第48話 お気に入り発見

「取り敢えずこれ位で良いかな」

「どれも可愛くないです」


 モルクさんの案内のもと、必要になりそうな洋服を一式揃える。

 冬の衣類は嵩張るので、結構な量を購入したように見えるけど、実際の処、最低限の物しか選んでいない。それでも、馬車の半分を埋めるような量だ。


「ほっほっ、確かに見た目は良くないですね。元よりそういった要素で作られていませんから」


 モルクさんの言う事は最もで、そのデザインは寒さを最大限防ぐことに向けられている。

 だから、どうしても着ぶくれした見た目になってしまうのだ。


「まあ、そこは姉さんに頑張って教えてもらってね。あ、あとは編み物の道具を一式と、——セフィーさん、好きな色の毛糸を選んでね」

「あっ、可愛いお洋服のやつですねっ。分かりました! 確りと厳選します!」


 セフィーさんのこういった処は姉さんとそっくりだ。

 姉さんも可愛い物が好きで、毛糸選びには結構時間が掛かる。意外と二人は息が合うかもしれない。


「そうだ、モルクさん羽毛布団は発注できるかな?」

「羽毛布団ね、大丈夫だよ。幾つか数は確保してあるからね」


 寒い冬に、綿の重たい布団を何枚も重ねて被るのは辛い物が有る。布団を増やすと重くね寝苦しいし、減らすと寒くてねられたものじゃない。

 だから、暖かくて軽い羽毛布団があるかないかで、その冬の快適さが愕然と変わってくる。


「じゃあ、それも後でセフィーさんに選んでもらおう」


 こういったのは、自分が気に入った物を選ぶのが一番だ。その方が物を大切にするし、自分の好きな物を使っている方が気分もいい。

 その後も、普段の生活で触れやすい物は候補だけ挙げて、後でセフィーさんに選んでもらう。

 そんな風に必要な物の選別をしていると、先程とは打って変わって明るい声が聞こえてきた。


「なっ、なんですかこれ!? 可愛い服有るじゃないですか!」


 その声に惹かれて振り返ってみると、セフィーさんが一つの商品を前にして一人騒いでいた。

 その手には、可愛い柄のドテラが握られている。余りにも地味過ぎて、売れ行きが良くないと言う事で柄のバリエーションを増やした物らしい。


「ああ、ドテラですね。それは部屋の中で着るコートの様なものですよ」

「ええっ、こんな可愛いのにですか!?」


 ドテラの何処に琴線が触れたのか分からないけど、セフィーさんは群青色の兎柄ドテラを甚く気に入って、真っ先に購入する物に加えていた。

 セフィーさんにドテラなんて似合わないだろうと思って想像してみたけど、想像の中のセフィーさんは意外と似合っていた。美人はなんでも似合うと思う。

 それから、僕が事前に選んでおいた物の中から、セフィーさんが気に入るデザインの物を選んで、必要な物は粗方揃える事が出来た。

 沢山購入してくれたと言う事で、輸送の方はサービスしてくれる事となり、薪と同じように後で受け取る事になった。


*


「アルム君、これで冬ごもりの準備は完璧ですね♪」


 気に入ったドテラが手に入ったからか、セフィーさんは先程からご機嫌なご様子だ。ドテラ一つでここまで機嫌が良くなるなんて、女性とはよく分からない。


「何言ってるの、一番大切な食料が残ってるでしょ」

「あ、そうでした」


 食べる物が無ければ人は生きていけない。そして、冬場に食料を確保するのは至難の業だ。だから、事前に冬を越せるだけの食糧を確り確保しておく必要がある。

 そんな大切な物を忘れていたセフィーさんは、その事実を誤魔化すように話を続ける。


「でも、先程のお店の近くに食料品店がありましたよ?」

「うん、でもあそこは小売りだからね。一冬越す為の食糧は、直接買い付けに行った方が安上がりだし、手間も少ないよ」


 その日の夕食に必要な物を買いに行くのなら問題ないけど、木箱を幾つも必要とするような量は置いてない。それに、そういった店の品は保存用に用意されていないので、足の速い食材もある。

 だったら、最初から専門家に保存が効く食材を頼んだ方が確実だ。


「確かにそうですね。そうなると行先は農家さんですか?」

「そうだよ。僕の友達の家が大きな農家さんだから、卸す前の安くて新鮮なのを譲ってもらおうと思ってね」


 こういった時、頼れる知り合いが居るのは有難い。

 僕も肉の事なら何を聞かれても答えられる自信があるけど、野菜関係は門外漢なので、詳しい人に聞くのが一番だ。


「確かに、先程から畑が続く場所に着ましたよね。辺境の村だと聞いていましたけど、最初想像していたよりもずっと広いです」

「確かにね。辺境故に外から品が入ってこなくても、耐えられるようにしてるって聞いた事があるよ」


 この村に来るには、山間を超えてくる必要がある。でも、雨の後には道がぬかるみ、時にはがけ崩れもある。

 すると、村の外に出る手段が船しかなくなり、必要量物資が入ってこなくなるから、その間耐えられるように、広い農地が確保されている。


「これだけ広い農地を少人数で管理するなんてすごいですね」

「そうだね。その管理している人の家が見えてきたよ」


 そこには乱雑に建てられた家の中でも、一際大きな屋敷が建てられていた。周囲は農地しかなく、大きな屋敷は一際目立つ。


「大きいですね。先日伺った領主館にも負けてませんね」

「全部含めたらね。実際は殆どが倉なんだけどね」


 ミミの家は豪農だけあって、その規模も並みじゃない。だから、収穫される作物の量も、普通の農家とは桁が違うので大量の倉を必要とするのだ。


「こんにちわー」


 屋敷の扉を開け、中に声を掛けるが、何だか屋敷の中が騒がしい。

 ミミの家は他の農家の人も頻繁に出入りするから、いつも賑やかだけど、今日の雰囲気はちょっと違うみたいだ。


「あっ、アル君」


 そんな騒がしい屋敷の中で顔を出したのはミミだった。

 普段と変わらない明るい笑顔で、こちらに駆けよって来た。屋敷は騒がしいけど、それほど大ごとでは無いのかもしれない。


「いらっしゃい! そっちの綺麗なおねーさんは?」


 ミミが元気に駆け寄って来たかと思うと、セフィーさんをみつけて、視線がそちらにくぎ付けになる。


「はじめまして、こちらに派遣されてきました治癒師のセフィーです。よろしくね」

「うん! ウチはミミって言うのっ」


 ミミの無邪気さに、セフィーさんは普段よりも幾分柔らかな笑顔を浮かべる。まだこちらに来て日も浅く、緊張しているのか何処か固いところがあった。こうして少しずつでも村の人と距離を縮めていってほしい。


「それより、なんだか屋敷が騒がしいみたいだけど、何か有った?」

「あっ、そうだ。パパが腰を痛めちゃったの。セフィーちゃん治せないかな?」


 どうやらこの騒ぎの原因はミミの親父さん——クワイさんが腰を痛めたのが原因のようだ。

 これから農家は収穫期の準備に入るから、その音頭を取るクワイさんが怪我で農地に出られないのは大問題だ。


「はい、あたしでお役に立てるか分かりませんが、出来るだけのことはさせて頂きます」


 話を聞いたセフィーさんは治癒師としての顔を見せる。このあたりプロとしての高い意識を持っているようで共感が持てる。


「ありがとう! ささっ、上がって上がってっ」


 僕たちはミミに勧められるがままに家へと上がり、長い廊下を突き進む。

 その廊下を見るだけでもこの屋敷の造りが良いのが分かる。梁一つとっても手掛けた職人の心が分かる丁寧な仕事ぶりだ。


「パパ、治癒師のセフィーちゃんを連れてきたよー」


 ミミは廊下の突き当り、最奥へ部屋を無造作に開ける。

 そこには、床に敷かれた布団の上でお尻を突き出すようにうつ伏せになるクワイさんと、それを看病するホリンさんがいた。


「おや、ミミ騒がしいね。あら、アルム坊やじゃないか。——それで、そちらさんが治癒師さんかい?」

「こんにちは」

「こんにちは、治癒師のセフィーです」


 挨拶をしてくれたのはホリンさんだけで、クワイさんは痛みのせいで呻き声を上げるだけで、こちらに気が付きもしない。かなりの重症らしい。


「すまないが、治療代は後で払うから治してもらえないかい?」

「はい、お任せください」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る