第19話 お家に帰ろう

「あっ、アルム! お疲れ様、おそかったわね。って、その女なに?」


 あの後、シーラ姉ちゃんをどうやって運ぶかで一悶着あり、結局僕が背負う事で落ち着いた。

 僕の荷物をケリーさんにお願いして、シーラ姉ちゃんを背負っての移動は大変だった。ミミみたいに小柄で軽い女の子なら兎も角、成人した女性を背負っての移動は足への負担も大きい。

 結局、みんなと合流するのが最後になってしまった。

 そして、僕たちが集合場所に着いてから、最初に投げつけられたのが冒頭の言葉だ。後半の言葉に冷たい物を感じたのは僕の勘違いだろう。


「ほら、姉さんも知ってるでしょ。パディー村のシーラ姉ちゃんだよ」

「ふーん、確かに似ているわね」

「うぅ……本人であります」


 何故かシーラ姉ちゃんは、僕の背中で隠れる様に縮こまる。

 その気持ちは凄くわかる。偶に姉さんから凄い迫力を感じることが有る。そんな時、下手に逆らうと、後々大変な事になるので、こんな時は逆らわないのが一番だ。


「そう、それで、何故アルムがシーラさん(偽)を背負っているのかしら?」

「うっ、信じてもらえないであります」

「うん、それも含めて説明するから、ケント兄ちゃんは何処かな?」


 こんな時は、余計な事を言わずに、ありのままの事実を伝えるに限る。


「私ならここに居るよ。シーラ嬢、お久しぶりです。色々お伺いしたい事がありますが、それはゴモン達の話を聞いてからにしましょう」

「ケント様、お久しぶりであります。うぅ……信じてもらえたぁ」


 なんだかちょっと、シーラ姉ちゃんが面倒くさい人になっているけど、これまでの経緯を掻い摘んで説明した。

ゴモンのおっちゃんがね。


「……これは私が判断するには事が大きくなりすぎですね。申し訳ないですが、シーラ嬢にはウッドランド領主と直接話して頂きたい」

「分かったであります。その頃には定期船も到着しているかもしれないであります。自分から直接ご説明させて頂くであります」


 事は領地運営に関わるので、領主家の者でも簡単に判断していい事では無いらしい。

 僕としては、ゴブリンの脅威を排除できれば問題ないので、難しい事は大人に任せる事にする。

 それで話が纏まりそうだったのだが——。


「まだアルムがシーラさん(偽?)を背負ってる理由を聞いてないわ」

「ちょっと前進でありますっ」

「シーラ姉ちゃん、体力無さ過ぎて歩けないんだよ。ゴモンのおっちゃんは嫌だって言われたから僕が背負ったんだ」

「自分、これでも訓練しているであります」

「おいっ、俺を巻き込むなっ! それに地味な嫌味入れるなよっ」


 ちょっと外野が五月蠅いけど、今は姉さんに納得してもらう事の方が大切なので受け流す。


「そう……、よくここまで頑張ったわね。ほら、早く他の人に代わって貰いなさい」


 有無を言わせぬ姉さんの言葉は、誰かと交代する事が決定事項だと言わんばかりだ。


「えーっと、誰と代わればいいかな?」


 僕の疑問に、周囲の人は視線を逸らす。皆シーラ姉ちゃんの事が嫌いなのかな?


「自分は嫌われてないであります」

「誰もそんな事は聞いていないわ。ほら、そこの貴方、何時までアルムに荷物を持たせているの? 早く代わってあげなさい」

「自分、荷物じゃないであります……」


 指名された警備隊の人は、なんだか凄く狼狽えている。

 こういった時こそ、トップが確りしないといけないのに、ケント兄ちゃんは我関せずと言った感じでそっぽを向いている。

 リーダーシップを発揮できないリーダーの存在やいかに。


「ああ、もうっ。何時まで騒いでいるのよっ。シーラ様は私が担ぐからさっさと行くわよっ!」


 見かねたミーニャさんが、まさかの立候補。彼女はケリーさんと違って、結構力持ちらしい。

 自分の荷物をジェモさんに預けて、僕からシーラ姉ちゃんを引き取る。


「よっこいしょ。さ、さあ、行くわよ」

「なんかミーニャさん、おっさん臭いですー」


 ——ゴォン


 まるで、鉄の塊を殴ったかのような鈍い音を上げてケリーさんが撃沈した。これは不用意な発言が齎す結果を如実にあらわしている。こういった処からも力関係って分かるんですね。勉強になります。


「ミーニャさんよろしくお願いするであります」

「いいわよ。このメンバーじゃ適任者は私くらいだもの、隊長からタップリ報酬を貰うから気にしないで」


 ケント兄ちゃんはリーダーとしての役目を放棄して、部下に判断を任せたのだから、財布が軽くなるくらい甘んじて受け入れるべきだろう。

 普段、キリッとした姿勢で、堂々とした態度なのに、何故か姉さんが絡むと、途端に情けない男になってしまう。きっと将来はお嫁さんに尻に敷かれるタイプの男なのだろう。


「それじゃあ、出発だっ」


 姉さんが僕の手を引いて進み、その後にシーラ姉ちゃんを担いだミーニャさんや斥候のメンバーが続いた事で、ケント兄ちゃんが慌てて号令を掛けて歩き出す。

 なんともグダグダな出発だけど、今回は行きとは違う陣形で進む。シーラ姉ちゃんを担ぐミーニャさんを中心に、その周りを本体の人たちが固める。更に、その外周を斥候部隊の人が分かれて周囲の警戒をする安全重視の陣形だ。


「そう言えば、コロニーの方はどうなったの?」

「コロニーは解体した後は、材料を焼いて再利用できないようにしたわよ」


 シーラ姉ちゃんの事もあって、僕はまだコロニーがどうなったか結果を聞いていなかったので、道すがら姉さんに聞いてみた。

 コロニーの解体は姉さんも手伝ったみたいで、それなりの規模にまで育っていたコロニーは、ゴブリンたちが鉄の道具を手に入れた事で、本来の物より丈夫な作りをしていたらしい。

 だから、解体するのも大変だったみたいだが、コロニーを形成していた材料を焼くのに時間が掛かったみたいだ。

 だから、僕たちが集合場所に着いたのと、それほど変わらない時間にあの場所に到着したらしく、もともと予定よりもだいぶ時間が押していたようだ。

 それに、大きな怪我こそなかったけど、戦闘に携わった人たちはそれなりに怪我を負ったようで、その治療にも時間を取られたらしい。


「何にしても無事に討伐が終わって良かったね」

「そうね。私はアルムが怪我しなくて安心したわ」


 僕も姉さんが怪我してなくて安心した。正直、姉さんが怪我したところをイメージできないけど、万に一つの可能性も無くは無い。無い?


「でも、これは今日中に村に付くのは無理そうだね」

「そうねぇ……もう夕方ですものね」


 そう、時間が押した結果、既に陽は傾き、幾ばくかしたら山裾に隠れてしまう。

 そうなると、森を歩くのに慣れていない警備隊の人たちが進むのは、ほぼ不可能だ。寧ろ日が出ているうちに野営の準備をした方が幾分マシだと思う。

 その辺り、ケント兄ちゃんはどう考えているか知らないけど、下手に夜の森を歩けば僕ですら迷ってしまいかねない。それこそ、昨日ミミを発見するのがもう少し遅れていたら野営も視野にいれただろう。割と村に近い場所でも夜の森を歩くのは危険なのだから、まだまだ村まで距離がある状態では、殆ど自殺行為に近い。

 慣れ親しんだ森だからこそ、僕は誰よりもこの場所が危険だと知ってる。昼の森と夜の森では別世界と言っても過言では無い程、全くと違った世界になるんだ。

 だからだろうか? こんな事を考えていたからだろうか?

 もう日が暮れるという時になって、ゴモンのおっちゃんが僕の方に近寄ってきて、こう言った。


「すまんアル坊、判断が遅れた。この辺りで野営できる場所はないか?」


 本当だよ。もう少し早く言ってほしかったよ。



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