第49話 故郷を想う
「ガハハハ、いやー助かったよ。死ぬかと思ったわい」
「あんたは大げさなんだよ」
「パパおおげさ~」
「ガハハハ、そうか? そうかもな」
セフィーさんの治療を受けて、復活したクワイさんの最初の言葉がこれだ。
なんて言うか、凄く豪快な人で義理堅い。ゴブリンからミミを助けた時も、後日お礼だと言って大量の野菜を持ってきてくれた。
あまりにも多くて、周りの人にお裾分けしたけど、それでも余って保存食に加工して大変だった。
「ア、 アハハ、治って良かったです」
治療を終え、一息ついたセフィーさんは、三人の勢いに押されて若干引いている。
大抵この家族を前にした初対面の人は、彼等の勢いに押されてどうしたらいいのか分からなくなる。過去に、この勢いに押されて外の商人が値引き交渉すらさせてもらえなかった事もあるらしい。
勢いとは恐ろしい。頑張ったセフィーさんは完全に蚊帳の外だ。
「はい、はい、それくらいにして、こっちの話も聞いて欲しいかな」
あの家族は放っておくと何時まで経っても騒いでいるので、多少強引でも止めないと何時までも話が進まない。
「ガハハ、すまん、すまん。それで、アルム君は何用事があったのかい?」
手を叩き、こちらに意識を向けてもらって、やっと話を聞いて貰えた。
「うん、でも用事があるのは僕じゃなくて、こっちのセフィーさんね。冬ごもりの食糧が欲しいんだけど、幾つか見繕ってくれない?」
「おや、やっぱり噂の治癒師さんだったんだね」
「おお、あんたが噂のっ。ガハハ、任せてくれっ、今日の礼も兼ねて良いのを見繕っておくぞっ」
義理堅いクワイさんに任せておけば、間違いないだろう。
収穫シーズンはこれからだから、今から手に入る訳じゃない。次に収穫した物を回してもらう必要があので、こうして事前に話をつけておくのだ。
「なんだい? 用事はそれだけかい? だったら昼食たべていきなよ。あんたらまだだろ?」
さくっと用事を済ませた所で、ホリンさんからお昼のお誘いを頂いた。
ミミもその提案に賛成の様で、先程からセフィーさんの袖を引っ張って食堂に向かおうとする。
突然の誘いにセフィーさんは戸惑っているらしい。今日一日彼女は戸惑ってばかりだ。
「アルム君、どうしましょう……?」
「いいじゃん。折角だしご馳走になろうよ」
「そうだよー、一緒にたべよー」
そもそも、この家族の提案を断るのは至難の業だ。余程明確の理由がないと相手は引かない。
断る理由のないこの状況で、この提案を退けるのは不可能に近い。
それに、この後エイダさんの所に行って昼食にしようと思っていたので丁度良いので御馳走になろう。
「ほら、セフィーちゃんこっちだよっ。アル君も早く早く!」
そうと決まればミミの行動は早かった。
セフィーさんを引っ張って、廊下を引きずるように移動して一つの部屋に入る。
すると、食事の良い匂いが漂ってくる。ただ、この村の伝統的な料理とは違った匂いで、なんだか新鮮だ。
「……あれ?」
「どうかした?」
食堂に入ったセフィーさんは、何か気になる事があるのか首をかしげた。
「あ、いえ。なんでもないです」
「ほらー、こっちだよー。ここに座ってねっ」
その僅かな時間も我慢できないミミが、セフィーさんを案内して席を勧める。この部屋のテーブルは結構広いく、大勢の人で食事が出来るようになっている。
その一画の席を案内され、その隣にミミも座った。
大勢の大人が家に来ることは有っても、年の近い人が来ることなど滅多に無いから、こうして僕たちと食事できるのが楽しみで仕方ないようだ。
「じゃあ、ちょっと待っておいてよ。直ぐに準備するからね」
「あ、ありがとうございます」
「ホリンさん、僕大盛りー!」
「ウチもー!」
なんだか食欲をそそられる匂いに、お腹が空いてしまった。今朝は色々と準備に追われて、きちんとした朝食がとれなかったから、余計にお腹が空いている。
「はいよ。大人しく待つんだよ」
ホリンさんは、僕の要望を快く受け入れて、食堂の奥にあるキッチンに入って行く。その時、食欲をそそる匂いは一段と強くなり、僕のお腹が早く食べさせろと主張する。
因みに、クワイさんは病み上がりだと言う事で、一応安静にして寝ている。これで食事は騒がしく無くてすむだろう。
だが、先程からセフィーさんが難しい顔をしている。何か考え込んでいるようだ。
「ほい、お待ちどうさん。タップリお食べ」
「「はーい、いただきまーす」
「い、いただきます」
ホリンさんが並べてくれた食事は、普段食べている物とは何処か違って、どれも初めて見る物ばかりだった。
パンは、普段食べている物より色が薄く、余りふっくらしていない。でも、触ってみると柔らかくほんのり甘い。
そして、野菜の煮物だと思った物は、香辛料が使われているのかとても辛いけど、寧ろそれが食欲を増す。多分、先程から漂ってきていた匂いの正体はこれだろう。根野菜を中心にした煮物だけど、確り火が通っていて口に入れると溶ける様に解けていく。
更に、豆を煮込んだスープも煮物とは違った辛みがあって美味しい。具は豆しかないのに、味の深い確りしたスープだ。
そして、真っ白で一見ミルクに見える飲み物は、その見た目に反して酸味があって、辛い料理によく合う。
甘みを感じるパンも辛い料理によく合って、幾らでも食べられてしまいそうだ。
「あぁ、……懐かしい味……」
あまりの美味しさに、無言で食べていると、隣から小さな呟きが聞こえて、そちらを見てみると、セフィーさんがその味を確かめる様にゆっくりと噛みしめて食べている。
「どうだい? 南方から来た商人に聞いたレシピなんだけどね。お口にあったみたいだね」
「はい……故郷の味にそっくりです。凄く……凄く、美味しいです」
セフィーさんは少し鼻声になりながらも、美味しそうに料理を食べる。
どうやら故郷の味を思い出しているらしい。
確かにこの味はこの辺りでは食べられない。長い旅生活を終えて、落ち着いて生活できるようになっても、取り扱う食材が違うから、同じような味の料理を作るのは難しいだろう。
それを、まさかこんな所で味わえるとは予想していなかったはずだ。
僕はこの村の味付けしか知らないし、それを長期間食べられなかった事なんて無い。だからセフィーさんがこの味に何を思い出しているか分からないけど、きっとそれは悪い物ではないと思う。
「ああ……お母さんの味と同じだ」
後から聞いたら、セフィーさんは村に来てから自分で食事を用意してるけど、この村で手に入る香辛料だけでは故郷の味を再現するのは難しくて諦めていたらしい。他の食材なんかは、代用できるものが幾つかあったらしいけど、香辛料だけはどうしようもなかったらしい。
流石香辛料の産地なだけあって、どの料理にも香辛料がふんだんに使われているらしく、味の根幹をなす香辛料がなければどうしようもない。
それで、早々に諦めていたら、思いがけない所で故郷の味に出会え、久しぶりということもあって感慨に浸っていたらしい。
「成程、南方の産まれだったんだね。そうなるとこの村で手に入る香辛料だけだと故郷の料理は作れないだろうね。何だったら少し値は張るけど、知り合いの商人に融通してもらえるように頼もうかい?」
「手に入るのですか!? 是非お願いします!」
余程故郷の料理が恋しかったのか、セフィーさんはホリンさんの手を握って何度もお礼を言っている。
冬ごもりの準備も終わり、セフィーさんの故郷の品も手に入って、これで彼女も冬の準備はばっちりだ。
最後にホリンさんが全部持っていった感は否めないけど、セフィーさんが喜んでいるなら、今日の冬ごもりの準備は成功だ。
やっぱり、同じ村に住む仲間として、楽しく過ごしてもらいたい。その手助けができただけで十分だ。
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