第36話 DIY

「さーてっ、始めますかっ」


 今日は、普段森に入る時とは違う道具を持って、拠点へとやって来た。

 昨日ザントから聞いたアドバイスを基に、簡単な設計図を書いて、現場で悩まないように必要な道具も準備してきた。

 昨日は、単純な構造だったから、複雑な加工を必要としなかった。だけど、今日作る物は前回の筏に比べて複雑な加工を必要とするので、幾つかの大工道具を持って来たのだ。


「まずは底木の加工かな。……まあ、これが一番面倒だけど」


 ザントのアドバイスから、筏の中核を成す底木、船で言う所の竜骨と呼ばれる重要な部分を、重みのある木材を充てる事にした。

 これで、筏の重心を底に持ってくる事で、流れの強い場所でも横転しないようにする。

 幸い、態々切らなくても、そこら中に真新しい倒木があるので、十分な厳選をして良い物を拾ってきた。


「まずは丸太を小判型に加工して……」


 丸太の二面を真っ直ぐ切り取る。この筏作り最大の難所であり、最も技術が求められる。真っ直ぐノコギリで長い目んを切るのは、これが意外と難しい。一応切断面を平らにならす道具も持って来たけど、この作業に時間を掛けると、いつまでも筏が完成しないので、大胆かつ繊細な作業が求められる。


「これは……中々……」


 真直ぐ切るのが難しい。

 速度をだすと切断面が歪むし、慎重に切ると遅々として進まない。何か当て板かしてリードを作ればいいのだが……。


「あっ、道糸を張れば良いのかっ!」


 普通の糸では無理だが、魔糸に強度をもたせたら、下手なリードを付けるよりも手軽に真っ直ぐ切れる。

 それに気付いてからは早かった。多少乱暴に切っても切断面が真っ直ぐになるので、時間の短縮に繋がる。

 片側が終われば、反対側も同じように切り出し、今度はズレ防止の溝を片側二本、そして紐を括る為の切込みを一定間隔で作っていく。リードの使い方を見つけてから、作業効率は一気に進み、木材加工は予定より早く終わった。


「順調だね。 次は竹を縛るんだけど……」


 竹を縛る時は、前回の失敗を生かして、隙間ができないように束ねる様に結んでいく。この時も、結び目が緩まないように魔糸で補強しながら、固く締め付ける。

 ザントが言うには、いくら船のような形をしていても、素人技術で使った筏では浸水は必須だという事で、最初から筏の半分は水に浸かる前提で、浮力は上部に集まるように筏の上部に竹を多く束ねる。


「これは意外に紐使うな、……足りるかな?」


 家から頑丈な麻紐を大量に持って来たけど、何カ所も縛る必要があるこの筏を作るのに十分な量を用意したつもりだったが、いざ始めてみれば予想以上に紐を使う。

 でも、全体の重量を支える為に、縛る場所を減らすわけにはいかない。筏は一ヵ所が緩むと、全体に歪みが及ぶ。強い衝撃を受けても緩まない頑丈な作りを求められる。


「それにしても、これは持ち運べる重さじゃないね。再利用は無理……いや、一番時間が掛かる底の木材だけでも持ち運べれば楽に……竹を固定するパーツを作れば……」


 紐を結ぶ単純作業に、色々と考えが浮かんでくる。

 今回は紐を使って竹を結んでいるけど、専用の固定器具さえあればこんな手間を賭けなくても済む。実質、決まった長さの竹さえ準備できれば、比較的簡単に筏を準備できるかもしれない。


「今度ザントに相談してみようかな?」


 ザントの意見がなければ、今回の筏輸送は頓挫していたかもしれない。それほど彼が齎してくれたアイディアは、この筏作りの根幹をなしているからだ。

 今回の事で、水上での知識が豊富なのは分かったから、僕には思いつかない良いアイディアをまだまだ持っているだろう。


「よーし、両側面は出来たっ。後は、前後の竹束を結び付けれて、間に何カ所か支えの横板を入れれば完成! の、はず」


 既に、丸太一本と、五十本近い竹を使用された筏は、それに見合った重量になっていて、本当なら一人でどうにかなる作業量を超えている。でも、そこは魔糸を最大限活用して、周囲の木々に吊るす事でなんとか作業しやすい形状を保っている。

 使用されている竹は生竹なので、浮力の確保に数を必要とする。もし、これが乾燥竹であれば、素材の量を減らせるかもしれない。

 それから、事前に組み上げていた前後のパーツを取り付けていく。片方だけに重量が偏らないように、慎重に取り付ければ、見た目は殆ど完成だ。


「おおっ、自分で作っておいてなんだけど、結構いい出来栄えじゃないかな?」


 見た目は殆ど船のような形をしていて、中も結構広く。十分なスペースを確保できている。前方には、水の抵抗を減らす為に傾斜をつけて、半分に割った竹を添えている。

これで、少しでも水の抵抗を減らし、筏をコントロールしやすくする工夫だ。


「後は、獲物を引き上げて積み込めば良いんだけど……このままだと流石に魔糸も支えている木ももたないよね……」


 何も積み込んでいない状態でも、この筏を支えている木は軋みを上げているのに、これ以上の酷使は不味い。これらの木々は、獲物を解体する時にも利用しているので、なくなると今後の狩猟活動に支障がでかねない。

 しかし、筏をこのまま水に浮べても、構造上重心が高いのでひっくり返ってしまう。だから、完全に支えを失くさず、少しづつ獲物を積み込んで、バランスをとりながら、段階的に吊り下げている魔糸を減らしていく。

 まずは、一番大きな獲物であるボアの肉を筏の中心に括りつける。

 この時、絶対に獲物が動かないように、過剰なまでに固定するのが大切だ。航行中にバランスが崩れると、ひっくり返ってしまうかもしれないので、確りと固定する。

 続いて、バランスをとりながら、サイズの違う獲物を載せていく。

 獲物を三体も積み込んだあたりで、筏は自らバランスをとれるようになり、上からの支えが無くても見事に水面に浮いた。


「お、おおー。実際浮いているのを見ると、また違った感動があるね……」


 昨日の筏とは雲泥の差で、ちょっとやそっとじゃひっくり返りそうもない。

 残りの得物を積み込めば、多少筏の上で暴れても、確りとバランスを保っていた。僕が筏の端に寄っても、多少傾くくらいで、ひっくり返る様子は無い。これなら、立ったままでも十分川を下る事が出来る。


「よし、最後に足場と、肉が日焼けしないように笹を敷き詰めれば完成だねっ」


 縦に長い筏の中は、得物を運ぶ為のスペースが殆ど水の中に浸かっているので、自分が動く場所を確保する為に、中心部分を半分に割った竹で足場を取り付けていく。

 そして、残りの露出している部分に柔らかい草や笹を載せていけば、太陽光で肉を傷めることも無い。

 これで何時でも出発できる。


「う゛~~。できたぁー。僕頑張ったっ!」


 正直、自分でも驚くほど、確りとした筏が出来上がった。確認の為に筏の上を歩き回ったけど、何処に立ってもひっくり返ることはなく、飛び跳ねても安定している。

 重量と浮力のバランスもとれているので、非常に安定した筏が出来上がった。


「はぁ~、でもちょっと魔力を使いすぎたから……休憩」


 流石に、魔力が高いといっても、何本もの魔糸を半日以上維持し続けるのは疲れる。魔力が不足していると、集中力が乱れがちになるので、できれば万全の状態で出発したいので休憩は必要不可欠だね。


「さて、今回大変お世話になった竹をリスペクトして、種類は違うけどクマザサ茶で一服しようかな」


 このお茶は、穂のない葦のような背丈の低い竹の葉を乾燥、煎った茶葉をつかったお茶で、仄かに甘くて疲れた体にやさしい。

 ただ、残念ながら笹を乾燥させていないので、取り立ての笹を小さく切り刻んで、好きレットで煎る手抜き茶葉だ。

 水分が飛んで、葉がクルリと丸まれば完成。

 後は、普通のお茶と同じように、湯を注いでやれば出来上がり、森の中でも簡単に味わえる天然のお茶の完成だ。


「はふ~、夏でも川の水は冷たいから、身体が温まって嬉しいね~」


 友達には、たまに爺臭いと言われるけど、こういうお茶の時は思わず息が漏れてしまう。特に、重労働の後のティータイムは最高だ。

 こうして僕は出発までの時間、甘く美味しいお茶を楽しんで過ごした。


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