第35話 素人知識の限界
「うわわっ、危なっ」
森の中を流れる川は意外と激しい。
狭い川幅に流れ込む水は、複雑な流れを作って、オールで漕いでも思うように進まない。今は殆ど、流されるままになっている。
「おわっ、またひっくり返るっ」
そして、筏は意外とバランスを取るのが難しい。横波に煽られてひっくり返った回数を数えるのも、もはや億劫だ。
「これ、下までもつかな……」
そして、何より問題なのが、川に投げ出されるたびに、魔力を操る為の集中が途切れて結び目が緩み、既に筏は最初の原型を保っていない。かろうじて筏の体を成しているだけだ。
だが、それでも川は流れるので、今回一番確認しておきたかった最も川幅が狭く、流れのはやいポイントへ差し掛かった。
「嫌な予感しかしない……」
これまでの道のりで、この先を乗り越えられる自信など木っ端みじんに砕け散った。
寧ろ今は、怪我する前に離脱するかを考えている。
でも、この方法が通用しないと、獲物を持ち帰る事が出来ないので、小さなヒントでもいいからみつけたい。
「僕ならできる。僕ならできる。僕なら——」
父さんは、絶望的な状況程自信を持てと教えてくれた。
きっと、今がその時なんだ。かつてない程、それこそホブゴブリンを相手に下ときよりも、絶望的な今の状況を打破するには、自信を持って挑まないといけない。
「——できる。僕ならできるっ。よしっ!」
覚悟を決め、邪魔でしかないオールを投げ捨てると、できるだけ姿勢を低くして筏にしがみつく。
これまでの経験で、この姿が一番バランスが取れる事が判明しているのだ。
「よっしゃっ、こおおお、おっ、おっおわあああああ」
覚悟を決めて難所へと挑むと、水位の落差で傾いた筏に投げ出されて、盛大に水しぶきを上げて川へ突っ込んだ。
「……ぷはぁっ。い、筏はどうなった!?」
幸い、水位はそれなりにあったので、川底に叩きつけられる事は無かったけど、水面から顔を出して、周囲を見渡してみると、無残にもバラバラになった筏の残骸が、川の流れのままに漂っていた。
「……」
こんな時、意外と何の感情もわかない。正直、突入する前にこうなる気はしていた。分の悪すぎる賭けに当たり前のように負けた時のような諦めに近いかもしれない。
「うん、知ってた」
ただ、何時までも呆けている訳にもいかない。浮力の高い竹は、僕を置いてどんどん流れて行ってしまうので、早く集めなければならなかった。
僕は視界にある筏の材料に魔糸を伸ばし、適当に纏めて括りつける。流されながら横向きに竹を括りつけるなど至難の業なので仕方がない。
それぞれの竹が折り重なるように括り、竹が暴れないように隣り合う竹どうしも結ぶ。
「よいっしょ。……あれ? さっきより安定する?」
竹を束ねた事でできた段差を利用して、女の子が据わるような姿勢になってしまったけど、何故か先程の筏よりも安定感がある。筏の幅が狭まったのに、先程よりバランスがとりやすく、この状態なら多少の揺れではひっくり返る事はない。
「なんでだろ……? あ、横向きの竹は無い方がよかった?」
偶然近くに流れてきたオールで操作してみても、先程の筏よりもスムーズに向きを変えられる。それに、横向きに加わる力もあまり感じない。
進行方向に逆らうように配置されていた横向きの竹がなくなるだけで、まるで別物だ。いや、実際別物に様変わりしちゃったけど、この調子なら下まで降りることも出来そうだ。
なんて考えていたら。
「着いた」
難所を超えてからは、一度も川に落ちることなく、平和な川下りとなった。
それこそ、これまでの苦労は何だったのかと言いたくなるような快適な工程が続いて、気が付けば湖に到着していた。
ただ、問題があるとしたら、今僕の手にあるオールの性能では村まで移動するのが難しい事だろう。
盛大に川に投げ出されて、一度完全に魔糸が解除されてしまった時に、水を掻く部分が流されて行方不明になってしまったので、今はただの竹の棒になり果てている。
最悪、岸に魔糸を引掻けながら移動する事も出来るけど、それなら陸に上がって移動した方が早い。
一応の検証は終わったので、それでも問題無かったのだが、考えを纏めている時に、不意に影が差した。
「なにしてんだアルム?」
それは、漁から戻る途中のザントであった。
*
「ぷっはっはっはっはっ、それで川下りかよ。アルムって偶に馬鹿だよなっ」
竹筏を破棄して、ザントが操る小型の漁船に引き上げてもらって、これまでの経緯を話すと、ザントは笑いを抑えられずにお腹を抱えて笑い転げた。
「仕方ないじゃん。僕からしたら深刻な問題なんだよ」
「はっはっはっ、はぁ、はぁっ。いや、すまん、すまん」
ザントはまるで悪びれていない謝罪を返して、目に溜まった涙を拭う。
「でも、そのかいあって、幾つか改善点を見つけたから、次はもうちょっとマシになるよ」
「へー、どんな事だ?」
そこで僕は、今回の川下りの中で発見した事を話した。竹の結び方、バランスのとり方、流れに逆らわない筏の運用、それをザントは真面目に聞いて考え込む。
「んー、確かにそれは直した方がいいけど、それだけじゃ足りないな」
「足りない?」
「ああ、重い物を運ぶならもっと高い浮力が必要だし、その形状じゃ重量が増したらひっくり返る。それに、船の上で立ってバランスを取れない時点で、そんな重い物を運べるとは思えない。最低限立っても安定してないと無理だと思うぞ」
この時、僕は予測もしなかったザントの知的な一面を見て、驚きで放心してしまった。
ザントと言えば、率先してしょうもない事を行う代名詞。それが皆の共通認識だ。
それでも、大事な所では皆を纏めてくれて、引っ張ってくれるリーダー。だから普段のザントは何方かと言えば、アホの子扱いが似合う知的とは程遠い存在なのだ。
「あん? どうしたアルム?」
「い、いや、それで、ザントはどうしたらいいと思う?」
ザントの意外な一面に、おもわず素直に質問を返してしまったけど、これが意外なほど、為になる話だった。
ザントの話では、平たい筏は重心がズレたらひっくり返ってしまうので、ある程度船のような形が理想で、筏の中心に重心が来るように、竹よりも重い素材も使った方がいいらしい。
そうする事で、筏の上に立ってもバランスが取れる安定した筏になるらしい。それに、形状もなるべく水の抵抗を受けない形にして、オールの代わりに長い棒にした方が湖の移動も可能になると教えてくれた。
その理論的な話に、思わず舌を巻いてしまった。
僕が気付いた事以上に、それは理に適っていて、いくつもの問題点を指摘してくれる。
「あとは、きちんと紐で結んだ方がいいぞ。急な横揺れで川に落ちないとも限らないし、それこそ洒落にならないだろ?」
「そうだね。流石に今回の事で懲りたから、次は紐を持って行く事にするよ」
それから、岸に着くまでの間、ザントに意見を聞きながら、筏の理想的な形状や、素材の使い分けに、どういったバランスで獲物を積み込むのがいいかなど、様々な事を助言してくれた。
そのあたり、流石漁師の息子なのかもしれない。
水の上に浮かぶもののイメージが確りできていて、バランスを崩す構造を提案すると、直ぐに指摘してくれる。
伊達に毎日船を操っている訳ではないようだ。この話をしている時のザントの顔は、真剣そのもので、既に漁師としての自覚を持っているらしい。
悔しくも、この時のザント少し格好良かった。まあ、恥ずかしいから本人には言わないんだけどね。
「ちゃんと運んで来れたら、肉の差し入れ待ってるからなっ!」
やっぱり、ザントはザントだった。
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