第29話 勝負は無情

「わーい、ウチ一番~」

「あーあ、ミミに負けちゃったわ」


 前方では、一番小柄なミミが見事トップで到着し、それに続いてカレンがゴールした。


「ふむ、三番目ですか。でも男の中では一番ですね」


 それに続くはトム。僕と同じく堅実な滑りで見事に完走した。やっぱり重量差は大きなハンデとなっているようだ。


「皆早いね。スピード違いすぎる」


 そして僕は四番手でゴールイン。

 残りの二人は、途中のアクシデントで大きくタイムロスした結果、四位と大きく差を開けられてゴール。僅差で立て直しの早かったエリザが五位、六位のザントは負傷しつつなんとかゴールした。


「ちくしょう。あんな所にジャンプ台なんて反則だろっ」


 そして、地形に対して文句を垂れるザント。それは誰に言っても詮無き事だ。


「ああー、納得いかないっ。もう一回だっ。次は勝負をしようっ」


 そして、もう一人の転倒者が再戦要求。別に勝負はしていなかったけど、こういったのは負けると地味に悔しいものだ。


「いいわね。どうせならビリは罰ゲームなんてどう?」

「おっ、いいね。罰ゲーム何にする?」


 エリザの提案に乗っかるように追加ルールを提示するカレンは、自分がビリになるなんて夢にも思ってないようで、余裕の表情だ。


「あっ、こんどの村内清掃で、全員の分を肩代わりするってどうかな?」


 名案を思い付いたと言った表情で、ミミが結構えげつない事を言う。

 普通に掃除しても数時間かかる清掃を、六人分となると一日でも終わらないかもしれない重労働だ。坂滑りでその罰ゲームは余りにもむごい。


「そうね……、流石にそれは大変だから、上位三人の分を下位三人で清掃するのはどうかしら? それなら二人分で済むから現実的じゃないかしら?」


 ミミの提案を引き継いで、カレンが現実的な落としどころに持って行く。

 確かにこれなら丁度良い罰ゲームになるだろう。残念な事に敗者の数が増えたが、丸一日清掃作業をする過酷な罰ゲームは回避できる。


「おうっ、それでいいぜっ。でもカレンはいいのか? 領主家に清掃義務なんてないだろ?」


 そう、この罰ゲームに問題があるとすれば、本来この清掃作業に関係のないカレンが組み込まれる事だろう。仮にカレンが勝っても利はないけど、不利益は被る事になる。


「大丈夫よその程度。それにアタシは勝から関係ないわ」


 ああ、自信に裏付けされた確証があるんですね。だったら、その提案受け入れましょう。


「いいんじゃない? 本人もこう言ってるし、普段僕たちがどれだけ苦労して清掃作業をしているのか、カレンに知ってもらうのに丁度良い機会だと思うよ」


 僕が肯定すると、皆の顔色が変わった。

 この清掃作業、実は地味に大変な肉体労働なのだが、一部を除いた10歳を超える村民皆に義務付けられている。カレンはその一部の一人なので、その苦労をしらないだろうから、仲間想いな僕たちは、その苦労を共有させてあげようと思うんだ。


「貴方達……。アタシを甘くみると痛い目に合うわよ」


 こうして僕たちの清掃作業を賭けた戦いが始まった。


*


「おい、今度はズル無しだからな」


 先程と同じように、一番上まで登って一列に並んぶ。左からエリザ、ミミ、僕、カレン、トム、ザントの順番だ。ザントは先程の全員のフライングが気に入らないのか、皆にくぎを刺すのを忘れない。

 先程のは勝負じゃなかったからフライングをしたけど、流石に今回はそんな事はしない。


「そうね……今回はコイントスで、コインが地面に着いたらスタートでどうかしら?」


 カレンの提案に皆が同意する。これなら誰もが公平にスタートを切る事が出来るし、誰かがフライングしても直ぐに分かる。なかなかの両案だ。


「よし……、でもコインなんてどこにあるんだ?」

「大丈夫よ。アタシが持ってるわ」


 そう言ってカレンは懐から銀貨を取り出す。これ一枚で村の宿なら一泊して夕食もついてくるから、子供からしたらそれなりの大金だ。

 そんな大金をコインとすに使うなんて、流石貴族令嬢と言った処だろうか。こんな牧草が生い茂る場所で投げたら見つけられなくなるかもしれないのに躊躇がない。


「それじゃあ皆準備はいい? 3カウントで投げるわよ。3,2,1」


 そして、コインはカレンの手から放たれた。

 高く弾かれたコインは、風の煽りを受けて若干右に流されてるけど、結構前方に放たれたから問題なく皆に見える。

 そして、夏の日差しを反射しながら回転していたコインに皆の視線が集中して、地面に着いた瞬間ほぼ同時にスタートした。

 しかし——


「ちょ、ちょっと、トム近っ——うぎゃあぁっ」


 スタートと同時に、トムがザントに向けて思いっきり体当たりをかまして、二人そろって盛大に転倒した。


「はっ、銀貨は何処ですかっ」


 普段聞かないような、必死なトムの声が後方から聞こえてくる。

 僕は思わず後ろを振り返ろうとしたとき、偶然カレンの呟きを拾った。


「ふふふっ。所詮、守銭奴。ちょろいわね」

 悪寒が僕の背を走る。

 カレンはこれを計算して、スタートの合図にコイントスを提案したんだ。それも、トムが確実に釣れるように銀貨まで使って……。商人の息子であるトムは、お金の大切さを耳がタコになる程聞いているという話を聞いたことが有る。その刷り込まれた習性をカレンは利用したんだ。


——ニヤリッ。


 一瞬、カレンと視線が重なって、その口角が上がったように見えた。

 恐ろしい。カレンは勝つために手段を択ばないのだ。それでいて、周囲には汚い手を使っている事を悟らせない強かさがある。

 これは油断していると、僕まで喰われかねない。


「あっはっはっー。今度こそアタイが一番だー」

「エリちゃん、待ってー」


 僕がカレンの、一連の策謀に意識を持って行かれている間に、エリザとミミがトップを競い合っていた。

 そして、その後にカレンが続く。

 一瞬遅れた僕は、急いでその後ろを追随するが、どうしても重量の分スピードに差があって、少しずつ先頭集団と離されて行く。


「お先に失礼するわね。アルム」


 まさか、カレンはこれを見越して二人を脱落させたのか?

 最初から僕が大きなハンデを背負っている事に気が付いていて、脅威に成り得る二人を先に始末した。あとは、アクシデントでも無ければ女の子集団でワン、ツー、スリ―フィニッシュだ。このエセフェミニストがっ。

 何より、僕をはなから敗者扱いしているのが気に入らない。

 こうなったら手段を選んでいられない。自分の持ちうる全てを使って勝ちを取りに行くしかない。

 幸い、禁止事項は特にないので、特技を用いても問題ないはずだ。


「むっ」


 僕は、麻袋の隙間に魔糸で安定感を持たせ、さらに加わる力を集中させることで、摩擦力を軽減する。

 すると、少しずつではあるけど、戦闘集団との差が少しずつ狭まって来た。


「アルムもなかなかやるわね。でも、まだまだ甘いわ」


 カレンは一早くこちらの変化に気が付き、生い茂る牧草を一つかみして引きちぎり、後方を滑る僕に向けてまき散らす。


「うわっぷっ。カレン汚いよっ」

「ふふふ、勝った者が勝者なのよ」


 何を当たり前のことを言っているんだと思うけど、たしかに負けてしまってはそれまでだ。汚いなんて言葉は、敗者の言い訳にしか使えない。

 こうなったら、こちらも最後の手段だ。

 僕は魔糸をカレンに向けて勢いよく伸ばす。カレンを主軸に、その勢いを殺しつつ、こちらの勢いを増せば、まだまだ挽回の余地がある。


「くたばれっカレンっ」

「っ」


 僕が伸ばした魔糸は、カレンに届く直前に、巧みな身体捌きで主軸をずらす事で、見事に避けられてしまった。視認も難しい筈の魔糸を、ほぼ直観で避けるカレンのセンスは凄まじい。


「いぃーやっほーぅ。これで一位はアタイのもんだぁー」


 だけど、伸ばされた魔糸は、カレンの前方を爆進して、最後の直線に入ろうとする最も不安定な姿勢のエリザが乗る麻袋へと絡まる。

 すると、最後の直進で最高スピードに乗ったエリザの麻袋には、僕の体重が加わって急激な減速をみせる。その、不意の減速に身体が付いて行かなかったエリザは——


「にゃ!? あきゃぁぁぁー」


 普段聞く事の無い、女の子らしい可愛い悲鳴を上げて吹き飛んで行った。


「わーい、またまたウチが、一っばーん」


 僕は無事、三位になった。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る