残暑の秋

第34話 大収穫の弊害

 木漏れ日の射し、残暑が去年よりも尾を引き、紅葉を忘れた木々が青々とする森の中、重く低い音が木霊する。


「よしっ、今回のノルマは達成かな」


 ホブゴブリンを倒して約一月、次第に戻って来た動物たいは、再び森を賑わせていた。

 一月近く獲物が取れなかった僕たち狩り人は、日々精力的に仕事に励み、本来の遅れを取り戻す勢いで獲物を狩る。

 それでも、以前より多くの獣が森を闊歩し、その数を減らすどころか日々増え続けている。

 これは狩人にとっては有難い事だが、未だ傷跡を残す森にとっては死活問題だ。食物連鎖を支える下地が揺らいでいる時に、増え過ぎた獣は容易にそのバランスを崩す。

 だから、僕たち狩人はそのバランスが崩れないように、増え過ぎた獣に狙いを定めて狩りをしている。


「確か、解体待ちが三体に、冷却中が二体……いや、これで三体か。うん、一人じゃとても無理だ」


 そして僕は現在、深刻なオーバーワークに悩まされている。

 多少無理すればどうにかなるレベルを超えていて、抜本的な改革を求められている。

 何か対応策はないかと考えながら、いつものように獲物を運んでいく。

 僕がいつも狩りをしている辺りは、比較的被害が少なくて、獲物の数には事欠かない。その結果新しい悩みが増えた訳だけど、最悪村の人に頼んで運んでもらうしかない。

 それでも不思議な物で、考え事をしていても作業に支障は無く、手早く血抜きと内臓取りを終わらせて、川底に沈める。

 獲物の数が多すぎて、全てを川底に沈めるには何時もの拠点は狭すぎる。


「取り敢えず、休憩しながら考えよう」


 思考の迷路に迷い込んだ時は、一度気分転換をすると、思わぬ切掛けで良いアイディアが浮かぶ事がある。それに、お腹が空いていては、纏まる物もうまくまとまらない。

 いつものように、取り出した内臓を一口大に切り分けて火に掛ける。正直、ここ数日獣の内臓ばかり食べている気がする。

 勿論、村に帰った時は、それ以外の物も口に出来るのだが、泊りがけの狩りも行うので、余った肉を無駄にするのも憚られるので、何とか全部食べているのだが、正直飽きた。

 秋口にはいったのに、未だに暑い日差しが憎くて仕方ない。


「まず、いつも通り運んだらどうなるだろ?」


 今確保している得物の数は六体。それも大型の物ばかりなので、普段なら一匹で二日掛けて運ぶような得物だ。多少無理して運んでも、後半の肉は腐らせてしまう可能性がある。

 これは却下だ。


「あとは、さっきも考えたけど、誰かに頼んで運んでもらえるか……」


 これだけの肉を運ぶとなると、かなりの人数がひつようになる。

 日々身体を鍛えている警備隊の人たちでも、この森の移動にはかなり苦労していた。そこを素人が歩いて移動し、重い荷物を持って帰るのは少し無理がある。

 それに、この季節は何かと忙しい。特に、取り入れが始まるだろう農家は、他から人を雇いたいくらいだろう。とてもでは無いが手伝ってもらえるとは思えないし、大きな戦力にはならない。

 仮に、日々身体を鍛えている冒険者を雇ったとしたら、どうだろうか?

 ……いや、無理だ。

 これまたこの季節、冒険者は護衛の仕事で忙しい。基本的に村に住んでいる冒険者以外は、何かしら護衛の仕事でこの村に足を運んでいるので、暇ではない。そして、この村に住む冒険者にしても、この季節人手が欲しい処に雇われているだろうし、村に住む故の繋がりがあるだろうから、そちらを優先するだろう。

 とても十分な人数を確保できるとは思えない。


「あとは……荷運びの動物を借りたらいけるかな……?」


 ミミの処で飼っているような、力の強い動物に荷物を括りつけて運べば、楽に済みそうだけど、家畜化された動物は体力がすくなく、重い荷物を足場の悪い森の中で歩き続けるのは難しい。

 それに、下手に足を怪我されては、二度と今までの仕事ができなくなるので、飼い主もいやがるだろう。

 それに、慣れない環境は病気になりやすくなるし、肉食の獣の臭いに怯えて動かなくなってしまうかもしれない。とても現実的とは言えない。


「最悪、魔糸で振り子移動しかないかな?」


 もはや、大量輸送となれば、人力は不可能、そうなると魔力を使った移動なら行けなくもない。

 でも、あの移動方法は、森を傷つけかねないし、騒音を立てて獣の死体を運ぶなど、折角戻って来た森の生き物たちが再び居なくなってします。

 これは完全に下策だ。


「ああ、名案って浮かばないな……」


 何一つ解決方法が思いつかなくて、途方に暮れてしまう。

 それに頭の使いすぎで、動いていないのに疲れてしまった。

 食べているお肉も、本来は美味しい物のはずなのに、食べ過ぎて余りおいしく感じないし、若干胃もたれ気味だ。お肉以外の物が食べたい。


「はぁ……」


 もう何も考えたくなくて、変化の無い川の流れを眺める。僕が必死に良い考えが浮かばないか頑張っているのに、水はただ流れに任せていればいいのだから楽そうだ。

 僕もあの水の様に流されたい……。


「……流される? 川? 川下り!」


 まるで、暗い霧の中を彷徨い続けていたのに、突然その霧が晴れて光を取り戻したかのように、頭の中がクリアになり、名案が浮かんだ。

 そもそも、僕は川辺に拠点を築いているのだ。そして、川はそれなりに深く、船でも入ってこれ……ないな。

 確か、この川を下る時に、一度だけ岩が突き出ている場所があって、そこは流れが激しく、とても船が登ってこれるような場所じゃない。

 船で移動するのであれば、一度丘からこの場所まで船をもってかなければならい。


「いや、待てよ……。船が駄目なら筏を作ればよくないか? 幸い材料なら余る程転がってる……」


 良いアイディアは、時として連鎖する。

 今僕の頭の中には、完璧な輸送プランが組み上がっている。これが成功すれば、今後の狩りにも役に立つかもしれない。


「そうとなれば早速——といきたいけど、今日は時間が足りないか……いや、小さいのを使って実験をするのに丁度良いかっ」


 流石に、行き当たりばったりで行うにはリスクが高すぎるから、まずは予行演習も兼ねた下見をしよう。

 出発した後に、無理でしたでは目も当てられない。


「よしっ、物は試しだっ」


 そうと決まれば、まずは材料集めからだ。

 でも、森の木は余り切りたくないし、木の浮力は意外と弱い。筏の様に、構成する素材其の物の浮力で浮かせるには、それなりに強い浮力が必要になる。

 だが、そこは問題ない。この森には、竹が多く群生しているので、それを素材として使おうと思う。

 使うのは、立派に成長した成竹で、若い物はつかわない。若い竹には節の中に水が入っている場合があるので、成竹の方が浮力を得られるからだ。


「これなら簡単に材料は集まるね。後はそれを繋いで……」


 今回はそれ程大きく無くてもいいので、数本の竹を切り出し、程よい長さにカットしたら、横軸の前後に二本の竹を置き、そこに並べた竹を魔糸で括りつけていく。魔糸の強度があれば、ちょっとやそっとじゃ壊れないので、これで十分だろう。

 後は、握り込むのに丁度いい竹に、半分に割った竹をオールの代わりに取り付ければ、即席簡単筏の完成だ。


「おおっ、思いの外いい感じになった。これなら簡単に運べるかもっ!」


 最後に、竹がばらけたりしないか確り確認も怠らない。水に浮いた時はちょっとした感動すら覚える。

 あとは、ひっくり返らないように、慎重に筏に乗ってオールの尻で近くの岩を押して——。


「よーしっ、出港だっ」


 ちょっとテンション上がってきた!



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