第33話 取り戻した物

「よぉっ、アル坊飲んでるかぁ?」

「僕にはお酒はまだ早いよ」


 顔を真っ赤にしたゴモンのおっちゃんが、酒の臭いを漂わせながら僕に近寄って来た。


「カッー、けち臭い事言うなよっ。多少飲んでもばれねーよっ」

「……あれを見ても?」


 僕の指さす方を、ゴモンのおっちゃんの視線が追う。そこに居るのは、微笑を浮べた姉さんだ。ただ、その笑顔には底知れぬ迫力がある。


「——っ」


 それを見たゴモンのおっちゃんは、声にならない言葉が、喉の奥からせり上がる。

 今は、あのホブゴブリン討伐から数日経ち、領主様からゴブリン騒動の収束を宣言する催し物が行われている。

 村全体を上げての催し物で、これまでの物資不足で溜まった村人のストレス解消に一役買っている。

 そんな明るい雰囲気の村人と違って、僕たち——主に僕とゴモンのおっちゃんの表情は暗い。


「ゴモンさん、私の弟にマダ何か?」

「いっいや、何もねーよ。たっ、ただ挨拶していただけだっ」


 ホブゴブリン討伐後、僕たちは証拠となる首級と魔石を持って村へと帰還した。

 数日の苦労が報われた為に、斥候部隊の面々も明るい表情を見せ、僕も森の脅威を排除出来た事に少なからず浮かれていた。

 今回の調査で手に入れた森の被害状況を基に、どうすれば早く森が元に戻るのかに、意識が向いていたのだ。この情報があれば、被害の酷い処を集中的に回復させれば、効率的に森を取り戻せると目の前の現実から目をそらしていた。


 そして、村に戻った僕たちを待っていたのは、笑顔で仁王立ちする僕が敬愛する我が姉アリスであった。

 それを見た瞬間、皆の身体が硬直し、次第に恐怖で震えだした。ホブゴブリンを目前にしても感じる事の無いほどの恐怖。絶対的な存在を前にしたような、抗えぬ存在に僕たちに出来る事はイエスマンになる事だけだった。

 僕はすぐさま自宅待機を命じられ、斥候部隊の人達は姉さんと『OHANASHI』する為に連行されていった。

 僕はその日から三日間、一時も姉さんから離れる事の許されない生活を送る事になった。風呂や寝る時は勿論、トイレすら制限時間付きで、それを超えると姉さんが乗り込んでくるのだ。

 僕はこの時、自分の浅慮に後悔した。多少の説教は覚悟していたけど、下手に怒られるより、こうして拘束される方が余程堪える。

 姉さんの拘束から解放された時は、思わず目から暖かい物が頬を伝ったよ。


「あら? アルムにお酒を勧めてるように聞こえたけど?」

「そそそ、そんな事はねーよ。アルムには世話になったからな。酌、そうお酌をしにきたんだよっ。勿論酒いがいだぞっ!?」


 姉さんとゴモンのおっちゃん達のOHANASHIは、日が暮れた頃に始まって、朝日が昇るまで続いたらしい。

 尤も、報告があるとかで、ゴモンのおっちゃん意外は早めに解放されたようだが、その分ゴモンのおっちゃんに集中砲火を浴びせられたようで、あれから数日精気の抜けた顔をしていた。

 正直、ちょっと申し訳ないと思わなくもないけど、僕もこれ以上姉さんのお仕置きは耐えられないので、ここは大人を頼らせてもらうことにする。


「そうかしら? 私には違うように聞こえたけど。これはも一度お話が必要ですね」

「いやっ、ちょ、ア、アルムからも——」

「姉さん、僕他の人に挨拶してくるね」

「ええ、行ってらっしゃい。遅くならないようにね」


 僕は元気よく返事を返した後、知り合いを探しに歩き出した。後ろから人の事を裏切り者扱いする言葉が聞こえるけど、僕は村の人を大切にしているので、誰か別の人に向けた言葉だろう。


*


 僕は気分を切り替えて、人の垣根を森歩きで鍛えた歩行術を駆使して抜けていく。

 ゴブリンのコロニーが発見されても普段通りの生活を送っていた村民も、無自覚なストレスを感じていたのか、領主様から安全を宣言されたから知らず知らずに緊張していた心が解けていったようだ。


「あっ、アル君。こっちこっち~」


 誰か知り合いが居ないかと彷徨っていると、ここ数日で仲良くなったケリーさんとミーニャさんが一緒に呑んでいた。二人の周りには、空になった酒瓶がいくつも転がっている。

 ケリーさんは、お酒の匂いはするけど、普段とそれほど変わらないのに引き換え、ミーニャさんは顔を真っ赤にして、視点が合わさっていないのか、視線の先は空中を彷徨っている。


「ケリーさん、ミーニャさんこんにちは。……ミーニャさんは大丈夫ですか?」

「あはは、何時もの事だから気にしないでー。それより、アル君は何してるのー?」

「ゴモンのおっちゃんが姉さんの相手を代わってくれたので、散歩してました」

「あー、アリスさんね……」


 姉さんの話を出すと、ケリーさんは何処か遠い処を見る様に、視線が彷徨う。ゴモンのおっちゃんよりダメージは少ないと言っても、かなり絞られたらしい。


「あぁ~、アル君だぁ~。こっちおいでぇ~」

「おわっ」


 ミーニャさんに不意を突かれ、引っ張られるままに倒れてしまう。


「アル君は強くて、賢くて、格好いいにゃぁ~」

「……何この状況?」


 ミーニャさんは倒れた僕を抱き込むと、酔っ払いとは思えない力でホールドして、優しい手つきで頭を撫でてくる。酔っぱらったミーニャさんは、普段の印象とはがわりと変わって、甘やかしている時の姉さんのようだ。

 どうしたらいいのか分からず、ケリーさんに助けを求めても、困っている僕を見て彼女は笑い転げていて役に立たない。


「……お前らなにしてるんだ?」


 そこに、救いの神が現れた。

 呆れた顔をしたジェモさんが、美味しそうな魚の串焼きに、具沢山のサンドイッチを両手にこちらにやって来た。


「あははは、はぁはぁ。あっ、ジェモさんー。ミーニャさんの欲望が解放されちゃった」

「成程な、アルムも守備範囲だったか……」


 後日、ミーニャさんが謝りに来た時に知ったのだが、彼女は生粋の子供好きらしく、僕の身長が高いのもあって、素面の時は我慢していたけど、べろべろになるまでお酒を飲んだ結果我慢が効かなくなり、それまで我慢していたのもあってタガが外れたらしい。


「おぉおぃ、アルム何やってるんだよっ」


 更に、ザントを先陣に子供組が現れた。今日は珍しくココルも一緒で、皆何かしら食べながら歩いている。

 そして、皆が現れてから、僕の頭を撫でていたミーニャさんの手が小刻みに震えだした。ちょっと力が強くて痛い。

 僕は皆を紹介しようと手招きする。すると、最初に近づいて来たココル目掛けてミーニャさんが飛びついた。


「いやーん、ココルちゃんがこんなに近くに居るぅー。やだー、ほっぺたスベスベ~」


 放り投げられるように解放された僕の代わりに、一瞬でココルに近づいて取り付いた。


「なっ、なっ、なっ、なんですか!?」

「やーん、慌てたお顔も可愛いー」

「ボ、ボクは可愛くないっ」


 慌てたココルの言葉に、周囲の人は皆、内心突っ込みを入れる。

 この村でココルが可愛いのは皆の共通認識なので、いくら本人が否定しても誰も受け入れないだろう。


「うわーん、アルム兄ちゃん助けてぇー」


 瞳を潤ませて助けを求めるココルに見つめられると、なんとかして助けてあげなければならないという気持ちになる。

 もう少しココルが慌てふためいている姿も見たくない訳では無いが、流石にかわいそうなので、ココルを引きはがして美少女三人衆を押し付けた。


「あーん、でもミミちゃんもエリザちゃんもカレン様も可愛い~」

「えへへ、ウチ可愛い?」

「ちょ、おまっ、何だよ」

「何故私まで?」


 それから一気に周囲が騒がしくなる。

 やっぱり村には笑顔が溢れていて欲しい。皆で楽しく過ごすのが一番いい。魔物なんかにこの笑顔を奪われてたまるもんか。


「ふふふ、皆楽しそうね」

「姉さん……」


 何時の間にか近寄って来た姉さんが、ココルを抱えて慰めていた。


「頑張ったわね。」


 自分の頑張りを見ていてくれる人がいる。僕はこれからも、この笑顔溢れる場所で頑張っていこう。



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