第39話 臨時雇用

「ありがとう、ゼントさん。それにザントも」

「おうっ、また運ぶもんあったら、いつでも声かけてくれよ」

「俺はついでかよ。まっ、報酬は貰ったからいいや」


 シャケを釣りあげてから、更に二匹追加で釣った処で、村に最も近い湖岸へと到着した。

 ザントには、今回のお礼としてボアの一番美味しい部位をプレゼントして、非常に喜んでもらえた。

 漁師が拠点にしている港は少し離れた場所にあるので、去って行く二人に手を振って見送り、こちらも着岸して、筏が流されないように近くの木に括りつける。


「さて、まずは荷車を準備しないとな」


 肉を運び入れるミガートのおっちゃんの肉屋は、村の中心の一画にあるので担いで運ぶ訳にもいかない。

 近場で荷車が借りられそうな処と言ったら——。


「こんにちはー。アルムですー。荷車貸してください」

「やあ、アルム。また突然だね。何につかうの?」


 近場で、確実に荷車が置いてあって、さらに借りやすい場所と言えば、警備隊の詰所だ。

 そこには、丁度ケント兄ちゃんが書類仕事をしていた。この場所の責任者でもあるので、お願いする相手として丁度いい。


「うん。お肉を沢山狩って来たから、運ぶのに使いたいんだ」

「へぇ、荷車が必要なほど狩れたんだね。いいよ、村に貢献してくれるアルムのお願いなら聞かない訳にはいかないしね」

「ありがとう。じゃあ借りていくね」


 ケント兄ちゃんも慣れたもので、僕たちが色々な物をよく借りに来るから、荷車くらいなら二つ返事で貸してくれる。

 そして、僕が荷車の置いてある場所に向かおうとすると、詰所の奥から声が聞こえた。


「おーい、ケント。今日はこれで上がるぞー」

「あっ、はい。ご苦労様でした」


 その声の主は、ここ最近やっと元の元気を取り戻したゴモンのおっちゃんであった。

 ホブゴブリン討伐後、罰として姉さんから色々無理難題を押し付けられていたらしく、ずっと疲れた顔をしていたのだが、ここ最近になってやっと許されたらしい。


「こんにちは、ゴモンのおっちゃん」

「ん? なんだ、アル坊じゃねーか。どうかしたのか?」


 そう言えば、ゴモンのおっちゃんは、さっき上がるって言ってたから、今日はこれで警備隊の仕事は終りなのかもしれない。


「ねぇ、ゴモンのおっちゃんは、この後暇?」

「……なんだ? そのデートに誘うような文言は? 一応仕事は終りだから暇っちゃ暇だが……」


 やっぱり一人暮らしの小父さんには、仕事が終わっても帰って酒を飲むだけの生活のようだ。そんな寂しい小父さんに、僕が少しだけ手を差し伸べてあげよう。


「じゃあさ、ちょっとアルバイトしない?」

「はい?」


 よし、これで戦力確保だ。


*


「よくもまぁ、こんなに狩ってきたな」

「うん、前以上に獣が増えたからね。狩るのはそんなに難しくないよ」

「いや、それを言えるのは、この村でも数人だと思うぞ?」


 ゴモンのおっちゃんを捕まえて、二台体制で荷車を運用できるので、往復する事無くお肉が運べる。警備隊が持っている荷車は丈夫で本当に助かる。


「しっかし、湖を使って運ぶとは、よく考えたな」

「うん、ザントにも意見を聞いてね。昨日は筏がばらけて大変だったよ」


 本当に昨日は大変だった。正直ちょっと心が折れかけたりもした。


「アル坊は偶に無茶するよな。それで? これを運ぶのがアルバイトか?」

「運ぶのもだけど、解体を手伝ってほしいんだよね。早く解体して氷室に入れないと、肉を腐らせちゃうから」


 秋口に入ったからと言っても、未だ暑さの残るこの季節、お肉の扱いには慎重にならざるを得ない。誰かがお腹を壊したら大変だ。


「そう言う事か、十中八九アル坊より下手だけどいいのか?」

「大丈夫だよ。多少の事なら」

「そうか、まあアル坊がいいなら俺はかまわねーよ。それじゃ、さっさと運ぶか」

「うん」


 僕は筏に入って、固定していた紐を外していく。確り固定してあっただけあって、獲物に変な傷も入って無いし、この方法は間違ってなかった。


「はい、重いから気を付けてね」


 外した獲物を引き上げて、ゴモンのおっちゃんに渡す。


「うおっ、重いな。これで小さいほうか、狩人も大変なしごとだな」

「まあね。実際大きいのは一人で運ぶのは無理だよ。僕も二日に分けて持って帰って来たりしたし」

「そうだわな。こんなもん担いで森の中を歩くとか考えたくもねぇ」


 その、こんなもんを担いで森の中を歩いている人が、目の前に居ますけどね。

 でも、その気持ちも分からなくもない。実際、凄く大変なのだ。それでいて、肉が温まらないように、日の当たりにくい道を素早く移動しないといけないので、普通に森を歩くよりも何倍も疲れる。


「よっしゃ、次で最後だな」

「うん、これは重いから、二人で担ぎだそう」

「分かった。……確かにこれはでけぇ。よく狩れたな」

「狩るのは他の獲物と変わらないよ。寧ろ運ぶのが一番大変」


 結局、狩人にとって一番大変な仕事は、肉を持ち帰ってくる事だと常々思う。獲物を仕留めるよりも、その後の処理の方が遥かに膨大な作業量になる。


「よーし、ゆっくり下すぞ」

「うん、手を挟まないようにね」


 全てを筏から運び出し、改めて見ると、よくこれだけの獲物を持ち帰ってこれたと自分で驚く。今までの様な運び方では、一週間掛かっても持ち帰られない。


「ん? そっちの魚籠はなんだ?」


 そこで、ゴモンのおっちゃんが筏に残された魚籠を目ざとく見つける。なかなか鋭い嗅覚をお持ちのようだ。


「その中にゴモンのおっちゃんのバイト代が入ってるよ」

「へー、物品報酬か。それは楽しみだ」


 取り敢えず、魚籠は荷車の開いている処に入れて、ミガートのおっちゃんの所に向かう。

 大量に獲物を乗せた荷車だが、流石丈夫に作られているだけあって、確りとその重量を支えている。

 それを一人一台引いて、村の中を進む。

 普段、解体された物しか見た事の無い村人達が、興味本位で此方を見てきて、驚きの声や肉が供給された事を喜んでいる。

 こういった生の声を聞く機会は少ないので、ちょっとくすぐったいけど、やっぱり嬉しい。


「へっへっへっ、みんな嬉しそうだな。ここ最近肉が食えなかったしな」

「そうだね。僕としては、やっとゴブリン騒動が終わった気がするよ」


 結局、今回の肉不足も、その尾を引いた結果だから、ようやく元通りになったと思う。


「あ~、始まりはあそこだからな。そう考えるとアル坊から始まって、アル坊で終わる。みたいな感じだな」

「……なんか、それだと僕が悪いみたいじゃない?」


 ゴモンのおっちゃんはゲラゲラ笑いながら冗談だと言うけど、今晩姉さんと話す時のネタにしてやる。


 そんな無駄話をしていると、ミガートのおっちゃんの肉屋が見えてきた。これだけ大きな荷車を二つも店先に置いては邪魔になるので、裏口に回って開いている場所に止める。

 そして、何時もの様に裏口を開けて、店の中に大声で伝える。


「ミガートのおっちゃーん。裏庭借りるねー」

「うるせー、そんな大声ださねーでも聞こえてラー。勝手に使いやがれ」


 すると、奥から何時もの様に返事が聞こえる。声の調子で、今は忙しい事が分かるので、気にせず裏庭に戻って解体の準備を始める。


「おいおい、勝手にやっていいのか?」

「大丈夫だよ。何時もの事だからね」


 ミガートのおっちゃんの肉屋は、この村の中で二番目に良く知っている場所だから、勝手知ったるなんとやら。肉の解体道具から肉の保存場所まで何でも知ってるし、好きに使わせてもらっている。

 肉が駄目になるくらいなら、何でも勝手に使えってのミガートのおっちゃんの言い分だ。


「そんなもんか。それじゃ早速始めるか」

「うん、よろしくね」



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