第28話 外遊び
「おーい、みんなここに居たのかっー」
コロニー討伐の話が一区切りついた処で、僕たちに向かってくる二つの影が居た。
「あっ、ザント君とエリちゃんだっ」
僕はチョップの痛みで、涙で視界がにじんでいて、その姿が見えなかったけど、ミミのおかげで誰が来たのか分かった。
「あれぇ? アルム泣いてんのぉ?」
それを目ざとく見つけて、含みのある言葉を投げかけてきたのはエリザだ。目に優しくないピンクの髪を短く切り揃えた褐色肌の彼女は、一見すると男にも見える。ただ、彼女も僕と似た処があって、極一部が女性であることをでかでかと主張している。だから、ココルみたいに勘違いされることは無い。
「ああ、カレンチョップを受けてな」
「あー、あれは痛いよな」
なんとも実感の篭った返事を返すエリザ。その後ろでザントとトムも首を縦に振っている。
このメンバーで、カレンチョップを受けていないのはミミくらいなもので、皆なにかしらの理由で強烈なチョップを受けたことが有るのだ。
リーダー役はザントだが、裏番は間違いなくカレンだろう。
「それで、なんで二人はここに?」
「勿論、遊ぶためだぞっ」
ザントの屈託のない笑顔で返された答えに、始めからここで遊ぶことが決まっていたのを悟る。どうやら、家の手伝いで遅くなる二人を除いて、僕の確保にカレン達が先回りしていたらしい。
「遊ぶのはいいけど、何をするの?」
「やっぱりここに来たらソリだろっ、競争しようぜっ」
この牧草地帯は、この村に入植した時に、木材確保の為に切り開いた場所をミミの実家が買い取って、牛を飼う為に牧草を植えた場所で、程よい傾斜がついていて滑り降りると気持ちいい。
だから、僕たちはココを遊び場の一つにしている。
「でも肝心のソリがありませんよ?」
トムの言い分も最もで、現在僕たちは手ぶらな状態だ。各自、自分のソリは持っているけど、それはそれぞれの家に置いてある。態々ソリで遊ぶために取りに帰るにはちょっと面倒な距離だ。
「ふっふっふっ。こんな事もあろうかと、良い物を準備してきたぜっ!」
ザントは得意げな顔をして、腰に巻き付けてあった紐をほどくと、ドサリと少し重い音がして、何かが地面に転がった。
「あぁん? これは麻袋か?」
そう、それは何の変哲もない麻で出来た袋であった。
どこの家庭でも使われている有り触れた麻袋で、ちょっとしたものを運ぶときや、収納にも使える万能袋だ。
「そうだっ、これを尻に敷いて滑れば、ソリの代わりになるだろ」
「確かに、これならお尻を汚さずに滑れそうね」
「おうよ、それにソリより軽いから、登るのも楽ちんだぜっ」
確かに、ソリで滑る時の最大の問題は、再び滑る為に傾斜を上ることだ。基本的にソリは木材を加工して作られているんだけど、ある程度の強度を確保すると、どうしても重くなってしまう。
それを引きずりながら傾斜を上るのは、結構な重労働だったりする。
それに比べて、麻袋なら殆ど重みもないし、持ち運びも楽で、そんなに高い物でも無いから使い勝手がいいかもしれない。
「ザント君すごいっ! 天才だよっ」
「だろ? 父ちゃんが教えてくれたんだぜっ」
折角ミミが褒めたのに、あっさり人のアイディアだとばらすザントだけど、そこには誰も突っ込まない。良いアイディアはみんなで共有した方が楽しいからだ。
「よぉしっ、じゃあ誰が一番早く上に登れるか競争だなっ。よーいドンっ」
「あぁっ、エリザ狡いぞっ。まてこらっ」
競争と言いながら、真っ先にフライングしていくエリザに文句を言いながらザントが追いかけて行った。
その後を、僕たちも負けじと追いかける。
*
「僕の勝ちだっ!」
多少のハンデなんて何のその、直ぐにザントに追いついて、軽々とエリザも追い抜く。
普段森の中を移動して、足腰鍛えられた僕にとって、村の中だけで生活が完結している人に負けるいわれはない。
「はぁはぁ、アルム早すぎだっつーの。アルムは別枠だからアタイが一番だね」
続いて到着したエリザが、謎理論で僕を省って、一番を主張する。この子は僕たちの中でも特に負けず嫌いだから、偶に変な事いう。
「うがー、着いたー。俺が一番か!?」
「あんた目が腐ってるんじゃないの!? アタイが一番だよっ」
エリザは全力でブーメランを投げる。ここまで現実を捻じ曲げられる者もそうはいないだろう。
それから、カレン、トム、ミミと順当に到着して、揃って息を整えている。やっぱりそれなりの傾斜を全力で走ると、結構な体力を消耗する。
あ、これは良い訓練になりそうだから、ゴモンのおっちゃんに教えてあげよう。
「はぁはぁ、それじゃ、滑りましょう。折角一番上まで登ったんだから、長く滑れるコースで滑りましょ」
カレンの提案に、誰も意論は無かったので、揃ってザントの方を見るのだが……。
「……麻袋下に置いてきちゃった」
この後じゃんけんで負けたのが、今日一番の不幸だったと思う。
*
「さあ、滑るぞーっ!」
「「「おっー!!」」」
「お、おぉー」
「アル君大丈夫?」
一番下まで往復ダッシュをして帰ってきて、唯一心配してくれたのはミミだけだった。事の原因を作った張本人は、今にも滑り出そうとしている。
「ちょいまちぃ、どうせならみんな一緒に滑り出そうぜ」
滑り出そうとするザントの首根っこを掴んで、エリザは平和的な提案をしてきた。カエルが潰れたような声を出したザントを余所に、みんな仲良く並んでスタートラインに並ぶ。
「ほら、ザントも用意してください」
何時までも、もがいているザントに見かねて、トムが促す。
他のメンバーも早く滑りたくてウズウズしているので、一人もがいているザントに冷ややかな視線を向ける。
「ぐっ、お前ら……」
ザントは喉が痛くて真面に反論もできないでいる。
でも、一人先走るのがわるいんだから、甘んじて受け入れてもらおう。リーダーシップはあるけど、先走る癖は小さい頃から治らない。
「くっそー、この借りは滑りで返してやるっ」
ザントが謎の理論で勝利宣言をして、皆が並んでいる横に麻袋を敷いて座る。
これで、皆準備が整った。先程から、麻袋の隙間から牧草がチクチク刺さっていたので早くスタートしたい。
「よーし、皆用意はいいなー。カウントするぞー。3……2……1」
最後に用意を済ませたのを感じさせることなく、当然のようにザントが仕切ってスタートのカウントを始める。
「「「「「ぜろー」」」」」
「ちょ、お前ら狡いぞっ」
だからといって、僕たちがそれを守ってあげる義理はない。競争世界はいつの世も無情なのだ。
「やっほー、アタイがいちば——うぎゃっ」
スタートダッシュを決めて、真っ先に先頭に躍り出たエリザが、勢い余って派手に転倒した。
ソリと違って、バランスを取るのにお尻を巧みに操作することを要求される麻袋では、無茶な機動で滑ると直ぐにバランスを崩して転倒してしまうようだ。
これは参考になる。
僕にとってタイムロスは命取りになりかねない。体重の軽い皆と違って、重量が有る分安定はするけど速度がでない。
それに、皆より安定感が有ると言っても、この傾斜は一定の傾きをしているわけではなく、所々凸凹しているので、不意に膨らみに乗り上げるとバランスを崩しかねない危険がある。
「うおおおお、一番は俺だああああ」
僕の後方から無謀なスピードでザントが突っ込んでくる。でも、この先は——。
「え? あっ、うわあああぁぁぁぁ」
急激に傾斜がきつくなるので、勢いよく突入すると、それは瞬く間にジャンプ台へと様変わりする。
そして、何の覚悟もなく空へと舞い上がれば……。
「うべっ」
着地に失敗して派手にコケる。
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