第38話 最強の釣り師(外道)
「よっ、アルム。その様子だと、上手く行ったみたいだな」
平穏に川下りの後半を終えて湖に出ると、そこには昨日よりも大きな船が止まっていた。
そして、そこから顔を出して声を掛けてきたのは、僕に筏のアドバイスをくれたザントだった。
「うん、お陰様で上手くいったよ。それよりザントはこんな所でどうしたの?」
「ああ、それはな——」
「おっ、本当にアルムが出てきたな」
僕がザントに質問すると、その後ろから二回り大きな影が現れた。
「だから言っただろっ、父ちゃん。アルムが筏で運んでくるって」
「はっはっはっ、すまん、すまん。またザントの戯言だと思ったんだよ」
「……父ちゃんが俺の事どう思ってるのかよくわかったよ」
それはザントの父親で、この湖で漁師をしているゼントさんだった。
「ゼントさん、こんにちは」
「おう、アルムも元気そうだな」
ゼントさんは気の良い親父さんで、ニカッと笑った顔はザントとそっくりだ。
村では似た者親子なんて言われていて、ゼントさんは村の漁師の取り纏めもしている。
「それで? 二人は何でここに居るの?」
「なーに、倅のやつが、アルムがここまで筏で下ってくるって言うから、本当かどうか確かめに来たのよ」
どうやら、ザントは昨日のやり取りをゼントさんに話したようで、真実の確認に来たようだ。
「ほらっ、本当だっただろっ」
「ちっ、しゃーねぇな。疑って悪かったよっ。ほれ、それよりロープを回してやんな」
「おうっ」
二人がなにやらやり取りをすると、突然ザントがロープを片手に筏に飛び乗って来た。
「うわっ。何するんだよザント」
「へっへっへっ。村まで戻るんだろ? 父ちゃんが引張ってくれるってよ」
どうやら、二人の間で僕が来るか来ないかで賭けをしていたらしい。それで、もし僕が来た時は、船で引張って帰る約束をしてくれたらしい。
一応、竹竿があればここからでも村まで戻れるけど、遠回りになるし、大変な重労働なので、その手助けをしてくれる様に頼んだみたいだ。
なんだかんだザントは優しい奴だ。
「へへっ、これで今晩の肉料理は俺のもんだぜっ」
優しい奴だ……よ?
*
「なあ、アルム」
「なーにー?」
ザントが手早くロープを筏の船首に括りつけると、ゼントさんが操る船が帆を張って滑るように進みだした。
これまでは流れに任せて竹竿で調整しながら進んできたけど、風の力を操って進む帆船は、そんな微調整も必要なくて楽ちんだ。
「この筏、今日作ったんだよな?」
「そーだよー」
僕たちは、筏の船尾に座って釣り糸を垂らす。この村では、漁をするにも狩人と同じように許可が必要だけど、釣りに関しては許可を得なくても可能なので、僕もよく小舟を借りて釣りをしたりする。
「それにしてはこの筏でかくないか?」
「そうだね。獲物の数が多くて、このサイズになっちゃったよ。狭い処はギリギリだったね」
本当、このサイズに収まって良かったと思う。これ以上大きくなると、曲がるのが大変だし、激流の狭い処は挟まっていたかもしれない。
「いや、これって今日作ったんだよな?」
「そうだよ。いつもより朝早く起きて大変だった」
今日は筏作りの為に早起きして、いつもより二時間も早く起きた。そうしないと帰りが遅くなりそうだったから、この判断は間違っていなかったと思う。
「いや、そうじゃなくてっ。こんなデカいの半日でどうやって作るんだよっ?」
「頑張った」
「いや、頑張ったって……」
「魔糸で材料を吊り上げて、紐で縛るだけだから、作業は意外と早く終わったよ。丸太の加工が一番大変だったかな」
「まじか、アルムの魔糸ってそんな凄いことが出来るのか……」
そういえば、僕が魔糸を使えるようになったのも、小さい頃こんな風に父さんと一緒に釣りをしていた時だったっけ。
その時の僕は、初めて釣りに連れて行ってもらって、なんとしても大物を釣り上げようって意気込んでたのを覚えている。
それで、所謂ビギナーズラックってやつで、もの凄い大物が掛かって、船から落ちそうになったのを、寸前の処で父さんに助けてもらった。
それでも、魚の勢いが凄くて、竿が持って行かれそうになった時、維持でも釣り上げてやるって、勢いだけで何かが出て、それが後から魔糸だと分かった。
そして、見事に大物を釣り上げた事で、僕は釣りに嵌ったんだ。
だから、釣りに有用な魔糸も頑張って練習して、今の様に狩猟に使えるまでになった。
「伊達に釣り師を名乗ってないよ」
「いや、お前狩人だろっ」
そうだった。危うく自分を見失うところだった。竿先に掛かる小さな変化も見逃さないために、意識の殆どをそこに向けているから、何も考えずに喋ってしまった。
「なんにしろ、父ちゃんに頼んでよかったぜっ。このサイズの筏は、俺の船じゃ引けないからな」
「うん、それは感謝してるよ。こうして釣りもできるし、ありがたや、ありがたや」
ここ最近忙しくて、釣りを出来ていなかったので、本当に有難い。
特にこの季節、美味しい魚が多いから、是非釣り上げて食べたい。そう、僕の釣りは美味しく食べるまでが一つの勝負なのだ。
「ああ、うん。そこは相変わらずなのね。まっ、その分お礼は期待してるからなっ」
ザントは欲望丸見えの笑顔を浮かべながら、こちらに顔を向ける。
まあ、実際今回はザントに助けられたところが大きいので、その辺りは期待してもらっても構わない。
「うん、そこは——よっしゃっ、きたぁー!」
フィッシュオン!
ザントに返事をしようとしたら、突然竿先が大きく撓り、続いて竿を持つ手に凄い重みを感じた。
「ぬおっ、期待が持てる凄い引きだっ」
「お、おいっ。肉くれるんだよな? なっ?」
ザントが横で騒ぐけど、こっちはそれ処ではない。
「いいから、網持ってきて、大きいやつ」
「約束だからなっ。絶対だぞっ」
なんだかんだ喚きながらも、素直に網を取りに行くザントを背に、大物と格闘する。
これだけの強い引きは、季節物の魚に間違いない。なんとしても釣り上げて、今晩の食卓に乗せねばならない。
「くっそー、猪口才ー」
「おい、網もってきたぞっ。……しっかし、アルムは釣りになると人が変わるよな」
戻って来たザントが何やら言っているが、こっちは真剣勝負の最中なんだから、少し静かにして欲しい。
水中にいる魚が、派手に暴れているのが腕に伝わってくる。相手も、こちらを引きこもうと必死にもがいているようだ。
「ちくしょうがー、船底には潜らせんぞー」
「お、おい。そんな暴れんな、ひっくり返る」
「大丈夫だっ。こいつはちょっとやそっとじゃ横転しないっ」
伊達に川を下って来た訳では無い。多少僕が暴れた処で、ビクともしないさ。
「そうだ、こっちにこい。くっそう、暴れるなっ」
「おい、そのままだと針を外されるぞっ」
「なにっ!? こっの、猪口才なっ」
銀色に光りを反射して、巨大な魚影が湖面を飛び跳ねる。
身体の捻りと、水を吸って重みを増した糸の力を使って、針を外しに来た。そこらの雑魚とは違って、なかなかに賢い魚のようだ。
「悪いがっ、僕は掛けた魚は逃がした事がないんだぁー」
本日、散々使い倒した魔力を、身体の底から捻りだし、魔糸を形成して釣り糸を伝って大物に向かって進ませる。
水中を自由に泳ぐ相手には通用しないが、釣り糸の先に獲物がいることが分かっていれば別だ。
伸ばした魔糸を魚の身体に外れないように巻き付けて引っ張り上げる。腕の力に加えて、魔糸の張力も加わり、針先の得物は碌な抵抗を見せることなく手繰り寄せられる。
それを、ザントが大きな網を使って掬い上げる。
そこには、お腹を膨らませた銀色に輝く大きなシャケがいた。
「ふっふっふっ、僕に釣れない魚はいないっ!」
今回も釣り師としての歴史を、また一つ積み上げてしまった。
「これって、釣りって言うのかな?」
お肉減らすよ? ザント。
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