う。事実姉さんから聞く限り、かなりの人から日々色々なお誘いを貰っているらしい。


「いえ、それでもアルム君が居たおかげです。あたしを助けてくれたのは、他でもないアルム君なんですから」

「そこまで言われちゃったら、素直にそのお礼を受け取るよ。それだと、僕もお礼を言わないとね。セフィーさんのおかげで毎日姉さんの手料理が食べられて嬉しいよ」

「ふふふっ、なんですかそれ? それこそあたしは関係ありませんよ?」

「そんな事無いよ。セフィーさんが来たおかげで、姉さんも時間に余裕ができたからね。毎日忙しく働く姉さんが心配だったんだ」


 姉さんは責任感が強いから、任された仕事は完璧に行おうとするし、姉さんにはそれが出来てしまう力がある。でも、余裕の無い状態が日常的になるのが正しいとは思えない。

 それがセフィーさんのお陰で、姉さんは余裕のある生活を取り戻せた。だからやっぱり僕がお礼を言うのは間違っていない。


「ふふふっ、相変わらずアルム君はアリスさんがお好きなのですね。ちょっと羨ましいです」

「まあね。姉弟だから仲はいいよ。セフィーさんだってもう友達なんだから、これから一杯仲良くすればいいよ」

「……そうですね。一杯仲良くしましょうね。今から収穫祭が楽しみです」

「だねっ。歌って踊って、美味しい物一杯食べて皆でおしゃべりして一杯楽しもうね」

「はい♪」


 今年の収穫祭は新しい仲間を加えて、これまで以上に楽しいお祭りになりそうだ。

 それに、セフィーさんのこの笑顔が見れただけでも頑張った甲斐がある。


「それじゃ、楽しい収穫祭にする為にも、もう少し頑張ろっか」

「そうですね」


 こうして秋の深まる森の中、二人のお茶会は楽しい時間になった。周囲で羨ましそうな視線を向けていた人達には、祭りの為にもう少し頑張ってもらおう。



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