第37話 ラフティング

「よーしっ、出港だー。よーそろ~」


 十分な休憩をとって、邪魔になりそうな手荷物は最低限に減らして出発する。

 今回、筏を作るのに使用した道具は、重く邪魔になるし、濡らすのは良く無いので、後日取りに戻る為に拠点の近くに隠しておく。


「固定アンカー(魔糸)解除! ぐぬぬぬ、意外と重い」


 筏を繋ぎとめる物を全て外し、オール代わりの長い竹竿で近くの岩を押して加速する。この時、岸から筏を離さないと、船底を擦ったり、座礁させたりしてしまうので、注意が必要だ。


「おっ、順調な滑り出しっ。凄いっ、昨日のあれば筏じゃなかったんだっ」


 記憶に新しい昨日の出来事を振り返れば、出発早々にひっくり返るなんてアクシデントがあったけど、今日の筏は安定感が違う。

 多少の横揺れなんてなんのその、筏の下方にある重心が元の位置に戻ろうとする力が働いて、筏の姿勢をいじしてくれる。


「はっ、はははっ。凄い! 凄い! これなら行けるっ」


 流れに乗って進む筏は、水面をかき分けるように進む。下手に漕ぐ必要が無く、流れに任せているだけで、確りと前に進むので、偶に岸に近づいた時に竹竿で押してやるだけで済むから楽で良い。


「これなら難所さえ気を付けてれば、湖まで楽にでられそうだ——あれ?」


 出発してから暫らく、順調に工程を進んでいたのだが、一つの問題に突き当たった。

 昨日の小さな筏では気が付かなかったけど、この小川は結構急な角度で方向を変える部分がある。このまま流れに身を任せるだけでは、座礁は確実だ。


「えっ、ちょっ、曲がれ、曲がれっ」


 九十度ほどの急カーブに、筏は真直ぐ崖の壁面に向けて突っ込んで行く。川の流れに乗って、正面から突っ込もうとしているのだ。


「こんなの聞いてないっ。うおおおお、急転身んんんー」


 壁面にぶつかる直前、急いで筏の前方に駆け寄って、竹竿で壁面を押して船首の向きを強引に変える。

 そして、長い竹竿は筏の勢いを現象させつつ、その撓りを利用して、進行方向に力を逃がして、見事に筏の向きを変えた。


「ぉっ、おぉう。ザントに言われた通り、長い竹竿にしておいて良かった……」


 長い竹竿は、推進力を得るだけでなく、筏の操縦にも欠かせない物らしい。竹竿のもつ撓る力が無ければ、これほど見事な方向転換はできなかっただろう。

 ただそれにも、あれほどの急な転身に、ひっくり返る事無くバランスを保った筏の性能があってこそだ。


「そういえば、こんな場所が何カ所もあったよな……」


 事前に想定していた難所までは、川幅が狭く、川の向きが頻繁に変わる場所がいくつもある。

 最初は難所以外、楽勝だと思ったけど、川下りはそんなに甘く無いようだ。


「あっ、また来た。今度はさっきみたいにはならないぞっ」


 事前に方向転換が必要だと分かっていれば、先程の様に慌てることは無い。

 それに、今ので感覚はつかめた。事前に船首を進行方向に向けておけば、進行方向を変えるのはそんなに難しくない。

 僕は少し筏を外側から膨らむようにカーブに入ると、先程と同じように竹竿で進行方向を変える。

 すると、それほど力を入れる事も無く、船首の向きは変わり、後は筏が障害物にぶつからないように気を付けていれば、筏が勝ってに進んでくれる。


「ちょっと分かって来たかも。大切なのは力じゃなくて、タイミングとポジション取りだね」


 筏の上で自由に動けるのは僕だけだ。でもその立ち位置一つで、筏に加わる力は大きく変わってくる。流れに合わせて適切な位置取りをすることで、筏を自由に動かす事が出来る。

 例えば、筏の向きを変える時は、前方に立てば急旋回が可能で、後方に立てば細かい操作ができる。また、筏が岸に寄ってしまった時も、左右のバランスを調整してやれば、緩やかに岸から離れて、無駄に竹竿で操作する必要もない。

 これらを理解すれば、無駄に力を使う必要がなく、安全に川を下れそうだ。


「うーん、川下りも奥が深い。まだまだ経験を積まないと駄目だね」


 もし、この輸送手段が確立できれば、今回みたいな事態意外にも、狩り意外に当てていた時間を他の事にも使える。

 まだまだ筏の作成など、改善する部分は多く残っているけど、それらも簡略化できれば多くの時間を確保できる。その時間を使って更に獲物を探してもいいし、他の事に時間を使ってもいい。

 生活に幅が持たせられるから、姉さんの為に薬草採取にもっと時間を掛けられるし、みんなと遊ぶ時間も増やせるから、本格的に取り組んでも良いかもしれない。


「うん、うん。順調だね。でも、そろそろあの場所だ……」


 幾つかの方向転換を乗り越え、前方に一段と流れの激しい場所が見えてきた。

 この川最大の難所である激流ポイントだ。


「昨日はここで筏がバラバラになっちゃったんだよね」


 今思えば、竹を並べて結び付けただけの、今では筏と呼ぶのも恥ずかしい物で、よく昨日の僕は激流に挑もうと決断したものだ。

 今なら回避一択なのだが——今回の筏は一味ちがう。

 それに、ザントに激流を超える時のアドバイスも貰っている。

 川幅が狭く、流れが速くなっている場所は、川底が高くてそれ程水深が無い可能性があるらしいので、重心を後ろにずらして、船首を持ち上げるのがコツらしい。

 それにより、水の抵抗を受けて、船首が持ち上がり、一瞬だけでも浅い場所を抜けられる川下りの極意を一つ伝授されたのだ。


「ふっふっふっ、昨日までの僕じゃないぞっ。この試練! 超えて見せるっ」


 細心のの注意を払って、筏の向きを定める。この時、決して流れに逆らうように突入してはならない。飽くまでも主導権は川の流れにあるのだ。僕はそれに逆らわず、その力を利用する。


「さあっ、いくよっ」


 誰に宣言するでもなく僕は意気込む。

 事ここに至っては、竹竿も役にはたたないので、筏に固定して飛んでいかないようにしている。

 船尾に回り、姿勢を低くして重心を最大限筏の後方によせる。

 すると、相対的に持ち上がった船尾が、加速する流れの煽りをうけて、更に高く持ち上がり、筏は一気に加速する。

 決して軽くない荷物を積んだ筏だが、最大限に加速したその姿勢のままに流れ込む水を無視して激流を飛び出した。


「お、おおおっ。飛んだー」


 筏はその勢いのままに、水位の違いで流れ込んでいる川の流れを無視して、一気に前方に躍り出る。

 その瞬間を切り取れば、正に空に舞い上がる箱舟のように、宙を飛んでいる。


「後は、着ちいいいいいー」


 だが、筏は空を飛ぶ用にはできていないので、当然元の川に居場所を求めて戻って行く。

 そして、重心が寄っている筏は、船尾が深く沈み込み、その揺り戻しで後部が高く跳ね上がった。


——ザッバーン。


 そこには、昨日よりも激しい水しぶきが舞い上がった。


「ぷっはぁ、はぁ、はぁ。そうか、重心を寄せたままだとこんな反動があるのか、……空中で真ん中に移動しろと?」


 水面から顔を出して、筏の縁に捕まって息を整える。昨日の筏ならそれだけでひっくり返りそうなものだが、今日の筏はそんな事ではびくともしない。

 水中を蹴って、勢いよく筏に上がっても、多少揺れただけで、直ぐに元の姿勢に戻る。


「はー、なんにしても今回は……大成功かな?」


 昨日と違い、激流を乗り越えた筏は、それまでと変わらない姿で、悠然と川の流れに乗っていた。

 どこも壊れることなく、何一つ失うことなく、穏やかな流れと共に筏は進む。

 ここから先は、急な方向転換や、急激な加速もないので、後は緩やかに湖まで川下りを楽しめる。


「ああ、昨日は気付かなかったけど、川の流れに乗るのって気持ちいいんだね……」


 柔らかい風と、小鳥の鳴き声を聞きながら、のんびり流れに身を任せるのも悪くない。


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